《第1章》メイドと火山とドラゴンと

〈第1話〉メイドと常夜の森

 暗い森の中。

 木の隙間から太陽が覗いているにも関わらず、夜のように真っ暗だ。

 『極夜結界』が張られているのだ。


 そんな森に一人、白黒のメイド服を着た者(というかメイド)が入ってきた。

 表情は冷めており、片手に鈍器(ビール瓶)、もう片方にランタンを持っていた。

 彼女の名はエリス・エバンズ。金髪ロングに鋭い緑瞳りょくどう。高身長の約18歳、メイドである。  


「夜? ……いや、結界か」


 ランタンをかざし、鋭い目付きで辺りを睨むと、すぐに異変に気が付いた。

 ——結界だけではない。

 何か強力な物が奥に潜んでいる。

 彼女はそこまで察知したが、構わず森の奧へと進んでいった。




 ——闇雲ヤミグモ森。

 そこは、「人間は決して近づいてはいけない」と言われる、闇のオーラ漂う森だ。

 森——いや、元は ただの林であった。

 しかし数年前に誰かが『闇の成る木』を林のあちこちに植え付けて結界を張ってからは、入った者全員が行方をくらますようになってしまったのだ。

 それから長い時間とともに、闇はどんどん増して行き、現在の禍々しい空間になってしまったのだと言う。


 そんな森に、なぜメイドが入ったのか。

 理由は二つ。

 一つは「闇雲森の結界の破壊」の難関クエスト(報酬が高い)のため。

 もう一つは 「真相」を確かめるため。

 まぁ優先は前者、後者はついでと言ったところである。


 結界が張られていようが、きちんと「魔物」はいる。

 むしろ、闇の結界が魔物を狂暴化させているのだろう。


「……ここは、獣……、特に兎が多いな……」


 しばらく奥に進み、ある地点まで差し掛かったとき。

 ――突如、無数の赤い眼がエリスを取り囲んだ。


「……囲まれたか、360度」


 鋭い牙を持った兎の魔物の大群が、彼女へと一斉に飛びかかる。

 エリスはビール瓶をスイングして兎の魔物たちを蹴散らした。

 しかし、次から次へと飛び出てくる、兎の魔物。


 無量の兎に襲われ続け、だんだんと体力が減ってきている。


「……っ、キリがない……」


 だが、数十匹ほど殴ったとき、エリスはあることに気づいた。


「……? ……こいつら、死体が……」


 しばらく殴り続け、足元は兎の死骸だらけだ。

 違和感を覚えたのは、死体の「重さ」である。

 死体に足が当たっても、空っぽのような重さなのだ。

 ビール瓶で殴った時には 確かに重みがあるが、死体になると一気に軽くなる。

 まるで抜け殻になってしまったように。


「……そうか、こいつら……」


 エリスは兎が次々飛び出す中、その途切れを狙って、ビール瓶を死体に振り下ろした。


 すると 死体は「パキッ」という音を鳴らして、本当に抜け殻のようにパラパラと崩れ去った。


「……やはり、こいつら――いや、’’こいつらを召喚している誰か’’は、魔力を……、再利用している……!」


 恐らくこの抜け殻は、中の魔力を留めておくための器。

 つまり、魔力でハリボテを操っているのだ。

 限られた自らの魔力量を節約するため、倒された抜け殻に宿っていた魔力を引き戻し、新たな抜け殻に詰め、再び召喚しているということだろう。



 そうと分かれば、その「誰か召喚者」を探すのみである。

 もしかしたら、その誰かが、”森に結界を張った張本人”なのかもしれない。


 エリスは隙を見て その場から走って逃げた。

 もちろん兎は、彼女を追いかける。

 幸い、足はそこまで速くないようだ。

 魔力を「一度に召喚する物量」に全振りしてるのだろう。


「……魔力が大きい、より”闇”が強い所……」


 エリスは物凄い脚力で 森を駆け回った。

 前から襲ってくる魔物をビール瓶でなぎ払い、「光」に弱いことも分かったので量が多いときは、ランタンをかざして怯ませる。


 そうして駆け回るうちに、拓けた場所に出た。

 そこは闇の成る木の影響が薄いのか、ランタンが無くても周りがしっかりと見えた。

 だから’’ボス’’の居場所もすぐに分かった。




「——あら、お見事ね。メイドさん」


 何もない土地の中心にちょこんと座っていたは、白髪ショートの少女だった。

 服は白の生地に青リボン、首元と裾には黒の三重ライン。要はセーラー服だった。そして顔。赤く光る瞳、上がった口角。頭部からは黒色のウサ耳が生えている。


「兎……。そのまんまじゃないの……」


 メイドは呆れた様子でランタンを後ろに投げ捨てた。

 少女は笑みを浮かべると、立ち上がりエリスをじっと見つめる。


「……メイドさん? あなた、名前は?」


 エリスは、少女から出るオーラに動揺せず、冷静に言い放った。


「あなたから名乗りなさい。そして、なぜ、こんな事をしたのかしら?」



 思いのほか怖がらないエリスに愛想を尽かしたのか、少女は態度を急変させる。

 にこやかな表情が消え、それと同時にあぐらをかきはじめた。


「あ? 私に『名乗れ』って? ねぇ、今、『名乗れ』って言ったのぉー?」


 エリスは表情はそのままだが、先ほどよりも殺気立っていた。少女もそれを察知する。


「……んもー、しょーがないなぁー。わがままメイドさんに教えてあげる」


 少女は口角を上げ、あぐらをかいたまま、胸に手を当てて言った。


「あたしは『兎のレイザ』。魔物ですっ。たーだーし、そんじゃそこらの雑魚と一緒にされたら困る訳なのーっ。なんてったって私、『四極獣しきょくじゅう』の一体ですからねっ!」


「『四極獣』? 聞いたことないわね? それより、最近の流行りなのかしら? その『コスプレ』」


「あ??」


 レイザは立ち上がると、眼を血のように赤くしてメイドを睨んだ。


「テメェ今なんて……!」


 ―—しかし、ハッと気がつくと、冷静さを取り戻したのか、再び不敵に笑った。


「……とにかく、住処を荒らされて、ただで置くわけには行かないってこ、と!」


「——っ!?」


 エリスの眼に向けて、細長い何かが迫ってきた。


 一瞬の攻撃である。


 黒い針は木の幹に刺さった。


「惜しかったーっ! もう少しで当たったのにねー! すごい反射神経」


 レイザは拍手しながら針をもう一本投げた。

 エリスはまたもや軽々、針をかわし、レイザを細い目で見た。


「……不意打ちなんて、あんた、案外弱いのね……?」


「開始の合図をしただけー。……さて、できた? 血を流す覚悟……!」


 そう言うと、レイザは右腕を空に掲げる。

 ――直後、辺りを囲む木々の陰から、無数の黒い塊が飛び出した。

 塊はレイザの右腕に集まって行き、やがて腕に染み込むように形を消す。


「……えぇ、あなたもね」




 ――次回、メイドvsウサギ!!

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