第15話 夜襲※


「うむ……。これはかなりいい感じだぞ」


 とりあえず入口部を起点に、半円状に土を盛り上げた影治。

 洞窟入り口から外を見渡すと、土で出来た2メートルほどの壁に囲まれている。


 この魔術は盛り上げる分の土を周囲から補う必要があるが、それによって壁の外側に堀も作り上げた。

 何度も魔術を使用したとはいえ、午後の作業だけでこれほどの作業が出来るのなら、下手にスコップを作ってからの通常ルートを取らないで正解だっただろう。


 今は入口も作らずに完全に覆ってしまったが、今日の夜の分の食事はすでに中に運んである。

 明日になったらまた一部を崩して、入り口部分を造ればいい。


「これで今夜は安心して眠れる」


 影治は前世でも魔物が蔓延る島で30年も生き延びてきたが、あの時は最初の方で文明的な道具などを使用して割と早い段階できちんとした拠点を作っていた。

 なので、いつ魔物に襲われるか不安に思いながら木の上で夜を明かしたことはない。


 通常の人と比べれば鋼の精神を持つ影治でも、流石にこの数日間は心休まって眠ることが出来なかった。

 だがこの洞窟の中なら、安心して寝ることが出来る。

 ……そう思っていた影治は、夜中。ふと何者かの気配を感じて跳ね起きた。


「って何者かっつうか、ゴブリンじゃねえか!!」


 まだ影治が眠っていた部屋部分には侵入されていなかったが、通路部分には武器を手にしたゴブリンが2体潜んでいた。


「ざっけんなっつうの!」


 完全に深い睡眠には入っていなかったのか、目覚めてからの影治の判断と動きは素早かった。

 すぐさまゴブリンへと襲い掛かり、あっという間に2体のゴブリンを仕留める。

 部屋の中は寝る前に浮かべといたライトスフィアがあったので、視界は良好だ。


「ったく、ろくに睡眠も……ん?」


 苛立たし気に雑言を吐く影治だったが、倒したゴブリンが残したものを見つけて態度を一変させる。


「おお!? これは石のシャベルか!」


 そこにはゴブリンドロップの石斧と同じような、石で出来たシャベルが落ちていた。

 先ほどのゴブリンが装備していたものと同じものだ。

 ゴブリンの中には明らかに武器である剣や槍なんかの他に、このようにシャベルやらツルハシやらを装備してる奴らもいる。

 早速シャベル手に取ってみる影治。


「うん、やはりサイズ感はぴったりだ。変に大人の体で転生してたら、少し使いづらかったかもしれんな」


 そんなことを思いながらも、影治は室内に浮かべていたライトスフィアを操作しながら、入り口に向かって移動していく。

 辿り着いた先では、今日の午後に作り上げた土壁の一部が崩されていた。

 さっき戦ったゴブリンの持つシャベルに土の痕があったので、恐らくはそれで崩したのだろう。

 壁の外回りは掘になっているので、堀の下部分から掘り進めた形跡があった。


「むうう。確かに土壁はただ盛り上げただけだから脆いんだろうが、何故わざわざ掘り進んできた? 入り口から俺が寝ていた部屋までは10メートルほどの通路があるんだが、臭いか何かを嗅ぎつけたのか?」


