第7話 悪い男
ただ垂れ流してるだけで、生配信を見にきてくれるリスナーに感謝していた。
もちろん美玖と蓮にもだ。
なんせあいつらがセックスしてくれるだけで、数万もの不労所得が得られるんだからな!
俺はほくそ笑みながら課長の下に戻ったのだが……。
茶髪をワックスで刺々しくした髪型に黒のTシャツの上にブラウンのジャケットを羽織り、首には金のてかてかネックレスをしたチャラ男が課長に声をかけていた。
「キミかわいいねぇ! ひとり? もしかして失恋で泣いてたとか? だったら俺と飲もうぜ!」
「私は
課長は男に目もくれず、ひとこと告げるとカクテルに口をつけた。しかし男はくじけることなく課長に話しかけており、席に座っている課長を右へ左へせわしなく動いて見回し、あることに気づいたらしい。
「あっれぇ、キミ……レイヤーのなつみんに似てない?」
「誰だ? それは」
課長はこの手の
「隠しても分かるって。俺、なつみんのファンだし」
「違うと言ってるだろ! 気安く私に触れようとするな!」
――――ブッ!
ついにはチャラ男は課長の手に触れようとして、彼女の
「いいねえ、そのツンツンした態度! だけどベッドに入りゃ、イケメンの俺にデレッデレにデレるだけどなぁ!」
手で顔の汚れを拭った男は課長に迫っており、バーテンダーが慌てて受話器を手にしようとしている。
どうして俺の周りにはチャラそうな男が湧いてくるのかと額に手を当てて呆れてしまった。しかも本人が嫌がってるのにベッドを共にするという発想が自体が終わってる。
俺は課長と男の間に入り、低い声で言い放った。
「自分でイケメンとか言っちゃうとかスゴいな。だけど俺の彼女があんたの心はゴミ溜めだって、種を吐いただろ。それで悟れよ」
課長は俺の言葉に激しく首を縦に振り、
「ああ? 彼女ぉぉ!? うそつけ! その手には乗らねえって。どうせならもっとマシなうそをつくんだな」
男は席を立つ。
「少なくとも、あんたに彼女は良い印象は持ってないのは間違いない。それに人に迷惑をかけるなら、宅飲みでもしておいた方がお互いのためだ」
俺がジャケットを脱ぎつつあったときにチャラ男は殴りかかろうと拳を大きく振り上げていた。
「おら――――んごぉぉぉ……」
脱いだジャケットを勢いのついたチャラ男にかぶせて、サッと避けるとチャラ男はカウンターに顔をぶつけると、ガクリと崩れ落ちてしまう。
バーテンダーたちが気を失ったチャラ男を引きずり、ソファーに座らせていると、チャラ男は駆けつけた警察官にドナドナされていってしまった。
お店側も他のお客も俺が手を出していないことを証言してくれ、俺はおとがめなし。サバゲーの
警察が去るとお店には静けさが戻る。
課長は
だがそんな気の強い一面を見せた課長だったが、
「結月に助けられるのは何度目だろうな」
ひとこと告げると俺に身を委ねてきて……。
ど、どうすりゃいいんだ? こういうときって。
俺が戸惑っていると、バーテンダーや他の客たちは“抱きしめろ“と無言の圧を送ってきて対処に困る。
ただ気丈な課長とはいえ、そこはやっぱり女性。恐怖してる様子は見せなかったけど、小刻みに震えているのを感じて、俺は課長をギュッと抱きしめた。
すると安心しきったように彼女の震えが収まる。
――――ヒューッ、ヒューッ♪
――――お兄さん格好いいーーっ!
――――酒
――――お似合いのカップルだ。
店の楽しい雰囲気をぶち壊しただけでなく、強引なナンパをしようとしてたチャラ男から課長をから守ったことでお店にいた全員から盛大な拍手を送られ、俺は照れてしまう。
しかも課長と俺がお似合いとか……って。
それこそ仕事中は世を忍んでるけど課長は、えみこ、伊東もね、火山口シエロといったアイドル級と並び立つくらいのレイヤーなんだから。
ゲームイベントでもメーカーが課長にキャラのコスをしてくれないか、と頼み込んでくるらしいのだが、最近は本業が忙しいという理由でほとんど断ってしまってるらしいけど。
俺たちは落ち着いて席に座り、お客さんの粋な計らいの振る舞い酒ならぬ、振る舞いカクテルをいただいていた。
いまごろ蓮と美玖は3ラウンド目に突入したくらいだろうか? 美玖が蓮に種付けされるだけで、なぜか俺に1000円の
笑いをこらえながら、ほろ酔いで頬を桜色に染めつつあった課長に訊ねた。
「課長は浮気されたことってありますか?」
「浮気はないが、酷い男と知り合ったことがある」
「それってどんな奴ですか!?」
二人の話題は、ほとんどサバゲとかコスプレのことばかりで、課長は恋愛遍歴をあまり話したがらないこともあり、俺は思わず身を乗り出してしまう。
「そいつはな、一見優しそうに見えて、人の気持ちをこれっぽっちも分かろうとしない」
「それは酷い! 最低野郎ですね」
人の気持ちを分からない奴……いまの美玖と蓮と同じだ!
「ああ、間違いない……私がそいつの入社時からずっとシグナルを送っているのにまったく気づかない。そのくせ思わせ振りな態度や私が困ったときは必ず助けてくれる。私のことなんかこれっぽっちも思っていないのに。実にいけ好かないんだ」
強いカクテルではないが、課長はくっと一気にカクテルを煽った。よほど悪い男なんだろう。
「なんて奴なんだ! 課長、俺なんかだんだんムカついてきましたよ」
課長を酷い目に遭わした男って、誰なのか分からないが俺は課長に話を合わせていた。
「うむ、私もそいつのことを思うと感情がぐちゃぐちゃになる。そいつのことを想うとときどき夜も眠れなくなって、睡眠不足で出勤なんてことも多々あるんだ」
「そいつは課長の心をかき乱す悪い奴ですね!」
「ああ、まったくだ」
「職場の人間ですよね? だったら俺がひとことガツンと言ってやりますよ!」
「いやそれには及ばない。なんせ私の目の前にいる結月麟太郎って男だからな」
えっ!? ええっ!?
「か、課長!?」
課長は俺の顔を見て、くすくすと笑っていた。
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