第9話 アンチドート


「とりあえずこいつムカデを包む葉をむしってくるか」


 周囲の森は日本で一般的に見られるような広葉樹も見られるが、南国に生えていそうな植物も混在して生えている。

 その中で近くにあった、ヤシの木のような木を登り始める影治。

 この木の上の方には大きな葉があり、物を包むのに向いてそうだった。


「ううむ、大分遠くに森の切れ端が見えるな。これなら森の中から迷って出れないということもなさそうだ」


 ついでに影治は高いところから周囲の状況を確認していた。

 視界の範囲内はほとんど樹木に埋め尽くされていたが、端っこの方に森の端部分が薄っすらと見える。


「だがとりあえず食料を採取するなら森の中の方がいいだろう」


 葉をかなり多めにむしった影治は、スルスルッっと下へと下りていく。

 むしった葉の大きさはおよそ40センチほど。

 それで先ほどのムカデを上手く包むと、次に影治は葉の加工作業に取り組む。


「ただの葉の割に、思いのほか頑丈そうだな。これならいけそうだ」


 そう言いながら器用に葉を加工する影治。

 まずは中央にある葉脈以外の部分をむしり、一本の紐状にする。

 それを二本よじり合わせるようにして簡易的な縄を作り、むしった葉の部分と合わせて腰みののようなものを作って纏う。


「正直気分的な問題だが、これでいいだろ」


 影治が言うように機能的には殆ど意味はないだろうが、イチモツをぶら下げたまま森の中を歩き回るのは気分的によろしくない。

 最低限の装備をした影治は、ようやく移動を開始する。


「まずは水だな」


 現在地点がさっぱり分からないので、とりあえず闇雲に探し回るしかない。

 周囲に生えている植物1つ1つをしっかり確認しながら、影治は森の中を進む。

 食べられそうな実、葉、花などがあれば、適宜チェックした後に採取しておく。

 チェックといっても、パッチテストをきっちりやっていては時間が足りない。


 本来は調査対象物を自分の皮膚の弱い所に押し当て、アレルギー反応を見る。

 それから少量を口に入れて、何分も様子を見て大丈夫そうなら次の段階へ……と幾つかアクションを挟む必要があるので時間がかかりすぎるのだ。

 しかし影治は回復魔術の力を信じ、待ち時間を大幅に短縮したりして体を張りながら未知の植物を採取していく。


 その結果、思いのほか多くの食料を得ることに成功した。

 形は枝豆だけど色が緑ではなく赤い色をした豆。

 これは味もそのまま枝豆なのだが、何故か最初からほんのりと塩味がついている。

 しかも結構そこら辺に生えているので、採取もしやすい。


 他にも赤いリンゴのようなものに白い縞模様が入った実。

 パイナップルのような尖った部分がある硬い殻に包まれた実。

 妙に黄色いかぼちゃのような形をした実。


 とりあえずこの4種は食べた後少し時間が経過しても、影治の身に何か問題が発生することはなかった。

 この4つはそれなりに採取出来るので、以降はこの4つに絞って採取を続けていく。


「……これは水の音か?」


 しばらくそうして採取を続けていると、どこからか水の流れる音が聞こえてくるのを感知する。

 耳をすますと音が聞こえてくる方角にも見当がつく。


「ひゃっほーーい! 水だ水だ!」


 影治が転生してからまだ数時間足らずではあるが、それなりに喉は乾いている。

 周囲に南国っぽい植物が混じっていることからも分かるが、この森の中はそれなりに温かい。

 ほぼマッパでうろついても寒さ的な問題がない程度には。


 だが少し運動すると汗がかくほどの気温となると、体内から水分がどんどん失われていく。

 リンゴもどきなどにも水分は含まれているが、梨やみかんのように水分が多い訳でもないので、僅かな足しにしかならない。

 そのような状況で水を発見出来たというのはでかい。


「今度は本当にほぼゼロの状態からスタートしたが、ここでも無事に生活していけそうだ」


 無人島に一つだけ持っていくなら何を持っていく? という問題で、それなりに回答数の多そうなアイテム、「ナイフ」。

 ナイフ以外衣服ひとつ持たず異世界へと降り立った影治だが、食料になるものも発見出来たし幸先は上々だった。

 ……ここまでは。


「お! やっぱ川があるな。それもちっちゃな小川とかじゃなくて、多少は川幅もあるぞ。これなら魚も――」


 そこまで言った所で、影治は言葉を飲み込む。

 川を見つけて駆けだしていた影治だったが、水辺というのは野生動物にとっても重要拠点である。

 喉がカラカラであったとしても、人の手の入っていない場所なら無暗に近づくものではない。


 ……のだが、今回影治が言葉を飲み込んだのは、何も危険な動物や魔物を発見したからではなかった。


「ぐっ、腹が……。今頃になって、くうう……」


 道中で食べたどれかがあたったのか、温暖な気候とはいえ腹丸出しで行動していたせいか。

 影治は急激な腹部の痛みに思わず声を失っていたのだ。


「丁度川と葉っぱはあるが……そうだな。その前に回復魔術を試してみよう」


 回復魔術という回復特化してそうな魔術なら、毒や病気なんかも治せる可能性がある。

 そう睨んで意識を集中させる影治だが、腹部の痛みもあってなかなか意識を集中させることが出来ない。


「堪えろ! 堪えるんだ俺! ぬおおおおおおお!!」


 念のため川まで移動した後に、まるでトイレでいきんでいるかのような声を上げながら、回復魔術を試みる影治。

 ここでなら万が一粗相しても大丈夫……そういった甘やかな声が影治を誘うが、その甘言に抗い体内に巡る力――恐らくは魔力と呼ばれる力に集中していく。


 すでに一度ヒールっぽい魔術は成功しているのだ。

 その時の感覚を思い出しながら、なおかつ今回は実際に治したい部分があるのでその部分にも意識を向け、腹痛が治るようにイメージをしていく。


「お、おおおおお……」


 すると右手に集中させた魔力が無くなったかと思うと、魔術らしき現象が発動するのが影治には分かった。

 それによって、先ほどまで全てを吐き出して楽になりたいと思っていた程の腹痛が、嘘のように消えていく。


「これは上手くいったようだぞ! よし、最初に使った回復魔術は『ヒール』。今使ったのは『アンチドート』と名付けよう! デフォルトの名前は直球すぎるしな」


 どういう仕組みなのかは不明だが、実際に魔術を使用してみると不思議とその魔術についての情報が頭に入ってくる。

 具体的には魔術名とその効果についてだ。

 最初のはケガや傷などを治すのは【治癒】という魔術で、今のが毒などを治す【毒治癒】という魔術だ。

 こちらは応用範囲はそれなりに広いようで、食中毒とかさっきのような腹痛などにも有効らしい。



「アンチドートの会得はでかいぞ! これがあれば最悪、生でやばそうなものもいける!」


 影治が最初に取ったムカデも、明らかに毒を持っていそうな見た目をしていたが、アンチドートがあれば食べることは出来そうだ。

 それにこの川の水だって、本当はそのまま飲むとお腹を壊す可能性もあったが、これもアンチドートでどうにか出来る。


「水と食料。この二つが安定して確保できそうだし、ここは更なる魔術の研究をしておいた方がいいか?」


 最初に50ポイントも使って回復魔術を選んだだけあって、案外あっさりと二つの回復魔術が使えるようになった影治。

 少し余裕のあるうちに他にもなにか開発しようか……と思った矢先。

 近くの茂みがガサガサッと音を立て、奥から何かが現れた。

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