第14話 土魔術


「これが物欲センサーという奴か!?」


 なんというタイミングの悪さだろうか。

 ゴブリンがドロップした石斧は、造りとしては影治作のものよりしっかりとしている。


「……」


 試しにそれでコンコンと木を切ってみる。

 切れ味はこちらの方が僅かに鋭い。

 子供の体格のゴブリンが持っていたので、斧のサイズは小さい。

 しかしまた影治も子供の体なので、これまたサイズ感もピッタリだった。


「ロドリゲス! 俺はお前は見捨てんからな!」


 間の悪い展開に、思わず影治は自作の石斧に「ロドリゲス」と名付け頬ずりする。

 確かに間の悪い展開ではあったが、物は使っていけばいずれ壊れるだろうし、予備と考えればそう悪いことではない……ハズだ。


「……ひとまず今日の作業はこの辺にして、飯を食ってから帰るか」


 今日は割と早い時間に洞窟を発見していたが、その後の石斧作りに時間がかかっていたので、すでに日暮れの時間が近い。

 角兎は見つからなかったので、仕方なく黄色いカボチャのような形をした果物と、赤い枝豆を採取して戻る。

 ……だがその途中洞窟ではなく、手頃な木を見つけそこで止まった。


「拠点には決めたが、あの状態のままの洞窟で夜を明かすのは危険だな」


 洞窟の奥の部屋は広さも十分だが、出口がひとつしかない。

 木の上であれば、とりあえずこれま無事だったという実績もある。

 明日には最低限の洞窟の整備をしようと誓い、影治は今日も木の上で一夜を明かすのだった。






 翌朝。


 意気揚々と2つの石斧を手に、影治は洞窟へと戻ってきた。

 念のため奥の部屋も確認してみたが、動物や魔物なんかが立ち入った形跡はない。


「通路部分が長いから、奥の部屋からの光や匂いは漏れにくいとは思うが……」


 長い通路部分はいちいち出入りするのが面倒ではあるが、利点もあった。

 だが今のままだと入口全開! 誰でもウェルカム! という状態には違いないので、入り口部分をもう少しどうにかしたい所だ。


「とりあえずはこの辺を整地するか」


 入口近くにはそこまで植物がびっしり生えている訳でもなかったが、下生えの草や低木などが生えているので、それらを排除していく。

 おおよそ入口を中心に扇形の範囲を軽く整地し終えた影治は、次にどうするかを考える。


「スコップのような道具を作るか? いや……。なんだかそれだと石斧の二の舞になりそうな気もすんな……」


 道具を作るにしても、ただそれだけでかなり時間を消費してしまう。

 そこで影治は再び魔術の開発を試みることを思いついた。


「俺が最初に選択したのは回復魔術だったが、それでも昨日は明らかに光属性と思われるライトスフィア光の玉を使うことが出来た。ならば他の属性の魔術だって使えるはずだ。これもマギセラフという種族のおかげなのかもしれんな」


 300ポイントも必要とするのは、ヘラクレスとマギセラフの2つだけだった。

 ヘラクレスがいかにも肉体派な感じの種族名なので、マギセラフは魔術系なのかもしれない。


「となると、ここは土魔術か。だがその前に……」


 一度集中して魔術開発に入ると、1時間2時間は平気で過ぎてしまう。

 そこで影治は先に朝食と昼食を確保してから、洞窟内の部屋に籠ることにした。

 部屋内は昼間でも光が届かないが、ライトスフィアによってしっかり部屋の隅まで明かりは行き届いている。


「うーーん……。むうううん…………」


 あーでもないこーでもないと、唸りながらの魔術開発は遅々として目に見える効果を表さない。

 何度か行ってきた魔術開発のせいか、体内を巡る魔力の流れなどは以前より掴めるようになっている。

 しかし、恐らくは魔力を変質させる工程で上手くいっていない感覚がしていた。


「魔術を発動する前。体内にある魔力は明らかに別の性質へと変化している。そしてそれは回復魔術の時と、光魔術の時では別物だ。つまり、あの変質というのは属性が変化しているという訳か……?」


 影治はライトスフィアの魔術を1時間程と、結構短い時間で覚えている。

 そしてその時は魔力の変質で詰まったのではなく、単純にどのような形状で明かりを出すかという問題でつっかかっていた。

 つまり光属性への変質はすんなり出来ていたのだ。


 それは実のところ、クリーンライトが回復属性ではなく光属性だったことが理由だ。

 最初にクリーンライトを練習した時は、今のようになかなか上手くいかずに苦労していた。

 それはその時初めて光属性への変質を行っていたせいだ。

 その時は深く意識していなかったが、魔力を別の性質へと変化させるのは難しい。


「つまり土属性へと魔力を変質させればいいんだろうが……」


 色々と推測を立ててみるも、それが合っているかどうかは分からない。

 煮詰まっていた影治は、足元を軽く指で削り土を手に取る。


「土……土……」


 試行錯誤の間に散々土に手を触れて魔力を流し込もうとしたり、逆に大地から何かを感じ取れないか集中してみたり。或いは地面に耳を張り付けて大地の音を聞こうとしたりしていた。

 体を使って属性を感じ取ろうとしたのだ。

 そして極度に集中していった影治は、手に取った土を鼻に近づけ鼻腔から思い切り匂いを嗅ぎ、挙句の果てにはその土を口に含み味覚からも土を感じ取る奇行に走る。


「クンクン……。むぐむぐ…………カーーーッ! これか!!」


 しかしその奇行はどうやら功を奏したらしく、影治は魔力の変質に成功した感覚を得た。

 恐らくこれが土属性の魔力で間違いないはず。そう感じた影治は、この魔力でどのような魔術を発動させるかを考え始める。


「もしかしたら新しい魔術も生み出せるのかもしれないが、この世界にはすでに幾つもの魔術が既に存在・・している。ならば、人々がどのような土魔術を生み出したかを予想して、そこから逆算して試していこう」


 土属性の魔力の感覚を会得したので、影治は洞窟内の部屋から入り口部分にまで移動して、引き続き魔術の練習を始める。


「いきなり土の壁を作る……というのは無理そうか。となるともう少し小規模で基礎的なものにするか」


 そうして少々試行錯誤した結果、地面を盛り上げる【隆起】という土魔術を覚えることに成功する。

 これは新たに土を生成するのではなく、周囲の地面から土を集めるような動きをするので、上手く使えば土壁と堀がいっぺんに作れる。


「……ただ一度に隆起出来るのがせいぜい10センチ四方なんだよな」


 魔力を多めに籠めようとしてみたり、もっと一度に隆起出来るようにイメージしてみたりもしたのだが、幾ら試しても一度の魔術発動では10センチ四方の大きさを変化させるので精一杯だった。

 一応体積的に判断されているようで、横の長さを短くすればその分を高さに割り当てるなどの応用は効くのだが、一度に隆起できる量を変えることは出来ない。


「ってもう昼か。一旦昼飯にして、午後はライジングアース隆起で入口辺りをどうにかすんぞ」


 初めての土魔術にライジングアースと名付けた影治。

 これを覚えるには大分時間を要していた。

 サバイバルな生活は朝日が昇ると共に活動を始めるので、朝起きてから正午まで活動したとなると、5時間以上はウンウン唸っていた計算になる。


 だが影治本人は魔術開発を楽しんでおり、表情に疲労の色は窺えない。

 なるはやで昼食を済ませると、早速影治は午後の作業に取り掛かった。

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