第2話 ライバル
――――動画を確認する前の職場。
どうやら俺は職場に早く来すぎたようで、課には誰もいなかった。仕方なしに俺の席に着き、今日行く営業先の資料に目を通していると後ろから肩を叩かれた。
「よっ! 今日はやけに早いな。なにかいいことでもあったか?」
「課長!」
「二人きりのときは夏美でいいよ」
俺に声をかけてきたのはうちの会社でも若くしてうちの課のまとめ役になった日向夏美課長だった。ストレートのミディアムヘアに特徴的な左目の泣きぼくろが色っぽく、メイクもばっちり決まっており隙がない。
「そういうわけには……課長こそお早いですね」
「私はいつもこの時間だが?」
タイトスカートを履き、そこから伸びるストッキングで覆われた美脚。多少サバサバした感じはあるものの、社内でも有数の美女である。しかし仕事一筋で浮いた噂がなく独身アラサー、バリキャリを地で行っているような人。
課長は俺の隣で後輩の姫野の席に座って、、きょろきょろと挙動不審気味に辺りを見回したあと、誰もいないことをいいことに俺の耳元でささやく。
「あ、あのな結月……私といっしょに来てくれないか?」
「あ、いや最近特に忙しくて……」
きっちり線引きのできる人だが、とあることがきっかけでプライベートにおいて上司、部下の関係を越えて、俺と課長は友だちのような関係になっている。
いつもきりっとした表情の課長は、俺の肩に手を触れたと思うと、ツツーッと人差し指を滑らして俺の胸元でくるくる回してきていた。
「頼むよ……私は結月と会えなくて寂しいんだ。なあ一回くらいいいだろ?」
泣きぼくろが栄えるような悲しそうな眼差しを見つめてきて、俺を困らせる。プライベートで課長を知るまで、彼女がこんなに甘えん坊だとは思ってもみなかった。
「なんなら深夜でもいいんだ。それなら彼女に内緒で会えるだろ? 頼むよ、結月がいないと私はどうしたらいいのか分からないんだ」
「わ、分かりました。落ち着いたら行きましょう」
課長はうるうるときれいな瞳を潤ませ、俺の手をしっかり握っていた。俺も戦友に握手するように握り返していた。
「ほんとか! うれしいなぁ……職場にサバゲ仲間がいるって最高だな」
俺と課長がプライベートで出会ったのは、とあるサバゲの定例会だった。
あのときの課長の驚きっぷりったら、いま思い出しても笑ってしまう。まさか課長がドルフロの
いまでもそこを突っ込むと「くっ、私の一生の不覚! 自決するから」大型ハンドガンを課長はこめかみに当てて、クッコロ女騎士っぽくなる。
そういうところを含めて、職場では一切見せないかわいらしいところを俺だけが知っていた。
見る人が見れば、課長の色仕掛けに見えなくもない状況にあったが、うちの課のドアがガチャリと音を立てたことで、俺たちはサッとサバゲ仕込みの身のこなしで距離を取る。
「せ~んぱい! おはようごいます!」
部屋に入ってきたのは後輩の姫野だった。明るい髪色が童顔で人懐っこそうな顔によく似合う。身長こそ150cmもないが胸やお尻の発育はすこぶる良い彼女は俺たちに元気いっぱいの声であいさつをする。
俺はいつものルーティンを姫野と交わしていた。
「おはよう。姫野はいっつも元気だなぁ」
「そんなことないですよ、私だって風邪くらい引いたり、ブルーになったりしますから!」
姫野はいつも元気だということを否定したものの、その否定する言葉もはつらつとしていた。
「あー、姫野見てると元気でるわ!」
「ほんとですか! うれしいな!」
「先輩が元気だとわたしもっと元気でちゃいます」
小柄だけど頑張り屋さんで笑顔を絶やさない彼女はうちの課のマスコット的存在でファンも多いはずなのだが、彼氏がいるという話は聞いたことがない。
朝のルーティンを終えた姫野はいま気づいたかのようにしれっと俺のとなりにいた課長にあいさつをする。
「あっ課長、おはようございます。そんなところにいらしたんですか」
「おう、おはよ。私は元からここにいたが」
課長はせき払いしながら姫野にあいさつを返すが、姫野は俺たちに疑いの目を向けるような質問をしてきていた。
「課長と先輩、さっき二人で話してませんでしたか?」
「いやただの仕事の話だ。な、結月」
「そうですね。ただの仕事の話だ」
「ふ~ん、二人って怪しくないですか?」
姫野は俺たちをジト目で見てくる。確かに顧客に対しては仕事上最低限の礼儀と節度を持って接する課長だったが、男性社員には超塩対応なのだから姫野が疑いの目を向けてくるのもおかしくはない。
「馬鹿なことを言うな。私と結月は上司と部下だ。姫野が思っているようなロマンスなどない!」
「わたし、ロマンスだなんてひとことも言ってませんけど! 課長は先輩と恋人にでもなりたいんですかぁ? お一人さまですもんね」
「なんども言うが私と結月は上司、部下。それ以上でもそれ以下でもない。姫野はあたまの中まで常時発情期では困るぞ」
ちゃんちゃらおかしいみたいな手振りをした課長は姫野に呆れて、鼻で彼女を笑う。
「じゃあ、課長はわたしが結月先輩をデートにお誘いしても問題ないと」
「そ、それは結月が決めることだ。まあ結月は姫野のような小娘を相手にするとは思えんがなっ!」
姫野は座っている課長に顔を間近に寄せて言い放つと一瞬、いつも冷静沈着な課長の言葉が詰まる。だが課長は語気を強めて姫野の誘いが無駄だと強く否定していた。
だが姫野は俺をからかうつもりっぽかったから、念のため彼女に打ち明けると、
「いや姫野……俺、彼女持ちだよ」
「えっ!?」
「おい姫野? 姫野っ!」
「――――」
姫野は立ったまま、呼吸が停止したかのように俺たちの呼びかけにまったく応じなくなる。
「意識がないぞっ!」
姫野を席に座らせ、しばらくすると彼女は再起動して課長と話し合っていた。俺は近くにいると申し訳ないので、少し離れたところでマイカップに注いだコーヒーをすすりながら、二人を見守る。
「まったく、おまえはなんにも知らないんだな……私は知っていたぞ」
「そうならそうと早く言ってくれればよかったのに。課長のいじわる!」
「ライバルにそう易々と情報を渡せるわけなかろう。かくゆう私も結月が彼女持ちだと知ったときは心臓が止まりそうになった」
二人は俺の方を向いて、肩を抱き寄せあいながらなにかぶつぶつと談義を始めていた。
「二人とも姉妹みたいで仲いいね!」
「「どこがっ!!!」」
「そういうところ、息ぴったり」
さっきまで言い争っていたのに女の子同士、すぐ仲よくなれるっていいことだと思っていたんだが……。
二人は俺を見て、ため息を漏らしている。
「結月は鈍感すぎる!」
「課長、わたしもそれには同意します」
「だろ~」
なんだかんだ言ってやっぱり仲いいじゃん!
課長と姫野は姉妹のように喧嘩したり、親しげにおしゃべりしていて、実に微笑ましい。眠い朝に一服の清涼剤を飲み干したようなスッキリを吹き飛ばすような声が響いた。
「ちーす!」
俺のもう一人の後輩、加賀山蓮の声だった。
―――――――――――――――――――――――
美玖が蓮にねっとり落とされていく過程か、麟太郎と課長、姫野の上司部下丼、どちらが見たいですか? どっちも見たい方はフォロー、ご評価お願いいたしますね~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます