猫屋敷の庭師

1)初めての猫屋敷

猫屋敷と呼ばれる屋敷がある。国王陛下の弟君である猫公爵様のお屋敷だ。沢山の猫が暮らしている。猫公爵様の御領地にある屋敷や倉庫、果ては領民達の家にも沢山の猫がいるらしい。


 猫公爵様と猫屋敷を知らない人はいないだろう。特に猫好きには有名だ。噂では、猫屋敷の門番に猫を貰いたいと相談すると、猫公爵様の猫屋敷に暮らす猫を貰えるらしい。ただし、猫公爵様の家来が猫と一緒にやってくるとか。猫公爵様の家来は家が猫と暮らすにふさわしいかを審査して、猫は人間が自分と暮らすに値するかを確認するという噂は有名だ。噂だから、庭師の俺がその光景を見たことがあるわけではないけれど。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

俺は、面接してくれた執事の一人だと名乗った猫屋敷の人に頭を下げた。今日から俺は、この猫屋敷で庭師として働くことになる。


「あぁ。頑張ってくれ。期待しているよ。前にいた庭師が二人、猫の毛でくしゃみをするようになってしまってね。この屋敷では働けなくなってしまったんだ。猫が居ない館をもつ貴族に紹介せざるを得なかった。君が働いていたところだね。彼らが去ったのは残念だが仕方がない。せっかく来てくれた君がそうならないことを願っているよ」

親父のような年齢で厳(いかめ)しい顔の執事だ。膝の上で寝ている猫を優しく撫でているから、厳(いかめ)しさも半減どころか、ほぼ消え去っている。


「お気遣いいただきありがとうございます」

俺が前に働いていたお屋敷は、猫は禁止だった。犬が沢山いるし、奥様が猫をお嫌いだったからだ。猫屋敷からやってきた同僚達は、前に働いていた屋敷を懐かしがった。くしゃみが出ないのは嬉しいけれど、沢山いた猫達と会えなくて寂しい。可愛かったんだ。暖かかったんだ。やんちゃでねぇと、と連中は犬を撫で回しながら繰り返した。俺は犬も好きだが、猫も好きだ。


 見習いの頃に働いていたお屋敷では、作業小屋で猫を飼っていた。旦那様も奥様も屋敷の外で飼うことを条件に、お目溢し下さっていた。


 庭師になってから働くようになったお屋敷では、猫は絶対に禁止だった。奥様が猫をお嫌いなことももちろんだが、犬が沢山いるから、猫が可哀想だというのもわかる。それでも猫屋敷を懐かしがる連中の話を聞いているうちに、俺は温かい猫の体温やザラザラも舌が懐かしくなってしまった。迷ったけれど、勤め先を代わりたいと言ったら、旦那様は紹介状を書いて下さった。


「君が猫に好いてもらえるとよいのだが」

旦那様の笑いを含んだ声に俺はつい、首を傾げてしまった。

「私はほら、犬を飼っているからね。お屋敷には何度か招かれたし、猫がいる庭にも案内してもらったのだが、猫は私と遊んでくれなくてねぇ。帰ってきたら、今度は猫臭いらしく、犬には嫌がられてね。散々だったよ」

快く送り出して下さった旦那様は、良い紹介状を書いてくださったらしい。俺は猫屋敷で雇ってもらえることになった。


「ところで、君は、木登りは得意かね」

突然の執事の言葉に、俺は面食らった。

「木登り、ですか。庭師ですから、登ります。梯子も使います。得意かと言われると、よくわかりません」

「そうか」

木登りのことなんて、何故聞かれたのか俺にはわからなかった。けれど、俺の返事に執事は満足してくれたらしい。


「では、これから君を案内しよう。猫にも紹介しないとね。ほら、彼が新しい庭師だよ。ご挨拶するかい」

執事に声をかけられた膝の上の猫は、ぐっすり寝たままだ。猫らしい。

「おやおや」

厳しい顔だが、優しい人が上の立場にいるというのは安心だ。

「寝床が動くわけにも行かないから、君を誰かに案内させよう」

執事の言葉に、膝の上の猫が動いた。

「おや。寝返りかな。起きているのかな」

優しくつつく手を猫はやっぱり無視していた。猫だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る