第52.5話【閑話】日本語を勉強しよう

はじめに

作中、テッサには二人が日本人である事を打ち明けていません。

日本語の事が特殊な文字となっているのはそのためです、イリスにはバレているので日本語と書いています。

-------------------------------------------


 テッサさんとイリスにスマホとタブレットを貸し出す事にしたのだが、言葉が理解出来ないと使う事が出来ないので簡単な日本語を勉強してもらう事になったのだ。


夕飯のあとに、みんなに集まってもらっている。


「えっと、みなさんお待たせしました、少し前にお話したスマホとタブレットを持ってきましたのでこれからお配りします」


「お兄ちゃん何言っているの、気持ち悪いよ」

「こういうのって儀式じゃないけど改まると新鮮味があるだろ、特別感とかさ」


 テッサさんとイリスがリビングのテーブルに座ってパチパチと拍手している。


「それじゃイリスにテッサさん、俺達は同じ家に住んでいるからいつでも連絡が取れるようにスマホとタブレットを渡しておくよ」


 真新しいと言っても新古品のスマホとタブレット。

 かなり型遅れの未使用新古品が運よく手に入り、世代的には古いけどこっちの世界で使うには十分なスペックの物だ。


 これを初期状態ではなくセキュリティソフト設定や必要なアプリを導入した状態にして、マスターパスワードを入力しないと設定の変更やアプリの導入は出来ないようになっている。


「おー!シオン達が使っている不思議な道具なのじゃ」

「本当にメイドの私にも貸して頂けるのですか」

「そうだね、連絡が取れないと困る事もあるからさ」

「妾はシオン達が使っているのを見ていたので何となく使い方は判るのじゃが使われている文字が特殊での」


 イリスにタブレットを渡すと、早速電源を入れYouTubeを再生し始めた。

 恐るべき事に何故か英単語をキーパッドで入力してイリスの好きな自然系動画を再生し始めている。


「イリス、お前使えるのか?」

「お主が森の自宅で使っていたのを見ていたでの、何となくじゃが使う事は出来るのじゃ」


 確かに、森の家で暇な時にイリスが動画で自然や風景が見たいと頼まれて何度か目の前で操作した事はあった。


 彼女はそれを見て英単語で文字入力をしていたが、意味までは理解していない。

 この文字列を入力すれば自然系動画が表示されると視覚的に覚えたみたいだ。


 さすが魔法使い知力が高いのだろうな、ついでに日本語も覚えてもらおうか。


「何となくじゃ不便だろ、ちゃんと使い方を教えるから聞いてくれ」

「そうじゃな、道具は使いこなしてこそ真価を発揮するものじゃ」


 イリスとテッサさんにはスマホとタブレットの基本的な使い方と、通話アプリ・メッセージアプリの基本操作方法を説明する。

 メッセージアプリの場合は文字や言葉が理解できないと使い物にならないが、スタンプメッセージもあるので、最初のうちはスタンプの意味と形を覚えてもらってしばらくはそれで対応してもらう感じにした。


「さてこの道具を使うのに、特殊な文字を覚えてもらうのだけど、タブレットに学習用アプリを入れておいたから、それで基本的な文字を覚えて下さい」


 タブレットに入れたのは児童用のひらがら、カタカナ、数字学習用アプリに、小中学生向けの国語学習ドリル。

 児童書や絵本等も入れておき、文法や文字の使い方はそっちでも学習して貰う予定だ。


「シオン様、特殊な文字とは標準語(異世界語のこと)とは違う物なのでしょうか?」

「俺やサクラが使っているこの道具は標準語が使えないんだよ、だからこの道具で使える文字や記号を覚えてもらう必要があるんだ」


「わかりました、できるだけ早く覚えるように努力いたします」


 テッサさんは真剣な表情だけど、そんなに気合いを入れないでゆっくり覚えて行くので大丈夫だからと話をして気楽な感じでスタートする。


「シオン先生宜しくお願いします」


 先生と言われると照れるな、サクラもにやけているし。

 テッサさんは支給されたタブレットとスマホを抱えながら嬉しそうにしていた。


 こうしてシオン・サクラの基本的日本語勉強会がスタートする。


 ・・・・


 毎日夕食が終った後に1時間ほどの勉強会、上手な教え方とかは判らないけど、教材アプリに覚え方や保護者向けや先生向けの指導方法みたいなのが書いてあるのでそれを参考に説明していった。


