第3話 人とはすなわち
人とはすなわち、勝手な生き物だ。生き延びるために必要なことなのであろうが、時に醜悪だ。
かつてテオドールを嘲笑った連中が、今度は掌を返してテオドールを自らの領地に呼び寄せようとして媚びへつらい美辞麗句を並べ立て始めた。私と妻は呆れ息子夫婦は憤ったが、テオドールもシュザンヌも気に留めていない。
「神様の御加護を、大地に根付かせているのが僕だというだけですから」
テオドールは魔王を斃した後も、神への感謝を忘れず祈りを捧げている。神がテオドールに特別な寵愛を授けておられたとしても私は驚かない。
「町や村があったことを思い出した人たちが、喜んでくれますもの。この場所にはこの木があった、ここではこの花が咲いていたといって苗木や球根を持って来てくれますの」
シュザンヌが人の喜びを共に喜ぶ心優しい娘に育ってくれて本当に良かったと思う。親になったからだろうか、変化の術も随分安定した。本当に良かったと思う。
「種まきと水やりをしました」
「おみじゅちたの」
手伝いをしているのか邪魔をしているのか知らないが、孫は可愛い。
「そうか。お手伝いをしたのだね」
「はい」
「あい」
旅先で、幼い孫たちは可愛がってもらっているらしい。
幼い孫たちを連れた若い貴族の夫婦が、安全に旅が出来る国は多くはない。民が互いに奪い合うことなく生きていける国を兄も私も築いていきたい。
テオドールはそれに大きく貢献してくれている。
「査察官を内密にお借りできませんか。妻と子供たちのための侍女と、最低限の護衛で十分です。僕に侍従は不要です。査察官を、僕のための侍従として同行させたいのです。各地の有力者が招待くださる数少ない機会です。活用できるはずです」
国内は色々と風通しが良くなった。荒れ地に若木を植えにきたテオドールが、機密情報の刈り取っていることに、まだ誰も気付いていないらしい。穏やかに微笑む優しい青年だが、テオドールは魔王を斃した勇者だ。時に大胆で
シュザンヌは自分も役に立ちたいと、猫に変化して
「僕以外に懐いたら嫌です」
「あら、でも」
「嫌です。絶対にダメです」
夫婦仲が良いのは良いことだ。テオドールが、シュザンヌの家族である私たちにまで嫉妬していたことを、私はその時初めて知った。
「テオドールが子煩悩で良かったわ」
妻の言うとおりだ。幼い子供たちを相手に、シュザンヌを取られたと嫉妬するようなテオドールでなくて本当によかった。ただ、孫たちはもう少し祖父母である私と妻に懐いてもいいはずだ。テオドールが子煩悩なのはいい。ただ、もう少し、私が孫煩悩になる機会を分けてほしい。親子はいつも一緒にいることができるのだ。祖父の私に少しくらい、譲ってくれてもよいのではないか。
「よく眠っているようね」
「このままここで、寝かしておきますよ。行ってきてください。会いたいのでしょう」
シュザンヌはテオドールに膝の上で眠る子供たちを預け、私の妻とソレーヌと連れ立って子供部屋へと行った。リシャールとソレーヌの間に生まれた赤子がいる部屋だ。赤子はすくすくと育っている。
私は監視役だ。ソレーヌほど結界に長けているではないが、結界を強化する事はできる。
「行き違いにならなくてよかった」
フェルナンとリシャールの魔法がぶつかっていたら、屋敷の相当が吹っ飛んでいたはずだ。
「だな。ま、お前、俺と相性良かっただろ。そう簡単に行き違いにはならねぇよ」
「そういうものかな」
妙に自信有りげなフェルナンに、テオドールが首を傾げた。
「まぁ、そんなものだ」
逆に、フェルナンとは初対面のリシャールが当然のことのように頷く。
「あぁ、そういえば、そうだった」
何を思い出したのかテオドールが笑い出した。昼寝を邪魔された膝の上の子猫が、テオドールの膝を叩いて抗議する。
「あぁ、ごめんね」
テオドールが子猫を撫でてやると、子猫はテオドールの指を甘噛みしてから眠りについた。
「可愛いもんだな。お前が父親かぁ」
フェルナンの言葉に、テオドールが微笑む。
「それにしてもお前、今さっき、どれ思い出したんだ。やっぱあれか」
「まぁね」
親しさ故か、二人はお互いにさほど言葉を必要としないらしい。
「あれとは何だ」
私の言葉に、フェルナンとテオドールが顔を見合わせた。
「土砂降りが続いて、全員ずぶ濡れで最低最悪だったとき、洞窟を見つけたんすけど。まぁ、中に魔物の気配がしたから、ちょっと片付けるかと思って。火で退治って思っ」
