《第1章》メイドと火山とドラゴンと
〈第1話〉メイドと常夜の森
暗い森の中。
木の隙間から太陽が覗いているにも関わらず、夜のように真っ暗だ。
『極夜結界』が張られているのだ。
そんな森に一人、白黒のメイド服を着た者(というかメイド)が入ってきた。
表情は冷めており、片手に鈍器(ビール瓶)、もう片方にランタンを持っていた。
彼女の名はエリス・エバンズ。金髪ロングに鋭い
「夜? ……いや、結界か」
ランタンをかざし、鋭い目付きで辺りを睨むと、すぐに異変に気が付いた。
——結界だけではない。
何か強力な物が奥に潜んでいる。
彼女はそこまで察知したが、構わず森の奧へと進んでいった。
——
そこは、「人間は決して近づいてはいけない」と言われる、闇のオーラ漂う森だ。
森——いや、元は ただの林であった。
しかし数年前に誰かが『闇の成る木』を林のあちこちに植え付けて結界を張ってからは、入った者全員が行方をくらますようになってしまったのだ。
それから長い時間とともに、闇はどんどん増して行き、現在の禍々しい空間になってしまったのだと言う。
そんな森に、なぜメイドが入ったのか。
理由は二つ。
一つは「闇雲森の結界の破壊」の難関クエスト(報酬が高い)のため。
もう一つは 「真相」を確かめるため。
まぁ優先は前者、後者はついでと言ったところである。
結界が張られていようが、きちんと「魔物」はいる。
むしろ、闇の結界が魔物を狂暴化させているのだろう。
「……ここは、獣……、特に兎が多いな……」
しばらく奥に進み、ある地点まで差し掛かったとき。
――突如、無数の赤い眼がエリスを取り囲んだ。
「……囲まれたか、360度」
鋭い牙を持った兎の魔物の大群が、彼女へと一斉に飛びかかる。
エリスはビール瓶をスイングして兎の魔物たちを蹴散らした。
しかし、次から次へと飛び出てくる、兎の魔物。
無量の兎に襲われ続け、だんだんと体力が減ってきている。
「……っ、キリがない……」
だが、数十匹ほど殴ったとき、エリスはあることに気づいた。
「……? ……こいつら、死体が……」
しばらく殴り続け、足元は兎の死骸だらけだ。
違和感を覚えたのは、死体の「重さ」である。
死体に足が当たっても、空っぽのような重さなのだ。
ビール瓶で殴った時には 確かに重みがあるが、死体になると一気に軽くなる。
まるで抜け殻になってしまったように。
「……そうか、こいつら……」
エリスは兎が次々飛び出す中、その途切れを狙って、ビール瓶を死体に振り下ろした。
すると 死体は「パキッ」という音を鳴らして、本当に抜け殻のようにパラパラと崩れ去った。
「……やはり、こいつら――いや、’’こいつらを召喚している誰か’’は、魔力を……、再利用している……!」
恐らくこの抜け殻は、中の魔力を留めておくための器。
つまり、魔力でハリボテを操っているのだ。
限られた自らの魔力量を節約するため、倒された抜け殻に宿っていた魔力を引き戻し、新たな抜け殻に詰め、再び召喚しているということだろう。
そうと分かれば、その「
もしかしたら、その誰かが、”森に結界を張った張本人”なのかもしれない。
エリスは隙を見て その場から走って逃げた。
もちろん兎は、彼女を追いかける。
幸い、足はそこまで速くないようだ。
魔力を「一度に召喚する物量」に全振りしてるのだろう。
「……魔力が大きい、より”闇”が強い所……」
エリスは物凄い脚力で 森を駆け回った。
前から襲ってくる魔物をビール瓶でなぎ払い、「光」に弱いことも分かったので量が多いときは、ランタンをかざして怯ませる。
そうして駆け回るうちに、拓けた場所に出た。
そこは闇の成る木の影響が薄いのか、ランタンが無くても周りがしっかりと見えた。
だから’’ボス’’の居場所もすぐに分かった。
「——あら、お見事ね。メイドさん」
何もない土地の中心にちょこんと座っていたは、白髪ショートの少女だった。
服は白の生地に青リボン、首元と裾には黒の三重ライン。要はセーラー服だった。そして顔。赤く光る瞳、上がった口角。頭部からは黒色のウサ耳が生えている。
「兎……。そのまんまじゃないの……」
メイドは呆れた様子でランタンを後ろに投げ捨てた。
少女は笑みを浮かべると、立ち上がりエリスをじっと見つめる。
「……メイドさん? あなた、名前は?」
エリスは、少女から出るオーラに動揺せず、冷静に言い放った。
「あなたから名乗りなさい。そして、なぜ、こんな事をしたのかしら?」
思いのほか怖がらないエリスに愛想を尽かしたのか、少女は態度を急変させる。
にこやかな表情が消え、それと同時にあぐらをかきはじめた。
「あ? 私に『名乗れ』って? ねぇ、今、『名乗れ』って言ったのぉー?」
エリスは表情はそのままだが、先ほどよりも殺気立っていた。少女もそれを察知する。
「……んもー、しょーがないなぁー。わがままメイドさんに教えてあげる」
少女は口角を上げ、あぐらをかいたまま、胸に手を当てて言った。
「あたしは『兎のレイザ』。魔物ですっ。たーだーし、そんじゃそこらの雑魚と一緒にされたら困る訳なのーっ。なんてったって私、『
「『四極獣』? 聞いたことないわね? それより、最近の流行りなのかしら? その『コスプレ』」
「あ??」
レイザは立ち上がると、眼を血のように赤くしてメイドを睨んだ。
「テメェ今なんて……!」
―—しかし、ハッと気がつくと、冷静さを取り戻したのか、再び不敵に笑った。
「……とにかく、住処を荒らされて、ただで置くわけには行かないってこ、と!」
「——っ!?」
エリスの眼に向けて、細長い何かが迫ってきた。
一瞬の攻撃である。
黒い針は木の幹に刺さった。
「惜しかったーっ! もう少しで当たったのにねー! すごい反射神経」
レイザは拍手しながら針をもう一本投げた。
エリスはまたもや軽々、針をかわし、レイザを細い目で見た。
「……不意打ちなんて、あんた、案外弱いのね……?」
「開始の合図をしただけー。……さて、できた? 血を流す覚悟……!」
そう言うと、レイザは右腕を空に掲げる。
――直後、辺りを囲む木々の陰から、無数の黒い塊が飛び出した。
塊はレイザの右腕に集まって行き、やがて腕に染み込むように形を消す。
「……えぇ、あなたもね」
――次回、メイドvsウサギ!!
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