 サクラはテッサさんの横に座ってあれこれ教えている。

 俺はイリスを見ていたが、イリスはページをめくるスピードがメチャクチャ速い。

 パッと見て次、パッと見て次を繰り返して児童向けの学習アプリなのでひらがな、カタカナ、数字を見た順番に書き写して行き、間違いが無いかを答え合わせをしていく。


 各ドリルには簡単な単語も載っているので、時々この世界に無い物があったりすると話が脱線する事もあった。


「サクラ様、このパトカーとは何でしょうか?」

 児童向けなのでカタカナ練習ドリルの中にパトカーの絵とパトカーの文字練習枠がある。

「おまわりさんの使う乗り物だよ、例えると街を守る警備兵とかの人なのかな」

「警備兵の乗る馬や馬車の事をパトカーと呼ばれるのですね」

「たぶん」


 例えが見つからず説明のしにくい歯切れの悪い回答になる事もあった。


 こんなこともあり、会社に来ていた外国人用に作った日本語マニュアルのような物をこっちの世界でも作成する事になった。


 良く使うフレーズを日本語で書き、イリスにこっちの言葉で書き込んでもらう。

 おはよう・おやすみと日本語で書くと、イリスがその下にこの世界の標準語で書き込んで行って表を作成する。


「シオンよ、この言葉はどう書くのじゃ」

「その言葉はこう書くんだ」

 生活に必要な言葉が出そろうと逆にイリスから質問を受けるような状態にまでなった。


 違う意味で俺達も異世界語を学ぶための表が出来そうだ。

 現状は読めないが。


 表作りで気が付いた事は、イリスは自分のペースで飛ばして学習している訳ではなく一応俺やサクラの説明に合わせながらテッサさんの様子も見てそれに合わせて、表に記述する単語を選定している感じ。


 何回目かの勉強会でイリスはノートに何かしら書き込んでいる。


「イリス、それは何?」

「ニホン語とエルフ語の関係を示した表じゃ」

 イリスのノートを見ると完全に読めない記号と日本語の関係性を示した表が作成されていた。


 この世界の標準語は英語のような文字列に似ているので全く読めない訳ではないのだけど、正しく読めない。

 イリスの書いたエルフ語は全く未知の物。


「イリスはそんな事までわかるのか?まだ何日も経っていないぞ」

「妾は暇じゃからの、テッサも仕事の合間に勉強しておるのじゃぞ」


 テッサさんのノートを見ると達筆で書かれた丁寧なひらがな、カタカナ、アラビア数字とこっちの世界の文字が読み仮名のように書き込まれ、単語表の文字も反復して練習されていた。


 すごい学習量、本気度が桁違い。


「テッサさんはもしかしたら簡単な本なら読めたりするの?」

「この子供向け絵本ならだいたい読む事が出来ます、ひらがなとカタカナだけですし、カンジ?には読み仮名がふってありますから、ただ所々わからない単語がありますので、完全とは言えません」


 俺でも知らない単語はあるし俺が英語を読む時も読めない英単語とかあると飛ばして大体こんな感じかな?みたいに理解する事もあるからそれと同じかもしれない。


「もしかしてイリスは既に普通に読めたりするのか」

「カンジドリルとやら少し難しかったかの、でも文字の成り立ち等が説明されておったからの、魔法書を読むよりは簡単に楽しく覚える事が出来たのじゃ」


イリスがタブレット内にある小学生向けの辞書を開く。


「この辞書も面白かったのじゃ」

 おい、イリス、反則級に頭が良いのか?

 普段は腹ぺこエルフでろくな事を言わないのに!!


(ろくでもない事しか言わない……?)


