第四話 攪乱;レオンハルト・ワーグナー
俺は対Gスーツと共に、グレンツェのコックピットに乗り込んだ。従来機のS−32Dと異なる点は、まずスピードの面だろう。訓練では従来の倍ほどに感じた。グレンツェ登場以前ですら最高性能の攻撃機であったS−32Dを圧倒する機体である。王国軍の機体など寄せ付けないほどのスピードを持っているはずだ。
「油断だけはしないように気をつけろよ。こんな時こそ足元を掬われるんだからな。」
俺は整備員の言葉に大きく頷いて、機体のエンジンを掛けた。
「第七戦闘航空隊、レオンハルト・ワーグナー、グレンツェ、出ます。」
俺が出た直後、昇降舵を翠緑に塗り潰した機体が、今まさにメンテナンスを終了せんとしていた。グレルマンの機体である。
彼曰く、「平和を愛する緑なのです。」との事だが、軍人が平和を語るとは何たる皮肉や。
「第七戦闘航空隊、ハインリヒ・フィン・グレルマン、S−32D、出ます。」
グレルマンの言葉に呼応するように、他の隊員も飛び出す。
こうして俺たち第七戦闘航空隊は山脈へと飛び立った。雲一つない晴天で、空戦の部隊は完璧に整っている。
この山脈はただ険しいだけでなく麓には深い針葉樹林が広がっており、陸路での進軍は困難を極める天然の要塞としての様相を成している。それゆえに、空軍同士の小規模な衝突は何度もあったものの、両者とも陸路での進軍を試みることはなかった。陸路で進軍したとして戦果は期待できず、統率をとることすら難しいのだから当たり前と言えば当たり前だが。
段々と大きく見えてくる山際を見ながら飛行を続けていると、グレルマンから無線での通信が繋がった。
『ワーグナー少佐、敵航空隊が接近中です。数は少数ですが、少数精鋭と名高い第二十二戦闘航空隊の紋章をつけており油断はできないかと。』
「ああ、ありがとう。この作戦では我々の働きが非常に大きな要因だ。この作戦は兵站軽視の傾向がある。制空権を奪われれば物資の空輸が途絶え、空挺部隊の全滅につながる。」
俺は抑揚もなく淡々と言葉を紡ぐ
「だからこそ確固たる意志と、冷静な判断で制空権を保持し続ける必要がある。」
『はい、当然のごとく理解しています。』
グレルマンが緊張の混じった声色で返す。
「この作戦が成功すれば南部戦線の制圧に成功する。そうなれば後は消化試合のようなもの。王国軍は瓦解するに違いない。」
『はい。そうなれば終戦は間近ですね。華麗なる戦後が待っています。』
戦後、か。その言葉に少し動転するがすぐに平静さを取り戻す。
『ワーグナー少佐は戦後のことについては考えていますか?』
「いや、特に考えたことはないかな。俺の暮らしが変わるわけではないだろうから。」
少しだけ皮肉っぽく言ってみる。
『そう……ですよね。俺は、』
そして、グレルマンが少し言葉を濁らせる。
『いえ、このような話は戦後にしたほうが良いですね。』
そう言ってグレルマンはさらにスピードを上げた。
『さあ、行きましょう!ようやく戦争が終わりますから!』
俺は何も返すことが出来ず、ただ死地を目指すだけだった。
――――――――――――
戦場では強さ以外は何の役にも立たない。愛する妻や子供がいても、自らを貧困から救う目的を持っていても、恐ろしい化け物に復讐を誓ったとしても。
慈悲など捨てろ。情など捨てろ。戦場ではそんなもの無意味だ。
神は弱きを挫き、強気を救うのだから。
『止まれ、止まらなければ撃墜する。』
王国軍の航空兵がそう言うのを、俺は無慈悲に往なす。
「無能が。聞く前に撃て、今は戦時だ。」
俺はそう返すと即座に機関銃を放ち、敵機を撃墜。
「さあ、次だ。王国軍も無能ばかりではないだろう。」
無線を繋ぎ、敢えて全員に聞こえるように言う。
すると狙い通り、王国軍機は憤慨して我を忘れた突撃を見せる。
『貴様!王国軍を愚弄するなど、その罪は死んでも贖えんぞ。』
「罪?それはお前も同じだ。」
『巫山戯るな!空襲で妻を焼き殺した外道の帝国軍に何が分かる!』
俺はその言葉に、思わず笑いが出た。滑稽で、愚かだ。
「それは残念なこった。戦場じゃそんなこと関係ないのになぁ!」
円筒型の翼に搭載された機関銃を全て放つ。だが敵機が右旋回し、それは敵機の片翼を掠めるのみ。
しかし俺の狙いはこれでは無い。
「ほうら。そっちに避けると思ったんだよ。」
そして敵機に容赦なく機関砲を発射。王国兵は為す術なくそれを見つめるのみ。
「貴様は妻に会えない。地獄で苦しめ。」
『クソッタレが!てめぇが死ねばよかったんだ!』
死にかけの鼠が何を言おうが構わない。窮鼠猫を噛むと言うがこうなってしまえばもうどうしようもない。
俺は急旋回して敵機との距離を取りながら言葉を投げ捨てる。
「お前は……いつまでも未亡人だ!」
俺が無慈悲に、猟奇的に吐きつけた言葉。それに呼応するように敵機は爆発四散した。
『順調ですね、ワーグナー少佐。』
「ああ。そちらはどうだ、グレルマン。」
『はい。こっちもおそらくは……うおっ!』
グレルマンの狼狽える声がした。その声に思わず身を乗り出して応答する。
「グレルマン、大丈夫か!?」
『少しまずい状況です。現在包囲されており、こちら3機に対して敵は六機ほど。』
「分かった。今すぐそちらへ向かう。持ちこたえられるか?」
俺の問いに対して、グレルマンは自信を隠さずに答えた。
『ええもちろん、やってみせますとも。まだ死ぬ訳には行きませんからね!』
やはり彼は頼もしい。あの様子でいてきっと心中は冷静なのだ。冷静さを失わなければ彼が負けることなどない。尤も、冷静さを失わせる手段などないようなものなのだが。
「ああ。直ぐにそちらへ向かう。信じて待て。」
そう言って無線を切り、右に旋回してグレルマンの元へ向かう。
この機体のスピードはやはり神速。さらに、一体感は従来機を凌駕する。俺は追随する敵機を一機ずつ機械的に撃ち落としながら救援へ向かう。
しかし敵は、それを許すまいと立ち塞がる。
「邪魔だ。」
俺はグンと高度を上げ、敵機わずか上空を掠める。
『なんというスピード!?』
それに反応した敵機は急旋回して俺に追随しようとする。
「残念。フェイクだよ。」
俺は円弧を描くように大きく回転し、敵機を追随する立場となる。この一回転というのは従来機の出力では不可能な芸当であった。この戦闘スタイルは、圧倒的な性能というのを端的に示すこととなる。
『なんだと!?このような動きができるはずが……』
「無駄口を叩くな。高が知れるぞ。」
無能は鴨だ。俺は容赦なく機関砲を吐き出す。
「遺言は覚えておけよ。俺が死んだときに聞いてやるから。」
そして急激に速度を上げて敵機の側面を突っ切る。その直後に爆音が轟いたことなど、どこ吹く風と受け流して先を急いだ。
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