〈第2話〉メイドとレイザー
晴れた空の
その内側で激しい戦いを繰り広げていたのは、
レイザは無数の針をエリスに投げ続けていた。
服の中に収まるとは思えない量の針を、一本ずつ
だが、その表情は、先ほどよりも明らかに強張っている。
「――(虫クズみたいなメイドね……)」
苛立ったレイザの目に映っているのは、飛んでくる数多の針を、軽い身のこなしでかわし続けるエリス。
表情を一切変えず、飛んでくる針の軌道を瞬時に予想して身を
そうして、いつまでもいつまでも走り回り、エリスを
しばらくは、そんな状況が続いていた。
だが――
「――(もうほんと、イラついてきた……)」
長い
ついに、その手を止めて――
「あんた、つまんない」
そう吐き捨てるように言うと、息一つ切らしていないメイドを改めて
”ゴミを見るような”――と言うよりは、
闘いが始まってから終始無言のエリスだったが、ここでそっと口を開く。
「ごめんなさい」
――その瞬間、レイザの脳内を駆け巡った、銀河の星々よりも多様で多種類の感情たち。それは、レイザの心身に何かを刻み込んだ。
*
――あの時、もし、みんなに出会っていなかったら。
あの時の”優しい私”だったら、多分――
『”レイザック”。これが、お前の名前』
――そんな名前じゃ、ない。私は、つ……
『”レイザック”。お前は今から、うちの”魔物”だ』
――れいざ……? 私は、お母さんの、つ……
『”レイザ”。〈
――なに、この耳……。コスプレ……
『レイザ、お前は、全て私の”言う通りにする”のだ』
――あなたの……、”言う通りに”……
『私が〈殺せ〉と言えば”殺す”。〈生かせ〉と言えば……』
――”生かす”
『”その通りだ、レイザ”』
――私、レイザは、貴方様に、忠誠を……
『……そうだ』
――……誓い、ます
『――見なさい。彼女らが、君の仲間だ』
――……仲間
『今から、君は、彼らと”友だちになる”んだ』
――……友だち
それからは、天国みたいな日々だった。
皆、私と”友だち”になってくれた。
『ソーダ』、『ミラド』、『アイ』。
みんな、私と”友だち”になってくれた。
そう、”友だち”になってくれた。
”友だち”になってくれた。
そんな”友だち”が崩れた、あの日。
解けちゃったの。
全部、解けちゃったの。
その直後の、第一声だった。
『ごめんなさい』
*
「ごめんなさい」
機械が喋っているような、何の感情もこもっていない音声。
その言葉は、レイザの心を、この上なく――
「――イラつかせてくれた。あんた、マジ?」
無感情音声に
互いに棒立ちのまま、色のない瞳を向け合う。――それが束の間の出来事だったということは、言うまでもない。
光線は、メイド服のスカートをすり抜けた。
同時に、言葉にならぬ、獣のような声が響き渡る。
「――(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…)」
すると、拓けた土地に微かな揺れが起こり始める。
「……マジ――?」
揺れはどんどん大きくなり、やがて立っていられないほどになる。
次の瞬間、足裏に固いものが当たったかと思うと、地面が一気に上昇した。
尻もちをついたエリスは、触れているものが”土”でないことに気がついていた。
「……巨大な、切り株の、上――!?」
――レイザとエリスの戦っていた場所は、木々が密集していない影響で、黒い霧の影響が他よりも少ない。
したがって、『闇』を根源としたレイザの魔力は、微かに差し込む陽光に照らされて弱まる。魔力で形成された魔物の
そんな不利な空間で、わざわざレイザが待ち構えていた理由。
それは――
「――(油断させるため!?)」
木々が円く空いた穴を埋めるように現れた切り株。
その隙間からは、『闇』の魔力が溢れ出ていた。
可視化された闇は、”黒い霧と”なって空へと向かっていく。
「……クソ」
際限なく湧き出る霧に包まれ、もはや視界は”黒”のみ。
針という飛び道具を投げるレイザにとっては、独壇場。
更に、”闇”を操る”獣”のレイザには、黒い霧の目
「――(マズい、
しばらくの沈黙の後、予想もしない物が飛んできた――
「は――?」
巨大な発光体である。
それはエリスを押し倒したかと思うと、鋼鉄のような前歯を、メイド服の上から右胸に食い込ませた。
声にならないほどの甲高い悲鳴を上げ、そのメイドは黒い血反吐を吐き出した。
図太い鳴き声を上げながら歯を食い込ませていく猛獣。
確かにレイザだった。だが、それは『闇』とはほど遠い白色の光を発し、今、エリスの肉を
「――(……姫様)」
痛みで
「――(……姫様、……私、……エリスは、……エリスは――)」
*
『逃げるわよ逃げるわよ! 世界のどこにでも! あんたとは二度と会わないわ!!』
――世界のどこにでも。
『……『二度と会わない』、か……』
――二度と会わない。
『……ええ、きっと、もう、 ’’会えない’’でしょう』
――もう、会えない。
――だから、会わなくていい?
