無職無双 短編

ユニ

無職無双 短編

 俺の名は凡田正五郎(ぼんだせいごろう)。

 32歳。

 無職となった。


 派遣先の部長が俺の派遣元会社にクレームを入れたため解雇されてしまったのだ。

 得意先からのクレーム。

 クビだけで損害賠償請求されないだけマシ。

 そう言われ即日解雇となった。


 このままでは納得いかない。

 何とか解雇取り消しか、せめて退職金が欲しい。


「このままでは許さない」


 俺は自分の決意を固めるようにつぶやくと派遣会社の入るビルへと向かった。


「え!?」


 目の前が一瞬白くなった。

 

「な、なんだ? ……これ」


 道路には……。


「ドラゴン?」


 自動車が走っていたはずだが。

 ドラゴンの引く馬車が走っている。


 ビルが立ち並んでいた場所には中世風の城の城壁が連なっている。


「おいおい、これは何なんだよ」


 顔に異変を感じる。


「あ、あれ? メガネは?」


 かけていたはずのメガネが無くなっている。

 しかし、周囲の様子はクッキリと見える。

 視力0.01ほどの俺の視力ではメガネが無いと周囲は全てぼんやりと見えるはずなのだが。


 それに――。

 身体が軽い。

 

「シュッ! シュッ! シュッ!」


 ボクサーみたいにシャドーボクシングのマネをすると

 嘘のようなパンチのスピードが出ている。

 拳から音速を越えた時に発生するソニックブームが出そうだ。


「うおおおおおおおお!」


 ついに俺の時代が来た。

 異世界転生して最強の肉体を手に入れたんだ。

 この世界では俺は無双しまくるんだ。


「ちょっと、あの人あぶないよ」

「ママー、あれー」

「コラッ! 見ちゃダメ」


 あたりから軽蔑するような声が聞こえる。

 

「ファッ!?」


 俺は片手を天空をつかんばかりに勢いよくあげている。

 そして、周囲には俺を軽蔑の眼差しでみつめる人々がいる。

 道路にはいつも通り車があふれ、周囲にはビルが立ち並んでいる。

 

「す、すいません」


 俺は小さくつぶやくと速攻で、その場を離れた。


(い、いかん。いかん)


 アニメの見すぎでゲームのやりすぎ、そしてストレスが原因なんだろうか?

 本当に異世界が広がっているように見えた。

 

 そうだ。

 俺は派遣会社へ行く所だった。

 妄想にひたっている場合ではない。


 トボトボと歩いていると巨大なビルが目の前に現れた。

 ここは俺が派遣されていた先だ。

 古伊屋(ふるいや)財閥の本社ビル。

 日本どころか世界トップクラスの巨大企業だ。

 俺はここでピラミッドの最底辺かのような仕事をしていた。

 クビになった理由もこの会社の部長が原因だ。

 だんだんとムカついてきた。


「クソッ!」


 思わず叫んでしまった。


「あ~ん?」


 後ろから聞き慣れた声がきこえた。


「おい、凡田こんな所で何やってるんだ?」


 振り向くと部長が居た。

 ゴウリキ。

 名は体を表すとは、よく言ったものだ。

 180を越える身長。

 体育会系の乱暴なノリ。


「あ、ゴ、ゴウリキ部長」

「お前、今、オレにクソなんて言ってたんじゃないだろうな?」

「い、いえ……。そんな、まさか……」


 ゴウリキは俺に近づいて来ると肩を組んできた。

 無駄に距離が近い。


「ところでお前、クビになったんだってな」


 お前のせいだよ!

 クソが!

 なんて口が裂けても言えない。


「は、はぁ」


 俺はあやふやな返事をした。


「そうか! そうか! 残念だったな」


 ゴウリキは無駄に豪快に笑った。

 そして、俺の背中を無駄に叩いてきた。


「いたっ!」


 叩かれた勢いでメガネが飛んでしまった。

 周囲がぼんやりして何も見えない。


「メ、メガネ。メ、メガネ」


 俺は、その場にしゃがみ慎重にあたりをさぐる。


「ハーッハッハッハ! 面白いヤツだな」


 ゴウリキは馬鹿笑いして俺を見下ろしている。

 クソッ!

 やっぱりコイツは許せない。

 一発殴ってやろうか!?

 

 なんて発想は一瞬で消えた。

 殴った所で少しも効きそうにないし、その後、100発は殴り返されそうだ。

 

「はい、これ凡田さんのでしょ」

「は、はい。ありがとうございます」


 俺の怒りを一瞬で消し去るような優しい声。

 メガネを手渡してくれた。

 よく見ると、いやよく見なくても美しい顔。


「古伊屋(ふるいや)お嬢様!」


 古伊屋(ふるいや)財閥のご令嬢。

 古伊屋麗(ふるいやれい)。

 17歳とは思えないほど大人びて美しい。


「ふ、古伊屋お嬢様」


 ゴウリキは緊張気味に声をかけた。


「何をやってるんですか? ゴウリキさん。お父様が探していましたよ」

「は、はい!」


 ゴウリキはその場で垂直不動の起立をした。


「凡田さん。大丈夫ですか?」

「え? なんで俺の名前を」

「だって、いつもお仕事一生懸命だったし、一度お手伝いしてもらったじゃないですか?」

「あ、は、はい。でも俺の事なんて覚えてないかと」

「凡田さんは私の事、お忘れですか?」

「い、いえ! そんな!」

「よかったぁ」


 お嬢様は明るく笑った。

 ゴウリキは信じられないと言うような顔で俺の方を見ている。

 なんだか優越感を感じる。

 

「あれ、何かしら?」


 お嬢様が指差した先から光の波がせまってきている。


「え? あれは?」


 また、ストレスによる目まいか?

 いや、お嬢様に見えている。


「お、お、おおおおおおおおお!」


 ゴウリキは迫り来る光の波を見て叫んでいる。

 俺だけじゃない。

 みんな見えている。


「ビルの中へ逃げましょう!」


 俺は叫ぶとお嬢様の手を取ってビルの中へ逃げた。

 ゴウリキも後からついてきた。

 ビルの中へ入ると多くの人が次から次へと避難してきた。

 そして光もこちらへ迫ってくる。

 ビルや車を飲み込み徐々に近づいてくる。

 

 そして、俺たちの入っているビルへと光がせまってきた。

 光の先は白く何も見えない。


「おおおおおおおおおおおお!」


 迫りくる光に思わず声が漏れた。


 俺は光に飲まれた。

 そして、死んだのかもしれない。

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