2)救い

「仕方がない。彼らが決めたことだ」

テオドール様はテオドール様なのに別人のようだった。

「我々は法を執行する」

すなわち、それは彼らの死を意味する。


「フェルナン、こちらの損害は抑えたい。彼らがいるのは洞窟だ。あの時の火柱の再現をしたい」

「そうさなぁ」

魔王討伐隊の時からテオドール様と一緒に旅をしている魔法使いのフェルナン様が首を捻った。

「出来るけど、食料はどうする。洞窟の中だろ。取り返さねぇと村の人が困る」

「人の背丈より上にはなかった」

「そっか。じゃぁ上半分やるか」

「そうだね」

「ただ、気をつけねぇと結局炭だな」

「あぁ。だけど、生焼けはちょっと避けたい。どうせ助からないのだから、完全に息の根を止めてやったほうが良い」

「まぁそうだよな。お前の背丈と比べてどうよ」

「そうだねぇ。僕とほぼ変わらないくらいか、少し低いくらいだ」

「じゃああれだな。お前の胸のあたりからちょい上か」

「それがいいと思う」


 周囲で見守る俺たちには全く分からない会話が続く。長く旅を一緒にしていた二人ならではの関係だろう。

「できるだけ、入り口に近づけたほうが、簡単に片付くよね」

「だな。食料はどうせ奥だろ」

「あぁ」

「具体的にどうする。どうやって誘い出す」

「鬨の声でもあげれば、出てくるだろう。そこで一網打尽、まぁ、焼き尽くすから違うか。早朝にしようか。日中は外に出ているのがいるだろうから」

明らかにきな臭い会話に、周囲を警護していた俺たち騎士は顔を見合わせた。


 テオドール様とフェルナン様が何を相談していたか、俺たちが知ったのは翌早朝、まだ空は薄暗く、森が寝静まっている頃だ。


 夜の闇に紛れて投降するものが居たら保護するようにとテオドール様はご命令下さったが、誰も出てこなかった。


 崖にある盗賊たちが住み着いている洞窟の入り口から、少し離れた場所に俺たちはいた。

「鬨の声を! 武器を打ちならせ! 」

テオドール様の号令で、俺たちは鬨の声を上げ、剣や槍を盾に打ち付けた。


 洞窟の中が騒がしくなる。フェルナン様が何かの術式を組み立てているのが見えた。その傍らにはテオドール様が立ち、洞窟の入り口を見据えている。

「今だ、フェルナン。総員、目を閉じろ。手で覆え!」

テオドール様の声に俺たちが従った直後、まばゆい光が指の隙間から入り込み、閉じた瞼に指の影が映った。轟音と、悲鳴のような声が聞こえた。


「そろそろ手は外してよい」

テオドール様の声に、洞窟を見た私達は声を失った。凄まじい炎が、洞窟の上半分を満たしていた。

「もういいだろう」

テオドール様の声で、炎が消える。あたりには、人が燃えた独特の匂いが垂れ込め始めていた。

「ありがとう。フェルナン。お疲れ様」

「このくらい、大したことねぇよ」


 何があったかを理解した俺の背筋が寒くなった。仲間の青ざめた顔に、俺もきっと同じ顔をしているだろうと想像がつく。

「さて、片付いたし。食料を運び出さないとね」

「あぁ」

テオドール様とフェルナン様の淡々とした声が洞窟の中に消えていった。


 警護のため、同行すべきだが足が出ない。臭いが強くなり鼻をつく。

「大丈夫だ。片付いた。食料を運び出す。歩ける者は来い」

洞窟の中から響いてきたテオドール様の声に、俺は動こうとしない足に気合を入れた。


 洞窟の中の食料は無事だった。


 洞窟の中には、上半身黒焦げの死体があちこちに転がっていた。あの洞窟を襲った火柱で焼かれた盗賊たちだ。鬨の声に驚いて立ち上がったところを狙ったのだろう。


 俺たちには何一つ被害はなかった。一度も交戦しなかったのだから当然だ。

「今回は盗賊が洞窟にいたから、先程のような手を使った。狭い場所で武器の取り回しが効かないというのは不利だ。おまけに相手の方が、内部を詳しく知っている。場合に応じて最善の手を打つことが大切だ」

テオドール様は淡々と俺の質問に答えてくださった。


「結局さ、自分から助かろうとしない奴を助ける手段なんてねぇんだよ。死にたくねぇって足掻くやつだって助からない時もあるんだ。そもそも足掻かねえ奴を助けようなんて無理さ。だってほら、そうさなぁ。騎士で言ったら稽古しねぇやつが強くならねぇのと一緒なんじゃねぇかな」

フェルナン様はそうおっしゃると、テオドール様の肩を優しく叩いた。


 盗賊を討伐し食料を取り返した俺たちを、村の人たちは大喜びで出迎えてくれた。テオドール様が、シュザンヌ様とお子様方を抱きしめておられた。細い女性の腕が、大きな背中を慰めるかのようにゆっくりと撫でていた。大きな背中が小さく見えた。


 テオドール様は、彼らを助けたかったのだ。フェルナン様はテオドール様を慰めておられたのだ。


  俺は、フェルナン様の言葉と、家族を抱きしめていたテオドール様の背中を、後々まで何度も思い出すことになる。


<とある騎士の思い出 完>

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