とある騎士の思い出

1)直訴

 昼間だ。鬱蒼うっそうと茂る森の中では、獣達の気配が行き来している。姿は見えないが、この森は生きている。木を植え、球根を植え、種を蒔くテオドール様と御一家の旅の成果だ。


 テオドール様の手が、大きく育った木の幹を撫でる。

「元気に育ってくれてありがとう」

テオドール様のお言葉に、木が梢を揺らしたような気がした。錯覚に決まっているが、本当にそんな気がする。


 魔王復活の時、沢山の土地が虚無に呑み込まれた。俺が育った村は無事だったが、隣村は無くなった。子供の頃一緒に遊んだはずの友達も、友達の家族も、親戚も顔見知りも、全員何もかも、跡形もなく消えてしまった。瘴気を溜め込み薄気味悪い魔物を吐き出していたあの森は、俺の脳裏に今も刻み込まれている。魔王が討伐されて、瘴気が晴れても、誰も何も還ってこなかった。


 人も還ってこなかったし、木も草も花も還ってこなかった。虚無に呑まれた土地は、なにも育たない荒れ地となった。荒れ地を蘇らせることが出来るのは、テオドール様だけだ。魔王討伐の旅を終えたあとだというのに、若い奥方様も小さなお子様もいらっしゃるのに、御家族で各地を旅して、荒れ地に命を蘇らせてくださる。テオドール様は素晴らしい御方だ。俺は心から尊敬している。公爵家の婿養子となられたテオドール様に少しでも近づきたくて、俺は公爵家の騎士になった。


 テオドール様の旅の一員に選ばれた日、俺は嬉しくて眠れなかったほどだ。


 不思議なことに、テオドール様が植えた木々はよく育った。木が育ち森となるには、本来は何十年も必要だ。テオドール様が植えた木は、数年で森となった。

「神様の御加護だよ。僕は神様の御加護を大地に根付かせているだけだから」

不思議がる俺たちに、テオドール様はそうおっしゃった。テオドール様を見る魔法使いのフェルナン様が、子供を見守る親のような顔をしていたから、俺たちも何となく察した。


 テオドール様は、神様へのお祈りを欠かさない。

「僕は孤児院で、孤児院の院長だった司祭様に育ててもらったんだ。神様には何度も助けていただいた。妻と結婚出来たのも、神様が僕を助けてくださったからだ。だから、僕は神様にとても感謝している」

そうおっしゃるテオドール様の故郷も、虚無に呑まれ、荒れ地になったそうだ。魔王討伐という偉業を成し遂げた英雄と讃えられるテオドール様も、口にされないが様々な苦労なさったのだろうなと思う。各地の孤児院を支援なさっていることは有名だ。町や道路の復興のための工事で積極的に元犯罪者達を雇い、仕事を与えていることも知られている。


 それでも、犯罪に手を染める者は後を絶たない。


 きっかけは村長たちの直訴だった。荒れ地を目指してさらに遠くへ旅をしようというテオドール様を、村長たちは引き止めた。

「私たちではどうにもなりません。食料を奪われました。種籾たねもみも根こそぎです。このままでは冬を越せません。種籾たねもみもなくては、新たな糧を得ることも出来ません」

侯爵様への直訴など、無礼だと言う声もあった。だが、テオドール様は村長たちの直訴を聞き入れた。テオドール様は村長たちに、盗賊たちに改悛かいしゅんの機会を与えることを約束させた。


「留守をお願いします」

「えぇ」

テオドール様は奥方様であるシュザンヌ様にお子様方を預け、部隊を二つに分けた。幸いなことに俺は、盗賊が居座る洞窟へと向かう部隊の一員に選ばれた。


 本来盗賊は死罪だ。だけど今は罪を悔い改め新たに生きる道はある。それを用意されたのはテオドール様だ。


 テオドール様のお声は盗賊たちの心には届かなかった。

「何とかして説得したかったのだけどね」

悲しげなテオドール様の視線の先には洞窟がある。周囲の村々を襲う盗賊の住処だ。テオドール様の説得を盗賊たちは嘲笑った。本来盗賊は死罪だが、今は贖罪と更生の機会もある。まっとうに生きる道がある。だから投降するようにと訴えたテオドール様を盗賊たちは追い払った。


 俺は警護の一人として同行していた。実際には何かあれば護られてしまいかねない俺だが、威圧くらいにはなる。


 俺達は、テオドール様の説得を聞いていただけだが、腹の底が煮えくり返るような思いを味わった。盗賊たちに対峙する前、テオドール様に絶対に手を出すなと釘を差されていたから我慢出来たようなものだ。腹立ち紛れに俺は、奴らを頭の中で串刺しにしていた。

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