 俺は疑問に思った。

 この世界に来て普通に日本語が通じた事。

 日本語で喋っているのか、それとも日本語に翻訳されて俺の耳に入っているのか?って事だ。


「イリスさぁ、俺達が普段話しているのって何語なんだ?」

「何を変な事を聞くのぉ、標準語に決まっておるじゃろ」

「標準語って、日本語じゃないよな?」

「そんな訳があるまい標準語とニホン語は全くの別物じゃ、妾が母君の言っている事が理解出来なかったのを忘れてしまったか」


 確かにそんな事もあった。

 オオボケだな俺。



 物は試しとGoogleの音声入力でイリス達が何を話しているのかを表示出来るのか実験だ。

 イリスに簡単な挨拶をしてもらうとGoogleの音声入力はしばらく考えているような状態になり、カタカナでイリスが話した文字列が表示される。


 カタカナで全く理解出来ない文字列が並んでいたが、横からのぞき込んでいたイリスはその文字を見て驚いていた。


「このタブレットは妾の言った事をニホン文字に変換する機能もあるのか、便利じゃの」

「これはお前が話した言葉だけど、合っているのか?」

「少し変な所もあるがの、概ね合っていると思うのじゃ」


 俺がその文字列を読み上げると


「ギャハハハハ!!シオンよ発音がメチャクチャじゃ、笑いが止まらんのじゃ、でも何となくで通じるのじゃ ギャハハハハ」


 イリス、キャラが変わって無いかと思うほど笑われた。


「うるせー!馬鹿野郎、俺はこっちの世界の言葉が全然判らないんだよ」

「そうじゃったな、お主達は何故か標準語が普通に日本語に翻訳されているのじゃったな、悪い事をしたのじゃ」


 こんな感じで話が脱線する事もあったがその後のイリスの日本語習得は早かった。

 恐ろしい事に1週間もしたらイリスは中学生までの日本語なら普通に覚えてしまったのだ。

 もちろん発音の方も。

 これは外国人向け日本語学習アプリ。


 時々イリスが外国人みたいに日本語を話す事がある。

 本人曰く、標準語ではなくニホン語で話しているらしい。


 エルフ族は知力が高いと言われているが、まさかここまで凄いとは思わなかった。


 色んな意味で恐ろしい。


 イリスが日本語で話すようになったので、テッサさんに対する日本語学習が加速的に向上した。


 日本でいくら勉強しても、上達しない英語がアメリカにホームステイすれば格段に早く話せるようになるって聞いた事があるけど、それと同じなのかなと思う。


 俺はホームステイなんかやった事は無いが、海外に行った友達はそんな事を言っていた。

 そいつ日本のハンバーガーショップで自慢げに本場の発音で注文していたな。


 ある意味すげぇ違和感があったけど。

 どっかの業界人かよと。


 こんな感じで毎日の学習会が進んでいくと、やがて学習会の成果が見られるようになってきた。


「お兄ちゃん、テッサもけっこう話せるようになってきたよ」

「サクラ様の教え方が上手なのです、何度も繰り返し教えて頂きましたのでとてもわかりやすかったです」


 テッサさんはサクラとイリスにニホン語を教えて貰う事で遅れる事一ヶ月で簡単な会話であれば話す事も出来るようになったのだ。


 テッサさんは片言の日本語だけど十分に通じる、話すのは難しいけど簡単な日本語を読んだり書いたりする事は出来るようになっている。


「シオン様達が使っているネット通販のサイトも一緒に見られるようになりますから色々と便利になりそうです」

「欲しいものが有ったら相談してね、いつもお世話になっているから買える範囲で買ってあげられるから」

「有り難うございます、シオン様」


「自分の物でも大丈夫だよ!私に相談してね、日本に行く事は出来ないけど覚えておけば後々便利になるからね」


 恐ろしいのはイリスの方。

 平仮名・カタカナ・数字と来て小学生学習アプリなのでローマ字も含まれるがすぐに覚えていた。

 ローマ字と英単語は読み方が異なるのでYouTubeの英単語を変な読み方をしていたが学習方法がわかれば多分英単語もすぐに覚えるだろう。


 隣で見ていたサクラが疑問を感じたようだ。

「イリスって英語も読めるの?」

「英語とはなんじゃ?ローマ字とは異なるようじゃな、言語には興味があるでの覚える機会があれば覚えて見たいの」


 そんなイリスを見て、誤魔化すように返事をする。


「英語はまたの機会にしような」


 YouTube上には英語があふれている。

 翻訳で字幕も付く動画さえある。


 そんなのをイリスが見たらどうなるのだろうと思うと、彼女の知力の高さはちょっと怖いと思ったからだった。


・・・・


 しかし、シオンはミスを犯している。

 イリスに外国人向け日本語発音アプリを使わせてしまった事だ。

 イリスはアプリ内の英語については早い段階で日本語以外の言語として認識しているが、これが今後どのように関わってくるかはシオンもサクラも認識すらもしていなかったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る