第1章 獣人の少女

第8話 確認作業※


「それはそれとして、まずは色々と確認する必要があんな」


 影治は改めて自分の体を見回す。

 生まれ変わった影治は、まず視点の低さに戸惑いを感じた。

 正確な長さを計る方法などこの場にはないが、恐らく子供程度の身長にまで低くなってしまっている。

 そのせいか声も大分少年っぽい変声前のような声になっていた。


 以前は身長180センチ以上とそれなりに高身長で、それなりにガタイが良かったので余計違和感が強い。

 声だってもっと男らしい声だった。

 それが今や男か女かも区別がつきにくい子供の声。


「……付いてるってことは男なのは確かだな。そういや、転生するってのに性別の選択もなかった。性別は生前のがそのまま適用されるって訳かあ?」


 大分可愛らしくなった股間のイチモツを見て、なんともいえない気分になりながらも1つ1つ状態を確認していく影治。

 顔がどうなっているかは鏡もないので確認出来ないが、概ねその他の部分は確認出来た。


 転生したてのせいなのか、真っ白で傷やシミ一つない綺麗な肌をしている。

 御婦人方が見たらさぞ羨むであろう美肌だ。

 だが影治はそんなことよりも、体の構造について気になっていた。

 マギセラフという天使の種族に転生した割には、それらしい特徴が一切見当たらないのだ。


「まったく天使っぽくない訳だが、どうにかすれば翼を生やしたり出来んのか?」


 翼を生やせないものかと色々と試したりしたものの、結局影治の背に翼が生えてくることはなかった。

 当然頭の上に天使の輪が浮かんでいる訳もない。

 だが代わりに判明したことがある。


「この体……力の感覚が妙だな」


 新しい肉体へと生まれ変わったのだから、当然以前の体との違いを感じても当然だ。

 しかし影治が感じたのは、そういったちょっとした・・・・・違いではない。

 もっと根本的な違和感のようなものだった。

 その違和感と実際の肉体感覚を合わせるように、その場で跳躍してみる影治。

 すると、明らかに予想した以上の高さまで飛び上がった。


「おお……? なんだ? まるで重力が低いかのように高く飛べたな」


 高いと言っても、何メートルも跳躍出来た訳ではない。

 だが今の影治の身長と同じくらいの高さまで飛べているので、恐らくは140センチ位は飛べている。

 すでにこの時点で地球での垂直飛びギネス記録を超える高さだ。


「……ってことは」


 スタスタと歩いていった影治は、近くの細い木の幹に向かってパンチを打ち込む。

 すると、10センチ位の木の幹がバキッと折れた。


「力の方もこんなガキの体にしちゃあ異常なほど強い。単に重力が低い世界って訳じゃなく、この体の持つ力がヤベエってこったな」


 物理法則が異なっているのか、魔法的な力でも働いているのか。

 その後も体を動かして今の体の身体能力を確認していく影治。

 それが終わると次の検証に入る。


「フィジカルの方は大体把握した。となると、後はお楽しみの回復魔術だ」


 影治が種族設定のマギセラフ以外に費やした、唯一の特殊技能。

 これだけはきちんとポイントを振ってあるので、今の影治にも使える筈だ。


「ええっと、名前を唱えればいいのか? ……ヒール!」


 ヒール……ヒール……ヒール…………。

 天使のような透き通る綺麗な声が、風に乗って運ばれていく。


 ……しかし何も起こらなかった。


「呪文が違うのか? キュア! ヒーリング! ホ〇ミ! ケ〇ル!」


 思いつくそれっぽい名前を連呼していく影治だったが、空しく周囲に声が響き渡るだけだった。

 そこで影治は考え方を少し変える。


「呪文形式じゃダメなのかもしれん。もっとイメージをしてみよう」


 これまで読んだことがあるライトノベルのファンタジー小説を参考に、まず影治は自分自身の内なる力に意識を向けてみる。

 そんなものがあるのかどうか最初は半信半疑だったが、目を閉じ集中していくとそれらしい何かの力を感じ取ることに成功した。


「お!? これはいけそうだ!」


 この手の瞑想のようなことは、四之宮流古武術の鍛錬でも行っていた。

 そのせいか思いの外早い段階で力のようなものを感じ取る影治。


「よし、後はこれに回復のイメージを乗せて……ってどうも上手くいかねえな」


 なんとなく感覚は掴めてきたものの、その先をどうしていいか分からない。

 ここで再度ライトノベル知識を呼び起こす影治。


「ううん……、ただ漫然と体の中の力を感じてるだけだとダメ……か? 力を一点に……右手に集中させて……」


 そこで影治は体の中の力が右手に集中していくのを感じた。

 一点に集中させているせいか、体全体を循環してた時と比べて強い力が一点に集まる。


「これ……を回復するイメージ……に変えて……」


 よっぽど集中しているのか、影治の額からは汗が流れ落ちる。

 しかしバラバラになっていたパズルのピースがパチリと嵌っていくように、体の中の力の感覚と回復させるというイメージ。

 それらが混然一体となって、新たな現象へと発展していく感覚を影治はその身に味わっていた。


「これ……で!」


 最後に混然一体となったそれらを一つに収束させ、右手を自分の胸部へと当てる。

 すると微かな光とともに、全身を力とは別の何かが駆け巡っていくのを感じ、心地よい独特な感覚を影治は得た。


「おお……。これは上手く行っただろう!」


 回復魔術らしきものが無事発動したことに満足気な影治。

 本人は必死だったので全く意識していないが、最初に魔術を使おうと試みてから既に二時間近くは経過していた。

 それだけ影治の集中力が強く続いていたということでもある。


「これでとりあえずの確認は……っと、そうだ。さっきラノベのこと思い返した時に、気になることを思い出したんだった」


 そう言って影治はとある言葉を吐き出す。


「ステータス! ……ステータスオープン! 状態確認……レベル……パーティー編成……ログアウト」


 昨今の異世界系ファンタジー小説では定番のワードを連呼していく影治。

 この世界がゲーム的世界であれば、ログアウトなどの言葉で抜け出ることも可能だろうし、ステータスシステムがあるならステータスを表示させるキーワードもある。

 だが幾ら影治がそれらしい言葉を並べても、一切世界が応えてくれる様子はない。


「ふむ、やはり何の反応も返ってこない……か。鑑定スキルは一覧にあったが、あれもステータスを確認出来ると確定していた訳じゃない。単に対象の良し悪しを見分けるだけだったのかもしれない」


 これで一通り確認したいことは確認し終えた。

 優れた身体能力と回復魔術が使えることが判明したので、調べた甲斐はある。

 しかしそれなりに時間を食ってしまったのは確実で、影治は遅れを取り戻すかのように行動を開始した。



――――――――――――

転生した先の森のイメージ

https://34626.mitemin.net/i738437/

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