――違う。
――会いたい。
――会いたい、もう一度。
――そして、いっぱい抱きしめてあげたい。
――『これからは、ずっと一緒です』って……!
*
エリスは微かに残った意識で、鉛のように重い両腕を広げる。
そして、自分の上にのっているレイザに腕を回すと、そのまま抱きついた。
「――!」
予想外の行動に一瞬硬直するレイザ。
すると、エリスは腕に力を入れ、レイザの前歯をさらに食い込ませた。
前歯と肉の隙間から噴水のような血が溢れ出し、エリスは完全に意識が飛ぶ。
――だが、力は一切緩めず、そのままぐんと起き上がる。
足を地面につき、瞬時に立ち上がると、次の瞬間にはレイザを抱えたまま走り出していた。
切り株の上で、強い闇の魔力を受けても、
レイザは食い込んだ歯が抜けず、思うように動けないようで、必死に手足をバタつかせるものの、背の高いエリスに抱え込まえれ、足は地面につかなかった。
『針で刺す』ということも頭にない彼女は、網に捕らえられた獣のごとく、ただ暴れることしかできなかった。
走るうちに、すぐ切り株の端まで来た。
切り株の標高自体はそこまで高いわけでもなく、ちょうど、地面から映える木々の葉っぱが断面に振れるほどであった。
それでも、飛び降りれば、ただでは済まない。
だが、無意識下の状態であるエリスに、当然、そのようなことを考える能はない。
踏み外すように切り株の端から落下し、勢いのまま地面にぶつかる。
――が、幸いにも、抱きかかえていたレイザが下敷きとなり、衝撃を直接受けることはなかった。
それでも胸に刺さった前歯は食い込み、ついに背中を突き抜けた。
もはや脳死に近いエリスは、その痛みを認識することもなく、再び立ち上がった。
そしてエリスは、また、走り出す――
帰り道に魔力で作られた兎が出ることはなく、ただ木々をすり抜けて、ようやくエリスは、結界の外へと出た――
――森の前で倒れ込む二人の少女。
晴れた空に浮かぶ太陽は、ただ、じっと照らすのみ。
メイドのエリスと、兎のレイザ。
二人の息は、少しずつ、少しずつ、小さくなっていた。
そんな二人に近づく影があった。
「……うわ、ここにいた」
二人を見つけたのは、森に出向いたと思わしき一人の少女だった。
うつむくその頭には、黄金の立派な
「……レイザ。まさか、”力”を、開放したのか……」
少女はどこか哀れげな目で、エリスの下敷きとなっているレイザを見た。
やがて、そのレイザに乗っかっているアリスにも目を向ける。
「……で、このメイドは――」
――次回、メイド、どうなる!?
狂ったドラゴンとメイド様 イズラ @izura
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