第9話 後輩は超人気VTuber

「なんかぁ課長、ごきげんですね。昨日、せんぱいとなにかありましたぁ?」


 俺が出勤して、すでに隣のデスクに座っていた姫野とあいさつすると彼女からいきなり訊ねられた。両手で頬杖をつき、いつもキリッとしている課長が頬を緩ませにやにやしてることを訝しんだらしい。


「いやなにもなかったよ」


 課長をマンションまで送って、玄関にあがった途端、キスされて前戯を……とか言えるわけがない。


「ほんとですかぁ? 課長の機嫌がいいときは必ずせんぱいが絡んでると思うんですよ」

「そんなことないだろ。課長にもいろいろ楽しいこともあるだろうし」


 むしろ機嫌という意味では昨日の課長は秋の空といった感じで怒ったり、泣いたり、笑ったりと忙しかったんだがな。


「いいえ! そうに決まってるんです。二人で内緒でデートしたとか。そんなの酷いです……」

「酷いって、ただ用事を済ましていたところにばったり課長と顔を合わせたから、シューティングバーで遊んでただけだって」


「そのあとホテルに行ったとかないですよね?」

「ないない! あの美人の課長が俺に気があるとか姫野は思ってんの?」


 サシ飲みする前まで俺はそうとばかり思ってたんだけど、課長の態度からもしかしたら、気があるかもみたいな勘違いをしてる。


 まあ俺をからかってる線もあり得るし。


 だけど姫野の見立ては違った。


「課長はせんぱいのこと絶対に狙ってますから。わたし分かるんです。わたしもせんぱいのこと……」


 姫野が最後に言いかけたところで、課長はしあわせそうな顔から一転、語気を強めて遅刻してきた者に怒っていた。


「遅いぞ、加賀山!」

「さーせん……」


 朝礼が終わって、みんなが仕事を始めた頃に蓮はそーっと課のドアを開けて入ってきたのだが、見事に課長に見つかっていたのだ。


 ふざけた謝罪した蓮はさらに課長から勤務態度を一から叱責され、課長席の前に立たされこってりしぼられている。


 そんな蓮は襟で首筋を覆ったウィングカラーのYシャツを着ていた。


 だいたい、そういうときはキスマークを隠すためなんだが、どうやら昨日俺にエアガンを連射されてたことも含んでるんだろう。


 首は隠れて見えないがシャツの袖からのぞく手にはぽつぽつと赤く腫れた痕が残っている。


 課長に叱られ、いたたまれなくなった奴は俺の顔を見るなり睨んで悔しそうにしていたが、なにか文句を言ってくることはなかった。


 そりゃそうだろう。


 言ったら、“自分は不審者です“と言ってるようなもんだから。下手すりゃ俺に美玖との秘密の関係がばれてしまうしなぁ!


 課長に叱られた蓮はすごすごと戻ってきて、俺の隣に座ったので、蓮を気づかうふりをしながら訊ねた。


「どうしたんたよ、蓮」

「な……なんでもないっすよ。ただの虫さされ! 先輩には関係ねえから、ほっといてくれ」


 あらら、拗ねちゃった!


 そりゃそうだよな、俺の彼女を寝取りに行ってエアガンで蜂の巣にされたなんて言えねえよなぁ、くっくっくっ……。


 まさか俺が蓮と美玖が浮気してるって事実は掴んで浮気現場を全世界に向けて配信してるなんて思われねえんだろうな。



 小休憩で給湯室にあるドリンクサーバーのボタンを押す前に後ろにいる同僚の好みの飲み物について訊ねた。


「姫野は紅茶か?」

「せんぱい、わたしがやりますから」

「これくらい姫野に世話になってんだから、いいって」

「ありがとうございます、せ~んぱい!」


 カップに入った紅茶を姫野に渡すと、彼女からちょっと舌足らずなかわいらしい声と満面の笑みでお礼を言われたのだが、姫野から“せ~んぱい“と呼びかけられるのは破壊力がとにかく凄まじい。


 姫野の同期や後輩たちはどうして、彼女より先に入社できなかったんだ! と嘆く者たちであふれている。


 だが……。


 姫野が先輩と呼ぶのは俺だけなんだよな。他の社員たちは名字に“さん“付け。


 俺が姫野の“せ~んぱい“に悶えていると、


「ひ、姫野……当たってる……」

「せんぱい。当ててるんですよ、うふっ」


 姫野のたゆんとしたたわわの間に挟まる俺の腕。彼女のおっぱいの柔らかい感触に俺の身体も脳も溶けそうになるが、それとは裏腹に俺の下半身は体内の血液すべてを結集し、オリハルコンと化そうとしていた。


 こほん。


 課長のようにせき払いした俺は姫野をたしなめて、ベンチで俺たちがドリンクをすすっていると、同じく休憩にきていた女性社員たちがかしましい。


「ねえ知ってる?」

「なによ、もったいぶって」

「ここだけの話、営業課の加賀山くんのことなんだけど」


 蓮が女性社員たちの話題に挙がったことで俺と姫野は聞き耳をもふもふのようにそば立てる。


「彼ぇ、警察に捕まったらしいよ」

「えっ、なんでなんで?」

「うんそれがね、社宅の前で上半身裸でいたところを職質されて、パトカーで連れていかれてしまったんだって」


 思わず俺は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるが、無理に抑えたことで咳き込み、「だいじょうぶですか、せんぱい?」と姫野が心配そうに背中をさすってくれていた。


 女性社員たちは口を押さえて、蓮に幻滅したように言っていた。


「うそー、信じらんなーい」

「ホントだって! 彼と同じ社宅の子が言ってたんだからぁ」

「イケメンだから、勘違いしちゃったのかな?」


「どうなんだろねー、いくらイケメンでも変態ナルシストとはムリー!」

「そうそう」


 俺は女性社員たちの噂話に一瞬焦ったが、幸い捕まらずに出勤していることから問題なかったことに安堵した。


 もっとしっかり働いてもらわなきゃならないんだからなぁ!


 だがそれはそれで好都合。


 うちの女性社員を食いまくっている蓮の評判が下がれば、美玖に依存していくに違いない。


 それにしてもポンコツイケメンっぷりが露呈してしまったが、美玖はこれからもずっと奴についていくつもりなんだろうか?


 少なくとも俺は美玖が復縁を迫ってきても受け入れるつもりはさらさらないんだけどなぁ!



 飯ウマって感じで仕事はサクサク進み、退勤しようとしたときに、つんつんと背中をつつかれたので振り返ると姫野がいて、後ろで手を組んで身体を左右に振って訊ねてくる。


「せ~んぱい、今日早く仕事終わらせたご褒美にわたしの家に寄って帰りませんか?」


 おそらく蓮は美玖に慰めてもらおうとするに違いない。だとするとこのまま帰ってしまうと、その機会を逃してしまう。


「そうだな、姫野は偉いよ」


 俺が誉めると姫野はえへへ~と表情を子どものように緩ませて、俺に屈託のない笑顔を見せてくれていた。


 くっ、かわいすぎる……。



 姫野の機転で電車で席をキープできた俺たちは隣同士に座っていた。揺られる車内で姫野は彼女が入社して間もない頃のことを話し始める。


「わたし、せんぱいに声がかわいいって誉められてスゴくうれしかったんです。中学のときなんて、アニメ声ウザいとか、キモいとかーってイジメられてましたから……でもそれがきっかけで声優を目指すようになったんです。まだちゃんと成れてないですけど……」


「姫野のVTuberとしての知名度を生かせば、声を当てて欲しいって依頼はいっぱいあるだろ?」

「はい……でもそれじゃダメなんです。ちゃんとオーディションを受けて、役を勝ち取りたいので」


「偉いな、姫野は。ふわっとしているのにストイックというか一本筋が通ったところ、俺は好きだな」


 姫野は俺の肩に身を委ねるように寄せてきて、俺に胸元に手を触れている。


「はい! わたしもせんぱいのこと、大好きです!!!」



 ズッキューーーーーーーーーーーーーン!!!



 せんぱいのこと、大好きです、大好きです、大好きです、大好きです、大好きです、大好きです、大好きです、大好きです、大好きです……。


 後輩から向けれられるストレートな物言いに俺のハートは撃ち抜かれ、風穴が開いてしまっていた。


 俺みたいに冴えない男を大好きとか絶対にからかってるんだろうけど、破壊力がパネェ!


 当の姫野は「うふふふ……」と、しあわせそうに笑っている。


 えっと……いいのかな、これ?


 姫野は金の盾目前で90万名ものチャンネル登録者数を抱える超人気VTuber幻鏡院ミランの中の人なんだけど……。


 俺、ガチ恋勢から刺されたりしないよね?


―――――――――――――――――――――――

いまさらながらモダニアたんを迎えた“ちしかん“です。幸せすぎて、もうアークに思い残すことはないので頭を撃ち抜いて、明日から休載してもいい?

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