第10話 違い
「DH(DJ#)A!」
それは見るからにゴブゴブとしてリンとしていた。
緑色の肌に小柄な体格。
殺意に満ちた赤い目は、
「ゴブリンか……」
単純な身体能力でいえば、影治の今の肉体は前世のそれを上回っている。
しかし体の操作感というべきものは、やはりまだまだ以前の感覚には敵わない。
「とはいえ、ゴブリン程度なら問題ないだろう」
相手ははぐれでもしたのか単独行動をしている。
転生前にはゴブリンどころかオーガまで倒していたのだから、今更ゴブリン相手に負ける道理はない。
実際あっさりと倒せはした。
しかし影治はそこで違和感を覚える。
「なんか……前より強くなってる?」
まだ一体倒しただけなので、ただの個体差だったのかもしれない。
それでも今倒したのはノーマルなゴブリンのはずなのに、上位種のゴブリンのような力を影治は感じていた。
影治の方もフィジカルが強くなっていたせいであっさりと倒せはしたが、前の体だったら同じようにいったかどうか……。
「魔石を落として消えるのは変わらないな」
ゴブリンの落とした小さな魔石を拾い上げる影治。
前世ではこいつを散々粉にして飲んでいたものだ。
あの頃は魔術らしきものは結局使えないままだったが、今なら回復魔術が使える。
「今なら魔力魔石強化法が試せるぞ!」
嬉々として影治は河原で手頃な石を見繕う。
そして魔石を近くの岩場へと置き、見つけてきた石を打ち付けて砕いていく。
「専用のすり鉢とかがないと粉末状には出来んが、こんくらい砕けば
別に魔石自体に味があるという訳ではない。
ただ前世での影治は、食事をする際に一緒に魔石粉も含む習慣が出来ていた。
もしかしたら、魔物のように体内に魔石が出来ていたのかもしれない。
その時と同じ感覚で、気軽に砕いた魔石を飲み込む。
「ぐっ! がああああああああぁぁぁっっ!!」
だがその瞬間、影治は全身に強い痛みを覚えると共に、猛烈な吐き気と締め付けるような頭痛。
そして溶岩を飲み込んだかのように内臓がただれたような感覚。
目眩と体の中のどこかの筋が吊るような様々な痛み、さまざまな種類の不快な感覚が同時に影治へと押し寄せる。
「おえええええええ……」
吐き出そうと意識する前に、嘔吐反射のように胃の中のものを吐き出して、魚たちに餌を与える影治。
吐いていく内に少しずつ症状は治まってきたが、完全に吐き出すものがなくなった後もしばらく影響は残り続ける。
「ふぅっ! ふぅっ!」
少し余裕を取り戻した影治は、四之宮流古武術の呼吸法を用いて落ち着きを取り戻そうとする。
しかしそれでも完全に平静を取り戻すまでに、それなりの時間を要した。
「はあ、はあ……。何なんだ、こりゃああ!」
確かに砕いた魔石は小粒程度の荒い状態ではあったが、これは粒の大きさがどうとかそういう次元を超えていた。
回復魔術を使用することなど思いもつかぬほど、猛烈な体の拒否反応が起こっていたのだ。
それは痛みや悪寒だけが原因ではなく、本能的に食べてはいけないものだと訴えかけるような感覚だった。
「……これはもう魔石は食えんな」
魔石にも質や大きさの違いはあり、当然というべきかノーマルゴブリンの魔石はかなり小粒だ。
それでもあんなに拒否反応が出たのだから、オーガ辺りのを食していたら苦しむ程度では済まなかったかもしれない。
「魔石魔力強化法は使えんか。いやまあ、前世でも実際に強化出来ていたかは分からんのだが……。とはいえ、何故今俺はこうなったんだ?」
影治は転生をしてこの見たこともない場所に放りだされたばかりだ。
だが先ほど襲ってきたゴブリンは、前世で見たものと全く同じだった。
魔石の方も、見た目は影治の記憶にあるものと相違なかった。
「あ、でも能力はこちらのゴブリンの方が強かったな。それにここが異世界だとするなら、根本的に前世で会ったゴブリンとは別物なのかもしれない」
自分の能力も上がったかもしれないが、相手の能力も上がっているならとんとんだ。
いきなりゴブリンの集団に当たるより、先に一体だけ戦って情報を知れたのは幸いだった。
「にしても大分日も沈んできている。この川からそう離れていない夜営場所を見つけないと……」
日は暮れかけていたが、幸いなことにそこまで気温は低下していないので、ほぼ全裸の影治でも耐えることが出来ている。
少し気持ちが急いているのを自覚しながら、川沿いを探索していく影治。
小一時間ばかり移動していると、再びゴブリンと遭遇する。
それも今度は3体同時だ。
「見た目からしてノーマル3。さっきの感じを踏まえて、最初から少し強めに攻撃していこう」
影治はキャラメイクでナイフを入手してはいたが、先程のゴブリンとの戦闘ではそれを使用していない。
というか前世でも島で戦っていた時は、素手での格闘で対処していた。
敢えて素手で戦っていたのは、四之宮流古武術を実戦で実践するためだ。
「先ほどのゴブリンは普通なら死んでいるような首への攻撃でも、効いてはいたがそれで倒れることはなかった。前世ではあれに耐えられた奴はいなかったんだがな……」
影治の家に代々継承されてきた四之宮流古武術は、昨今の競技用の格闘技とは違い、命のやり取りをする場で使うよう磨かれた技術だ。
当然ながら、金的や目突きなどの急所攻撃が基本となる。
しかし金的などは専用の防具を点ければいいが、目突きや耳、頸部などは防具で覆ってしまうと攻撃の練習にならない。
そうした命の取りあいの場での武術の使い方をしてこなかった影治だったが、それを解消してくれたのが人型の魔物であるゴブリンやコボルトだった。
お陰で急所を狙い、人型生物を効率的に殺す方法を修得している。
「っ!? マジか! 首をへし折ったのにすぐには死ななかったぞ!?」
今も容赦なくゴブリンの首をへし折った影治だったが、それで安心してしまった影治に死に物狂いのゴブリンの爪が影治の腕を切り裂く。
だが流石にそこまでが限界だったようで、その後少しすると塵へと変わり魔石だけを残して消える。
「ただのノーマルゴブリンが、そんな昆虫みたいなしぶとさを見せるのかよ。……でも待てよ? あのタフさが俺にも備わっているなら、致命的な攻撃を受けても即座に回復魔術をかければ死なずに済むかもしれん」
ゴブリンのしぶとさに改めて驚きつつも、ぶつぶつ言いながら最後のゴブリンにトドメを刺す影治。
そして傷ついた腕にヒールを掛けると、即座に傷口は塞がった。
「ううむ、やはり素晴らしいな。
3体目のゴブリンを倒した場所には、魔石の他に汚い布切れが残されていた。
それはゴブリンが腰に巻いていた布のように思えるが、それにしては布の面積が少ない。
「え……あれ? なんでこれが残ってるんだ?」
手に取ってみるが、指先の触覚はしっかりとした手触りを影治の脳へと伝えている。
確かにこの汚い布は存在しているようだが、意外にも臭いは感じられない。
ゴブリンが腰に巻いていた布なら、相当キツイ臭いがしてもおかしくはないはずだが……。
「……この件については検証してみたい所だが、まずは今日の寝床を探さないとな」
ひとりそう呟きながらゴブリンの残した布切れを回収すると、再び影治は探索を再開した。
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