2)猫公爵様夫妻
公爵様のお屋敷は、俺が今まで働いてきた貴族のお屋敷とは違った。
公爵様のお屋敷で一番驚いたのは庭だ。広々とした猫用の庭がある。丸太を組み合わせた遊具の上で、色々な猫が昼寝をして、毛づくろいして、本当に可愛らしい。新入りの人間である俺を相手に、猫たちは少しずつ慣れてくれている。誰だお前はと、俺を不審者扱いする猫がいるが仕方ない。
「仕事が終わったら、遊ぼうな」
そう言う同僚たちの足には、挨拶代わりだろう。猫が順番に纏わりついている。羨ましい。
「ほら、仕事が終わってからだ」
どうして素っ気ない奴には愛嬌を振りまくのに、俺には愛想の欠片しかないのか。酷い。猫はそういうものだとわかっていても悲しい。
「公爵様がいらっしゃった。お前、挨拶に行くぞ」
同僚の視線の先に居た人物を見て、俺は驚いた。使用人のような格好をしている男性が居た。同僚の話では、あれが公爵様らしいが、宰相閣下には見えない。
「君が新しい庭師か。頑張ってくれたまえ」
「ありがとうございます」
使用人のような、つまりは高級とは縁遠い格好をした男性に戸惑いながら、俺は頭を下げた。唖然としている俺に、先輩が囁いた。
「猫公爵様だからな」
俺の視線の先では猫公爵様が猫に貢物(みつぎもの)をしていた。
「ほら、おやつだよ」
あれはずるいと思う。猫も媚びて可愛らしい声で鳴いて纏わりついている。羨ましい。ずるい。猫の庭を整備してやっているのは俺なのに。丸太の階段を増やして遊べるようにしたのは、俺なのに。まぁ、その俺たち庭師を雇っているのは公爵様だから、仕方ないけれど。
「猫の庭にいらっしゃるときは、あの格好だよ。猫と遊ぶためにいらっしゃるからな」
どうやら先輩は、俺の視線を別の意味に理解したらしい。
公爵様の猫屋敷では、猫は俺たち使用人が暮らす場所で生活している。お貴族様である公爵様方が暮らす場所には、猫は立入禁止だ。貴族の衣装は飾りも多いし、ひらひらしているから猫のおもちゃになってしまうから、そういうものだろうと俺も思う。
俺は、公爵様ともあろう御方が、猫と遊ぶために、わざわざ着替えて猫の庭にいらっしゃることに驚いた。お貴族様の中で、一番偉い御方だ。命令するお立場の方だ。そんな御方が猫と遊ぶために着替えるだなんて、俺は信じられない思いで見ていた。
「前に君が働いていたお屋敷のご主人もいらっしゃったことがあるよ。ご主人も着替えていらっしゃったけど、猫は愛想なかったな。犬を飼っているから、犬臭いんだろうねとおっしゃって寂しそうになさっていたね」
俺の前の旦那様が、犬だけじゃなく猫も好きだとは知らなかった。前の旦那様は、君が猫に好いてもらえるとよいのだがとおっしゃっていた。旦那様は猫に遊んでもらえなかったとおっしゃっていたが、猫に遊んでもらいたかったのだ。
そういう意味では、全部じゃないけど、一部の猫は俺と遊んでくれる。前の旦那様よりも、俺は猫に好かれていると思うと、ちょっと安心した。
次の日、俺は丸太の長椅子に座って猫をなでている侍女が、公爵夫人だと知った。庭で元気よく猫と一緒に遊んでいる子供たちが、使用人の子供じゃなくて、公爵様のお孫さまたちであることも教えられた。
公爵様は、国王陛下の弟君であり宰相様だ。猫公爵様などと巷で言われているが、尊い御身分の御方だ。雲の上の存在のはずだ。公爵様御夫妻が、使用人のような格好をして猫と遊ぶなんて俺は想像もしていなかった。猫と一緒に木登りをして、丸太の上から飛び降りて、泥だらけになっている子供たちが、公爵様のお孫さまたちだなんて、俺の子供の頃より腕白で悪戯だなんて、思うわけがない。
「お前がいつ、気付くかと思ってさ」
「ごめんよ」
「新入りがきたら、何日目に気付くかってのが毎回あってさ。お前、俺より早いからまだいいほうだよ」
腹を抱えて笑いながらも、同僚たちは謝ってくれた。
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