第11話 ドロップ


 しばし川沿いを探索した影治だったが、丁度いい洞窟のような場所は見つからなかった。

 なので手頃な太い木に登り、今夜はそこで夜を明かすことにする。

 転生したことで子供の背丈になっていた影治なら、少し大きな木の上だとそこそこ余裕を持って座ることが出来た。


「子供の体もこういった所では役に立つんだがな……」


 特定の場面では子供の体の方が良いこともある。

 しかしこと戦闘に関しては、やはり大人の体格が望ましい。

 特に四之宮流古武術では自分の体重を打撃に乗せて攻撃する技もあるので、自重が軽いとその分攻撃も弱くなる。


「まあ今夜はここで夜を明かして、明日早い内から行動を開始しよう」


 そう言って影治はムカデを包んでいた葉を開く。

 実はここに来る前に、河原で火を熾して焼いてあったのだ。

 火熾しに関しては、島での生活で完全にやり方をマスターしている。

 幸い初期アイテムのナイフがあったので、木を加工するのも楽だった。


 こんがりと焼いたムカデは、殻の部分は流石に食べず中身の部分を貪り食う。

 エビに似たその味は、何の調味料を加えずとも空腹の影治には美味しく感じられた。

 更にその後に、周囲がパイナップルのようにとげとげしている実を食す。

 こいつはナイフで実を割ってみると中に赤い果肉部分があり、味的にはパイナップルにグレープフルーツを足したような味がした。


 そして食事を終えた影治は、念のためアンチドートを掛けた後に睡眠を取る。

 誰もいない島でひとり30年以上過ごした影治だったが、流石にこの状況で深く眠ることは出来ない。

 だがそれは逆に良いことでもあった。

 眠りが浅いので、何かあった時にすぐに起きることが出来るからだ。






「う、ううううん……。朝か」


 樹の上で寝ていたせいか、朝日の光をいち早く感じた影治が目を覚ます。

 幸い寝ている間に魔物に襲われるということもなく、夜を明かせられたようだ。


「今日も住処を探して歩き回るか」


 影治の今の基本方針は衣食住の確保だった。

 その内、食の方はとりあえず問題はなさそうなので、次は住という訳だ。

 方針としては、食事が確保できるなら先に人里を目指すというのもあるにはある。

 しかし色々と考えてそれは却下ということになった。


 まず人里に辿り着いてもお金を持っていない点。

 というか金どころかまともな服すら持っていないので、町なんかの場合は門前払いされる可能性すらある。


 それにもう少し魔術について、研究を深めておきたいという理由もあった。

 もし人里に辿り着いて何か問題が起こった場合、使える魔術が増えていれば対応出来る幅が広まる。


「っちゅう訳で良い感じの住処を探してるんだが……なかなか見つからんな」


 川を起点に徒歩10分くらいの範囲内を探索しているのだが、なかなか適した場所が見つからない。

 すでに日は傾き、2日目の夜が間近に迫っていた。


「しゃあない。今日も手ごろな木の上でいっぱああああく! だな」


 日が暮れ始めてからは、寝るのに適した木もついでに探しながら歩いていたので、今夜の寝床は既に目星がついている。

 器用にスルスルと木の上に上っていくと、影治はそこで今日の成果を振り返った。


「どうもこの川周辺にはゴブリン系が出没するようだな」


 川沿いという地形のせいなのか分からないが、影治は今日1日だけでゴブリンを10体ほど遭遇し、その全てを狩っている。

 今日出会ったゴブリンの中には、いわゆる上位種と思われる武器を持った個体も交じっていた。


「もしかしたらと思って、持ってた武器を奪ってから殺してみたんだが、結局武器も一緒に消えちまったな」


 昨日出会ったゴブリンは、消え去る時に魔石だけでなく布も残していた。

 それは今日出会ったゴブリンも同様で、10体のゴブリンの内の4体から布の切れ端をゲットしている。


「だがこいつをゲット出来たのはでかいな」


 そう言う影治の手には、糸が巻き取られた小さな木の棒がある。

 これもゴブリンが残したものだった。

 糸の長さはそこまで長くないので、子供用とはいえ影治の服をゴブリン布で縫い合わせるにはこれだけでは足りないだろう。

 しかし何体も倒していけば、その問題も解決する。


「やっぱこれってドロップって奴なのかぁ?」


 影治はスマホアプリのゲームをちょっと遊んだことがある程度で、家庭用ゲーム機やパソコンのゲームなどを本格的に遊んだことがない。

 だが異世界系の作品では割とメジャーな設定なので、魔物を倒すと何かゲットできるという仕組みは知っていた。

 ただ実際にゴブリンがこれらの品を落とすのを見ると、色々疑問に思わないでもないのだが。


「大体俺が島で暮らしてた時は、それこそ山のようにゴブリンを狩ったもんだが、こんなもんは一切落とさなかったんだけどなあ」


 ぶつぶつ言いながらも、ゴブリンのドロップを通じて影治はここが異世界なのだということを強く認識する。

 似たような魔物はいるが、ここはやはり異世界なのだと。


 何にせよ、ゴブリンからのドロップで布切れと糸が手に入ることが分かった。

 この調子なら、衣食住のうち衣の方も割とすぐにどうにかなりそうだ。


「あとは新たな魔術。クリーンライトを修得出来たのもナイスだ」


 クリーンライトは、ゲットした布を川の水で洗っていた時に試行錯誤して編み出した魔術だ。

 このためにまたしても3時間くらいその場でうんうん唸っていたことが、実は探索の遅れを招いてもいた。


 だがその甲斐もあって、影治は【殺菌光】というそのままズバリの魔術を修得に成功していた。

 もっとも、今回も影治はクリーンライトという名前を勝手につけているのだが。


「このクリーンライトの魔術。ゴブリン布だけでなく、食べ物とかそういった衛生関係全般に使えるし、すげー便利そうな予感がプンプンするぜえ」


 最悪アンチドートの魔法があるとはいえ、飲み水などにクリーンライトを使用すれば、煮沸消毒などしなくても安全に飲用水が確保できる。


「最初は何もない所から始まったと思ったけど、意外と上手くいってるな」


 移動の最中には周囲の植物の観察なども行っている。

 本格的な調査は拠点を築いてからになるだろうが、今日はたまたま削れていた地面の片隅にピーナッツらしいものが成っているのを発見し、採取している。


 このピーナッツらしいものは、一般的なイメージのピーナッツの3倍くらいの大きさがあり、味も少し苦味があった。

 しかし食えないほどのえぐい苦みでもないので、むしろ栄養食として優秀だろう。



 明日は何を得ることが出来るのだろうか。

 そして住処となる良い感じの場所は見つかるのだろうか。

 決して快適な環境とは言えない中、影治は早々にこの生活を楽しみ始めていた。 

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