フェルナンは、笑い出して言葉が続かなくなってしまった。
「フェルナンが言うには、僕のせいらしいのですが」
「お前以外に、誰があんなこと出来るってんだよ」
侯爵となったテオドールを相手に、フェルナンの口調は親しげを通り越して無礼だが、テオドールは穏やかにほほえむままだ。
本来、フェルナンの態度は咎められるべきだ。だが、テオドールが魔王討伐隊で過ごした日々を知るのは私たちではない。家臣たちから報告は聞いたが、テオドールは多くを語らない。私たちが知らないテオドールを知るフェルナンと、テオドールの関係に踏み入っては無粋だ。私は屋敷の者たちに、フェルナンの態度を咎めないように命じた。フェルナンも、家長である私に対しては、一応は丁寧な口調を心がけている。
「あんなこととは」
「俺はちょっと洞窟の入り口に火を放って、魔物を追い出そうとしたんすけどね。テオドールの奴、俺が魔物を退治するって言ったのを真に受けたちまったんです。俺の魔法を増幅してくれて、火柱が洞窟の中を焼き尽くして、水気も全部干上がってカラッカラになって。苔もなにもかもが消し炭になっちまったんです。まぁ、全員濡れ鼠だった服も乾いてちょうどよかったんすけど」
フェルナンは腹を抱えて笑うが、どう考えても笑い事ではない。
「やはりそうか」
リシャールはしたり顔だ。
「そうそう。だから、テオ、お前も含めて大抵の奴がわかんねぇのは仕方ねぇけど。そういう意味では、若様は流石ですね。次代の公爵様ってのも伊達じゃないっすね」
「ありがとう」
魔法使いフェルナンからの率直な称賛に、リシャールも満更ではなさそうだ。
「どういうことだ」
魔法使い同士の会話というのは、とにかく部外者にはわかりにくい。
「まぁ、テオドールは魔法が使えるんすけどね。テオドール本人は、俺たち魔法使いが使う大技は使えない。だけど、俺たち魔法使いの魔法を、より正確にしたり増幅したり、なんつうか、すっげぇもんにできるわけっすよ。相性ってあるから、全員じゃねぇんですけど。俺とは格別に相性が良くて」
「ほぉ。それでちょっと火で驚かすはずが、火柱になったと」
「そうそう。そのとおりっす。公爵様」
フェルナンは大きく頷いてくれたが、テオドールは首を傾げたままだ。
「フェルナンはいつもそう言ってくれるのですが、僕は自覚がないのです」
「いや、俺もあれから、色々あちこち見て回って調べたり何だりしたけど、やっぱ、お前と旅していた時の俺が最強だったよ。何でもできそうな気がしたもんなぁ」
フェルナンの手の中にあるティーカップから、茶が鳥になって飛び立ち部屋を一周してからティーカップの中に収まった。
「お前と一緒じゃなきゃこんな事できないよ」
「でも、僕はいつもそういう君しか見ていないから。僕は君が失敗する姿なんて想像できないよ」
「まぁ、そうだよな」
フェルナンが苦笑する。
「逆に、相性が悪い魔法使いの魔法が失敗するとかはあるのか?」
リシャールの言葉にフェルナンが人の悪い笑みを浮かべた。
「相性ってのはどうしようもねぇでしょ。ほら、テオドールはおとなしいけど、やっぱ自分に意地悪する奴は嫌いなわけっすよ」
「やはりそうか」
リシャールもどうやら思い当たる節があるらしく、人の悪い笑みを浮かべている。
「テオドールはいいやつなのに、意地悪するなんて馬鹿っすよ。俺は馬鹿なやつは馬鹿だから、どうでもいいっすね。あんな連中。かってにどうとでもなりゃいい。どうせなるし。俺、テオドールと一緒なら最強で、テオドールと旅してんのがやっぱいいなって、あちこち旅してみて、結局そう思ったんです」
「最強になってどうするつもりだ」
私の問いにフェルナンは嬉しそうに笑った。
「知らねぇっす。何でもできそうってのは最高っした。でもテオに頼ってたら俺じゃねぇって思って、あちこち旅して回ったんすけど。でも、誰とダチになるかってのも俺次第かって思って、それも俺かと思ってたらまぁ、わけのわかんねぇ噂が聞こえてきて、えっちらおっちらここまで来たんです」
フェルナンの顔から笑顔が消えた。
「で、テオドール、お前何があったか、きっちりすっぱり説明してもらおうか」
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