 なんにせよ、このままでは安心して眠ることも出来ない。

 とりあえず影治は崩れた場所をライジングアースで応急処理すると、ひとまず部屋へと戻った。


「意識を完全に落とさないように、仮眠を取らねば……」


 このままだとまた侵入される恐れもあったが、なんだかんだで影治は部屋に侵入される前にはゴブリンに気付いて目覚めることが出来ていた。

 今度は完全に眠りに入らないよう、強く意識して眠りに入る。

 無理をすれば2徹3徹位はいけるが、一人での生活では無理をしすぎて倒れてしまったら、いっきに状況が悪化する恐れがあった。

 回復魔術があるとはいえ、影治はそのことを意識して無理はしないようにしている。






「あーー、結局あんま眠れんかったな」


 うううん、と体を伸ばしながら目を覚ます影治。

 幸いなことにあれから魔物の襲撃はなく、常に半分寝て半分起きているような微睡まどろみ状態のまま、夜を明かすこととなった。


「疲れはまだ残っちゃいるが……とりあえず川にいくか」


 寝ぼけた顔を洗ってスッキリと……という目的もあったが、何より水道も整っていない環境なので、喉を潤すためには川まで赴く必要がある。

 ついでに行きがけに食料を採取しながら進み、川辺で朝食と水分補給。それから顔を洗ってサッパリとする影治。


「……そういや、分かりにくいけど俺の髪の毛って薄い水色してるんだな」


 流れる川だとなかなか見えづらいが、流れが滞っている川の端部分を見ると、僅かに光が反射して自分の姿が映る。

 顔の輪郭とか作りまではハッキリと見えないが、概ね整っており、美形といって良いだろう。


 髪は先ほど言っていたように薄い水色をしており、肩にかからない位のショートヘアーをしている。

 肌は白く、体つきは細身でひょろっとしてみえるが、前世の自分の体の感覚からすると見た目以上にこの体はフィジカルが強い。


「その内しっかりした鏡で確認してみたいもんだな」


 色々角度を変えながら自分の姿を確認していた影治だが、いい加減そろそろ作業に戻るかと洞窟へと引き返す。


「さて、ゴブリンの侵入を防ぐにはどうするか……だが」


 影治がまず思い浮かべたのは、昨日ゴブリンから得たシャベルを使って土壁部分を叩いて固めようというものだった。

 ライジングアースによる土の隆起は、すぐに崩れ落ちるようなものではないのだが、シャベルなどの道具を使われたらザクザク掘れる程度の強度しかない。


「だが俺はこれまでの経験から学んでいる。簡易的なことなら体を動かすよりも魔術に頼ったほうがより効率的なのだと」


 ここで再び影治の魔術開発が始まった。

 とはいえ、最初の難関である土属性へと魔力を変換する方法は会得しているので、後はどのようなイメージで魔術を発動させるかだけだ。


「土をギュッと押し固めるようなイメージ……こうか?」


 イメージがよかったのか、割と最初から手応えを感じる影治。

 その後もひたすら魔術の練習に励む。


「ん、ううん? 最初はすぐに出来そうだと思ったのに、意外と苦戦するな? どうもライジングアースと比べると難しい感じがする」


 とはいえ、何度か繰り返していく内に段々と感覚を掴んでいく影治。

 昨日散々ライジングアースを使いまくったせいか、土魔術の扱いが少し上達していたようだ。


「お、おお! いけたぞ!」


 今回の魔術を覚えるのに要した時間はおよそ2時間。

 昼飯前に新しい魔術の開発に成功した。


「これは多分、昨日ライジングアースを覚えた直後にやってたらもっと時間がかかっただろうな。で、肝心な魔術名が【固まる土】……ってそのままの名前だな!」


 地味な効果の割には、意外と苦戦してしまった【固まる土】の魔術。

 早速影治はこの土魔術にアースダンスと名付けた。

 まだ世界がおかしくなる前に読んだ、とあるライトノベルの中で使われていた魔法の名前が元だ。


 アースダンスは相当硬く土を押し固めてくれるようで、圧縮した分、土壁部分が薄くなってしまう程だった。

 そこで再度土壁部分をライジングアースで盛り、アースダンスで固めるという地味な作業を続けていく。


 試しにゴブリンドロップの石のシャベルで土壁部分を突き刺してみるが、ほんの僅かに先の部分を削ることしかできなかった。

 一応時間を掛ければ掘ることは出来そうだが、相当な労力と時間がかかるだろう。


 結局この日は一日中補強工事をすることになったが、お陰で結構頑丈な土壁と空堀を作ることに成功した。

 ついでに、排水用に溝も張り巡らしてある。

 植生と気温から推測するに、現在地は熱帯地方とかそっち系だと思われるので、スコールのような強烈な雨が降るかもしれない。

 その時の雨水を排水する為のものだ。

 作業をしている間はゴブリンに襲われることもなく、一度だけ角兎が襲ってきたこと以外は平和な一日が過ぎていった。





――――――――――――

影治イメージ


https://34626.mitemin.net/i738068/

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