フリッグの家での日常
第53話 異世界カレー
「お兄ちゃんと二人で街の中を歩くって久しぶりだね」
「そうだな、最近はテッサさんやイリスと一緒に出歩く事が多いから久しぶりって言えばそうかもな」
たまには自分の好みで食材を買ってその食材を使った料理が食べてみたいとテッサさんに頼んで二人で街の露店に買い物へ来ていた。
異世界の野菜類は農業も盛んで普通に色々な食材が露店で手に入れる事が出来る。
メインは小麦であり、ジャガイモ・サツマイモのような芋類も多く取れ一年間収穫が出来るという。
野菜の収穫事情は知らないけど、ニンジン・タマネギのような物も普通に取れ、まぁ一部はローレンスタインから送られてくる物あるので野菜事情は季節野菜に限るが充実している。
日本人の俺達からすると残念なのは米が無い事。
イリスの話では南の方にインディカ米みたいなのがあるらしいけど、この街では見た事が無いし、テッサさんに聞いても知らないみたいだった。
多分全く無い訳ではなくてマーキュリー領のある地域では認知されるほどの生産量が無いのかもしれない。
昔の日本農民が税として米を納めていたように、この世界の農民は麦を納めるような仕組みだったら米なんかは少量生産して自家用に回せば流通もしないだろう。
小麦や大麦が原材料として使えるパンやパスタのような物が主食として多い。
「なぁサクラ、カレーが食いたくないか?」
「何突然言っているの? レトルトカレーなら沢山あるよ」
「でも米が無いんだよなぁ」
「無茶言わないでよ、街の中を見ても米なんか無かったよ」
森の家に帰れば母さん特製のカレーライスは食べる事が出来るが、こっちの世界の食材を使ったカレーを食べてみたいとかも思った訳だ。
「米以外のカレーの食べ方とかないのかな?」
「ナンとか有るけど、友達と行ったインドカレー店で食べた位だよ」
サクラにそんな事を言われスマホでカレーの事を調べていくと”ナンとロティ”の記事を見つける。
写真を見るとどっちも美味そうだ。
「ナンはフワフワでもっちり、ロティは固めの食感か……」
隣でスマホをのぞき込んでいたらサクラも反応する。
「お兄ちゃんこれ絶対美味しいやつだよ、よし作ろう!」
こんな話で突然カレー作りがスタートした。
・・・・
両親が良く言う事で、キャンプの時にカレールーやパウダーがあればほとんど料理は失敗しないと言っていた。
こっちの世界で自宅から出る時は必ずカレールーを携帯するように母さんから強く言われた程だ。
どんなに匂いがキツイ物、マズイ野菜や肉でもカレールーと煮てしまえば食えないのが何とか食える位に変化するから、キャンプやサバイバルの時の頼もしい食材(調味料?)の一つであると。
そんなわけでフリッグの家にもバーモンドカレー辛口と中辛が大量にストックされている。
テッサさんは使い方がわからずにそのまま放置したようだが、今日いよいよデビューする時がやってきたのだ。
ナンとロティはテッサさんに説明するとパン作りの応用で簡単に作れると返事を頂く。
「パンとは作り方が異なるようですが、問題無く作る事が出来ると思います」
「テッサさんは作った事があるの?」
「名前が違いますが似たような食べ物を知っていますのでご安心下さい」
ナン・ロティの作り方ページにある材料表や作り方の説明写真を見る事でテッサさんはそれが何だか理解していたようだ。
ドライイーストなる物がわからないとの事だったが、パン生地を置いておくと膨らむ事を説明すると、あっさり何の事だが理解してくれた。
買い物リストを作成し再び街の商店街に行き食材集めのスタート。
メインの肉はアイテム化している状態で購入する。
「お兄ちゃんまずは肉だよ、ビーフカレー、ポークカレー、チキンカレーどんな感じにしようか」
「とりあえず簡単に作れる、牛か豚系にしようか俺のイメージだとチキンカレーって上級者向けイメージなんだよな」
「確かに、ママのカレーでもチキンは見た事が無いよ」
