第13話 石斧
「さて、まずは拠点の拡充に入りたいんだが……」
住処は見つかった。
しかしここから先が大変だ。
なんせ今のところ道具はナイフが1本のみ。
「……ちょっと試してみるか」
影治は一人呟いて洞窟を後にする。
そして周辺をうろついて探すのはゴブリンの影。
「あれでいいか」
1時間ほど探し回った影治は、ようやくゴブリンを発見する。
どうやらゴブリンは影治のことに気付いていないようで、影治は背後からスルスルと近寄る。
そして背後から不意打ちで首を突く……ことはせず、ゴブリンが手に持っていた粗末な石斧を奪う。
「あーばよー!」
そしてすたこらさっさと逃げ出す影治だが、当然ゴブリンも影治のことを追いかけてくる。
だが基礎能力の違いか、割とあっさり振り切ることが出来た。
「よし、大分造りは粗末だがこいつで…………ああ?」
影治は逃げ去る時に奪った石斧を手にしていたつもりだったのだが、ふと気づけばその手からは石斧が消えている。
幾ら逃げるのに注意を削がれていたとはいえ、落としたとなれば流石に気付くはずだ。
「チッ、奪ってもダメなのかよ」
実験が失敗したことで思わず舌打ちする影治。
前世でもそうだったが、ゴブリン達の中には武器を持っている奴がいる。
その武器はそのゴブリンを倒してしまうことで何故か一緒に消えてしまうのだが、ゴブリンを殺さず武器だけ奪っても消えてしまうらしい。
「ゴブリンとの距離の問題か? それともゴブリンの手から離れて一定時間が経過すると消えるとか……」
どちらせによ、ゴブリンの装備を奪って道具とする作戦は出来そうにない。
実験は失敗には終わったが、奪った装備は消えるということを知れたので一歩前進している。
前向きにそう考えながら、影治は自分で石斧を作ることにした。
「となるとまずは川だな」
川へと向かう道中、魔物の角兎が襲ってきたので軽く返り討ちにしながら影治は川へと到着する。
次に河原で丁度いい感じの石と、少し大きな石床となる石を探し出す。
そして水で石床を濡らしながら、ひたすら拾ってきた石を砥ぐ影治。
「……こりゃあ時間がかかるな」
ひたすらシャキシャキと石を砥ぎ続ける影治。
その音に惹かれてか、2度ほどゴブリンの襲撃を受けたが、全て返り討ちにしている。
そしてその単純な作業を続けること3時間。
「うむ、こんなものか」
完成したものを見て満足気に頷く影治。
影治が作っていたものは石斧の刃となる部分で、形的にはうすべったい二等辺三角形に近い形をした石だ。
底辺の部分が刃となる部分で、影治が念入りに砥いだ部分。
そして頂点の部分は、穴を開けた木の棒部分に差し込む予定の部位だ。
「まずは切れ味を試してみよう」
石斧を作る為の木の棒の部分も、その辺に落ちてる小さな枝では小さすぎて使えない。
その為に影治は砥いだばかりの石を手で持ち、石斧の柄の部分となる細い木を探して根本部分を斬りつける。
金属の斧とは比べるべくもないが、それでも鋭く砥いだ石の先は細い木の樹皮を剥ぎ、木部をも削っていく。
子供の体の影治では片手で覆い切れない太さの木だったが、砥いだ石だけで伐採に成功する。
「次はこいつの樹皮を剥いで……」
次に影治は再び川に戻り、砥いだ石で樹皮を剥いでいく。
そして剥き出しになった木の棒に、砥いだ石を差し込むための穴を開けるのだが、ここで影治はもうひとつ別の石を砥ぎ始める。
木に穴を開けるのに鏃のような形状をした、先の部分を砥いだノミ石を用意したのだ。
この小さなノミ石を木の中心に押し当て、適当な持ちやすい石をトンカチ代わりに上から打ち付けていく。
非常に原始的な道具ではあるが、それでも彫刻刀で削るかのように木の穴が穿たれる。
穴の大きさは最初に砥いだ石が嵌る大きさに合わせてあった。
しかし、影治はそのまま開けた穴に石を嵌めない。
「……実際どんくらい違いが出るのかは分からんが、一応やっておくか」
影治が以前見た動画では、ここで開けた穴に石刃部分を嵌めて完成! とはしていなかった。
穿った穴の部分に、焼けた木炭を押し付けるという工程があったのだ。
「昔調べた時の情報によると、どうも木が内部から裂けるのを防ぐ為らしいが……」
木炭を押し付けることで、穴の周囲は炭化する。
このノミ石で開けた穴の部分は石斧の刃となる石を差し込む場所であり、斧として木に打ち付ければその衝撃がもろに伝わる部分でもある。
恐らくはそこを補強する意味合いがあるのだろうと、影治は認識していた。
しかしこの作業は思いのほか時間がかかってしまい、30分ほど時間を取られてしまう。
だが作業に没頭してしまっている影治には、それほどの時間感覚はない。
石を3時間もの間無心に砥いでいる時も、本人としては20~30分程度の感覚だった。
「よし! できたぞおおお!!」
炭当ての作業が終わり、そこに最初に砥いだ石刃部分を嵌めこむ。
幾度か微調整は加えたが、上手い具合に石刃を嵌めることに成功した。
紐で結んでいないので、反対側を強く打ち付ければ嵌めた石刃部分が外れてしまうが、斧刃部分を打ち付ける限りは問題ないだろう。
テンションの上がった影治は、木を切る時にぴったりな曲をヘイヘイホーと歌いながら、早速自作の石斧で手頃な木を伐ってみる。
「切れる! 切れるぞおおおお!!」
それなりに時間をかけて一から作ったせいか、影治のテンションは高い。
実際の所は、最初の石刃部分だけで切った時よりは多少マシという程度の切れ味だったのだが……。
「オラオラオラ! おらおら…………」
しかし途中からその勢いが急激に弱まっていく。
「……ふと思ったんだが、これ位の細さの木を切るくらいなら、魔術でどうにかなるんじゃね?」
そんな考えが浮かんでしまい、つい手が止まってしまった影治。
石斧作りには、魔術を使おうという発想は浮かばなかった。
魔術の初心者である影治に、硬い石を研磨するような魔術が使えるとは思えなかったからだ。
しかし石斧を作るという発想の前に、別の方法で木を切るという発想が影治には抜けていた。
何度も動画投稿サイトにあったサバイバル動画を見ていたせいだろう。
一度はあの動画と同じことをやってみたいという、憧れのようなものもあった。
影治が魔術で木を切る方法について考えだしていると、先程までの伐採の音を聞きつけたのか、4体のゴブリンがやってきた。
その内1体は石斧を手にしており、もしかしたら最初に石斧強奪実験をした個体の可能性もある。
「またお前らか。俺が何か作業してると襲ってきやがるな」
確かにほぼ全裸でろくな武器も持っていない、見た目子供の今の影治はいいカモと映るのかもしれない。
しかし影治は無慈悲にも急所を的確に突いて、最小限の動きで持って4体のゴブリンを圧倒していく。
「ふぅ。ええと、布切れが1、2…………」
魔物達は魔石を必ず落とすが、この世界では更にドロップ品をも落とす。
それらを拾い集めていた影治は、そこにドロップされているものを見て唖然とする。
「……おい」
それは影治の記憶によれば、石斧を持っていたゴブリンを倒した場所だ。
そこには魔石と一緒に、斧ゴブが持っていた石斧が落ちていた。
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