第4話 後知恵とはすなわち
後知恵とはすなわち、己の愚かさを知らぬ者の負け惜しみである。
物事を成し遂げようとしても意図した通りになるとは限らない。成し遂げられなかった者を、後知恵で嘲笑う者は大抵、何一つ成すことのない
「まぁなぁ。お前、神様に感謝しろよ。俺もお祈りしとくよ。謙虚すぎて自信なさすぎて自分が凄げぇってわかってねぇテオドールが、無茶苦茶ご迷惑をおかけしました。すみませんでした。助けてくださって、ありがとうございました。もうちょっと自分を知れって教えときますって」
当時の騒動を知ったフェルナンの反応は、私には少し意外だった。
「二度目の討伐隊に出立を命じたのは兄と私だ。シュザンヌの件を内密にしていたのは私だが」
私は少々の非難くらいは受け止めるつもりだった。
「そりゃだって、前のことがあるじゃないっすか。俺みたいな野良魔法使いでも知ってるくらいっすよ。虚無はそもそも何がなんだかわかんなかったし、魔王がどうのってその後に出てきた話だし。そのころには虚無であちこち滅茶苦茶で。またあんなことになるくらいならって急ぐっしょ。そりゃ、お偉い方々が王都でぼさっとしてたら腹も立つかもしんねぇですけど」
フェルナンは人好きのする笑顔を浮かべた。
「討伐隊にいた俺が食いっぱぐれ無かったのは、王様と公爵様のお陰だってことくらい、俺でも知ってましたよ。あ、あん時は、ありがとうございました。ほとんど毎日腹いっぱいになれました」
魔王が復活した時、リシャールは聖剣を抜けなかった。私は安堵した。リシャールは王都に残り、私と一緒にテオドール達魔王討伐隊を支えた。テオドールを始めとした辛くも生還した魔王討伐隊の面々は、私たちに最大限の感謝の言葉をくれた。リシャールが喜んでいたと、私はソレーヌから聞いている。
「王様も公爵様も何かあったら色々決めなきゃなんねぇから、王都から動けねぇし。だから、信頼できて使える若様に、跡取り息子だってのに、現地の確認に行かせたんしょ? 危ねぇかもしんねぇのに」
あの偽りの魔王復活の報告に、私はリシャールを現地に派遣し、テオドールを旅立たせた。あの頃の焦燥が胸の内に蘇ってきた。
「あぁすりゃよかったんだ、こうすりゃよかったんだって、本人が思っちまうのは仕方ねぇっすけど。他人が言うのは馬鹿っすね。だったらそんとき言えよ、お前がやれよってだけっす。そんとき黙ってて、後から言うなんて、あん時に何も考えてなかった大馬鹿ですって自分で言うのといっしょっすよ。みっともねぇ。大馬鹿っしょ。大間抜けの腰抜けっすよ」
野良魔法使いは誰かに仕えることをしない魔法使いたちの総称である。社会の決まりごとを知らぬという意味を込めた
「変化の魔法だってそうっすよ。公爵様も、お嬢様が変化の術使えるなんて、表沙汰にできねぇっすよね。攫われちまいますよ。危ねぇっすよ」
フェルナンは、気遣うようにテオドールの膝で眠る子供たちを見ていた。
「まぁ、今はテオドールが旦那で、父親なら、おっかねぇから誰も余計なことしねぇだろうけど」
「させないよ」
テオドールは今も鍛錬を怠らない。お陰で稽古相手となっている王宮と公爵家の騎士団は、二強と讃えられている。
「だろうなぁ。それにしても変化か。それも完璧な変化、魔法使い憧れの伝説の大技だぜ。伝承だの呪文だのってのは色々残ってんだけどさ。マジで完璧に、見た目じゃわかんねぇくらいの変化の技なんて、半分伝説っつーか、魔法使いの中にも信じてねぇやつもいますよ。すげぇよな。起きてからでいいから、後でやって見せてくんないかな」
フェルナンは幼子のようにはしゃいでいた。
「それほどまでに凄いことか」
私は首を傾げた。変化の魔法はたしかに珍しい。魔法が使えるだけのわたしも、魔法使いに匹敵する魔力はあるリシャールも変化は出来ない。だがシュザンヌや、シュザンヌの子供たちの変化は見慣れている。フェルナンが言うほど、伝説とは思えなかった。
「だって若様ほどの魔法使いが出来ねぇんすよ。俺も出来ねぇけど。俺、変化なんて素人騙しの作り話だって思ってたんすよ。それをまぁ、こんなちっちゃい子供が。可愛いなぁ。あとで抱っこさせてくれよテオドール。こんなちっちゃい子供がぐっすり寝たまま気持ちよさそうに猫のままだなんて。あぁもう最高。なんて可愛い。俺も変化が出来るようになりたい」
孫を前に可愛いと連呼するフェルナンに私は油断してしまった。魔法使いは魔法使いなのだ。
「そうだ、決めた!」
一応は声を抑えているあたり、幼子に気を使っているのだろう。
「テオ、じゃねぇ。ここは公爵様ん
私を見つめるフェルナンの目が輝いていた。こうなった魔法使いを止めることは難しい。
「俺をこの屋敷に置いて下さい。変化の魔法を研究します」
私は思わず顔をしかめた。娘と孫を観察させろと言われているようで、あまり気分がよいものではない。
「それ、もしかして僕の存在も加味して考えているの」
テオドールが首を傾げた。
「そりゃそうだ。俺、お前といたら最強だからな。何だってできそうな気がする。俺、鳥になって飛んでみたいんだ」
魔法の探究が第一の魔法使いは、時として無邪気過ぎる。
「なるほどな。それは面白そうだ」
リシャールが身を乗り出した。一に魔法、二に魔法、三四がなくて五に魔法が、魔法使いの信条だ。
「じゃあ、僕を猫に出来るの? 僕、猫になりたい」
暴走するのは、魔法使いだけではないらしい。喜色満面のテオドールがいた。
「え、猫? お前、なってみたいの。なんでさ」
「ほう。他人に変化の魔法か面白そうだな」
若い世代は考え方が柔軟だ。
その晩、私は妻に呆れられた。
「あなたという人は」
猫になったテオドールを見てみたくて、一家が猫になって遊ぶ様子を想像してしまった私はフェルナンの滞在を許可してしまった。
孫たちの魔法の上達のため、変化の魔法以外の魔法も使えるようにするためという私の言い訳は、妻に一瞬で見抜かれた。
「猫のテオドールは可愛らしいでしょうね。シュザンヌも喜ぶのではないかしら。私も楽しみですわ」
妻の言葉が嬉しくて、私は妻を抱きしめた。
魔法の相性とやらはわからないが、できれば私も猫になってみたい。窓辺で陽の光を浴びながら、昼寝をしてみたい。
「ただ、この屋敷で鳥になるのは止めたほうがよいのではないかしら」
妻が微笑んでいた。
「捕まってしまいますわ」
我が家は猫屋敷だ。
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