「家だと豚だったよな」
「じゃぁ豚肉を買おうよ」
店頭で切り売りもしているが、切り売り状態で買うと腐敗が始まっている可能性もあるのでアイテム化状態で購入する。
この世界の肉はアイテム化から切り分けると時間経過がスタートし腐敗が始まるのである。
「どのくらいの大きさの肉を買えばいいのかな、重さとかわかんないよ」
「サクラ、肉は切り売りされた物じゃなくてアイテム化状態の物を買おうな、俺達にはアイテムストレージがあるから新鮮な肉が食えるだろ」
サクラは納得した感じで肉屋の店主に質問していた。
「オッチャン、アイテム状態のボア肉ある?」
「サクラちゃんか、アイテム肉ならあるが、そんなに沢山食い切れないだろう?大丈夫なのか」
「アイテムストレージに入れるから大丈夫だよ」
「スゲェなサクラちゃんはストレージ持ちか、ちょっと待ってな今良いヤツ選んで持ってくるよ」
店主は店の裏にある倉庫からアイテム状態のボア肉をカートに乗せて持ってきた。
「これでいいか?」
見た目は豚肉。
色とか脂身の割合とかそんなので判断するが、いつ見ても常温の肉が全く腐敗しない状況はアイテム化という状態がある世界特有な物だと奇妙な感覚にさえなる。
「サクラ、この肉で大丈夫そうだから買おうか」
「オッチャン! これいくらかな?」
冷蔵庫は無いので時間経過無しのアイテムストレージに入れておけば切り分けた肉も永久に保存出来るだろう。
俺は店主に金を支払うと、サクラがストレージに格納。
「オッチャンありがとね!」
「おうアイテム肉なら色んな種類が揃っているから、必要になったらウチに来てくれよ!」
肉の購入が済んだら、カレーに必要なニンジンやタマネギ、ジャガイモ等、それぞれに近い姿形をしている野菜を購入していく。
同じ姿形をしていても全く違う物の可能性もある、既にシチューなんかでも食べているので、八百屋の店主にシチューとかで使いたいと話をすればお勧めの野菜を選んでくれた。
・・・・
家に帰ってカレー作りのスタートだ。
バーモンドカレーの箱に書かれているカレーの作り方を参考にして標準的なカレー作り。
イリスが作った異世界語・日本語の表のおかげでなんとなく異世界語が読める書けるようになったので箱に書いてある絵を参考にテッサさんに作り方を説明していく。
テッサさんもまだ漢字とかは読めないし読めても意味までは理解していない。
ノートにカレールーの箱に書いてある作り方を書き写して、ひらがなと異世界語が混ざったカレーの作り方マニュアルみたいなのが出来上がった。
カレーの作り方はご家庭それぞれで、辛口と甘口をミックスしたり他社のルーと混ぜて使ってみたりとオリジナル要素を加えている事がある。
まだそんな高等テクニックを使う事は出来ないので、今回は箱に書いてあるレシピ通りに作る。
カレー作りは俺とサクラも一緒にやっているので、テッサさんは野菜や肉の切り方や炒め方を横で見ている感じだ。
「ピーラーがあるといいね」
「サクラはジャガイモの皮むきとか苦手だよな」
「ママの手伝いをしていた時はピーラーを使っていたから皮むきは苦手だよ」
まぁ俺も人の事は言えない、包丁やナイフよりピーラーを使った方が安全に早く薄く綺麗に皮むきできるのは同じかも。
「ママのカレーだと豚コマとかだよね、奮発する時はブロック肉を使う事もあるけど、どうするの?」
「豚コマ自体が難しいよ、アイテム化している肉がブロックだから、贅沢にゴロゴロ肉のカレーにしよう」
アイテムストレージから大きい肉を取り出し、これはテッサさんに適当なサイズにカットしてもらう。
専用の大きなノコギリのような包丁?で実用サイズにどんどん切り分けてもらい、ジップロックに小分けして使わない分はストレージに格納して保管。
塩はあるけどコショウが貴重品なこの世界、日本から持ち込んだ塩コショウで下味を付けて炒めていると、さっそく腹ぺこエルフが反応した。
「おお、珍しい香りがしてくるのぉ随分と良い香りじゃ」
こっちの世界の串肉焼きは塩と香草を使った物が多く、コショウのあの独特な香りはしない。炭火焼きなので十分に良い香りはするのだが、スパイシーとはまた違う感じなのだ。
肉に火が通り、作り方手順書を見ながら野菜と水を入れて煮込んでいく。
「これを見ているとなんか豚汁みたいだね」
「この時点で味噌とか入れれば豚汁っぽい物が出来そうだな」
「豚汁も食べたくなったよ」
豚汁は次回だ。作り方は似ているかもしれないけどこれに味噌を投入してもコショウとかを使ったから微妙に異なる謎の味になるだろう。
脱線しつつ、ついにカレールーの投入だ。
「サクラ様、この四角い茶色い物がカレーなのですか? すごく変わった匂いがしますね」
「これがあの肉と野菜とかが入った鍋の中に入ると、凄い美味しくなるんだよ」
サクラがカレールーをボチャボチャと投入。
家の中にカレーの匂いが一気に広がり、美味しそうな匂いに変化した。
「おお! これはカリーじゃろう?」
「イリスはカレーのことを知っているの?」
サクラはイリスの意外な反応に驚いていた。
「伊達に長生しておらんからの、南国の国々の主食じゃな、辛いものから甘い物もあるのじゃがあの風味が食欲をそそるの」
「ローレンスタインでもスパイスの輸入が行われていますので、カリーを食べる事が出来ますが、スパイスが高額なので高級料理や薬膳料理として食されるようです」
テッサさんもマーキュリー伯爵家で一度だけ食べた事があるそうだが、匂いも違っていたし辛すぎて何が良いのか解らなかったらしい。
「サクラ様が美味しいと言うのであれば、きっと美味しいのだと思われます」
イリスは知っているようだったけど、テッサさんの第一印象は凄く悪くて、これは伯爵家で食べたカレー? らしき物の味に問題があったのだと思う。
体験した事のない匂いで、未知の料理なんてそんな物。
そして待つこと1時間、バーモンドカレーベースのカレーが完成する。
・・・・
「異世界の野菜だけど良い感じに仕上がっているし、肉も良い感じだ」
「カレーになっているね、林間学校のカレーよりもちゃんと出来ているよ」
「林間学校の班カレーって時間不足で大体失敗しないか?」
「ママも言っていたよ、大失敗しない限り美味しいのがカレーなんだって」
大失敗しない限りか……だから簡単に作れるカレーなのかもしれない。
「腹がギュルギュルなのじゃ、早く食べるのじゃ!」
盛り付けが終り、全員分のカレーがそれぞれの席に配膳されるとテッサさんは神に祈りを捧げているがイリスは特に何もしていない。
「それじゃいただきます!」
ご飯ベースのカレーでは無いが焼きたてのナンとロティが用意される。
食べやすいサイズに千切ってカレーを付けて食べるとこれが美味い。
「うぉおおお! これは美味いのぉ、体に染みこむうまさなのじゃ」
「シオン様これおいしいです、辛すぎなくて丁度良いですよ!」
さすが日本製のカレールー日本人向けにカスタマイズされているだけあって好評スタート、イリスは何でも美味しそうに食べるが、あまり驚く表情をしないテッサさんが凄く驚いていて口調も砕けていた。
「お屋敷で食べたカリーとは別の物で、このカレールーをベースにして色々な物が作れそうですよ」
テッサさんはもう違う展開を考えているようだが、今回のカレーも異世界の野菜ともマッチしとてもおいしい。
ジャガイモが少しネットリとした感じだが、これはこれで食べ応えがありカレーが良く染みておいしいのだ。
腹ぺこエルフは何回もおかわりをしていたし、食べるのが遠慮がちなテッサさんも珍しくおかわりしていた。
10人前ほど作ったのに四人で完食してしまう。
あまりの完成度の高さに全員で相談して、これからは週に一回はカレーの日を作ることにした。
どうせだからと、このカレールーと色んな食材を試したいとテッサさんもやる気満々である。
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