第2話 始まりの草原
目の奥に明るい日差しを感じ、鼻をくすぐる細草の感触と土気の匂いで目を覚ます。
「ここは・・・?」
これほど日が高く昇っていて、しかも屋外の草むらの上で寝ていても気づかないとは、どれほど深く眠っていたのだろう。しかし、悪い気はしない。久方ぶりのスッキリとした目覚めで思考はかなりクリアだ。不愉快な目覚まし時計のアラーム音に明朝に起こされて、家族を起こさないよう音を立てずに支度する、張りつめた憂鬱な朝に比べると、ここでの目覚め方は少女漫画じみていてむしろ幸福だ。
伸びをしながらゆっくりと体を起こし、あたりを見渡すと見知らぬ草原だった。なだらかな丘のようになっていて呼吸するたびに鼻の奥にうっすらと花の香りが鼻孔をくすぐる。ふいに背中に温かな風を受け、額のゴーグルが地面にポトリと落ち、慌てて拾う。
「ん?ゴーグル?」
生まれてこの方ゴーグルなんか身につけたことなどなく、手に取ってから疑問に思い、自分の身なりを確認する。ここに来る前、家にいたときに着ていたのはヨレヨレのYシャツとベルトを外したスラックス、靴下は脱ぎっぱなしで革靴を履いていたはず。
それが今はどうしたことか。茶色いレザーの短い袖なしのジャケットを羽織り、下には黒い厚手のインナー、白い綿のズボンにひざ下までしっかりと覆う長い革のブーツを履いている。さらに、物騒なことに大きめの鉈が腰に差されていて、簡素ながらもしっかりとした開拓者じみた衣装を身にまとっているではないか。ここまで来ると自分の顔さえ変わっているのではないかと不安に思い、確認できるものがないか探すが、風が草を揺らし波打つ、穏やかな草原が目の前に広がるばかりだ。
ここは現実じゃない?まだ俺は車の中にいるんじゃないか?雷のあたりからおかしかったもんな、きっとそうだ。徐々に目覚めてくると膝のあたりにフライの重みを感じて、だんだんその重みに引きずられるようにして目を覚ますはずなんだ。よく考えるとベタすぎるくらい普通の夢じゃないか。俺の想像力のなさと疲労が原因かもな。子供の頃の夢はもっとバリエーション豊かで突拍子もなかったじゃないか。
クラスの同級生たちと担任の先生が僕を探しまわって服を脱がそうとしてくる夢だとか、野球部の先輩一人一人をPKしていってハットトリックを決める夢だとか、好きだった女の子と一緒に家でジグソーパズルをして完成したと思ったら、「実はほかに好きな人がいる」、とか言って振られてコーラをこぼしてしまって台無しにする夢だとか、たくさん見てきたじゃないか。
それに比べればこんなのは大した夢じゃない、落ち着いて目を覚まそう。
♪チャンチャチャン チャンチャチャンチャ チャ チャ チャ チャ チャララン
チャンチャチャン チャンチャチャンチャ チャララララ ララララ ラン ティロリン
まずはゆっくりと頬をつねり回転させる「つねりの運動~」
左ほほから~
イッチ・二ッ・サンッ・シッ・ゴッ・ロク・シチィ~・ハチッ 反対の頬で~
ィイッチ・二ッ・サンッ・シッ・ゴッ・ロク・シチィ~・ハチッ 次は両方~
イッチ・二ッ・サンッ・シッ・開いて・閉じて・開いて・閉じる! もう一度
イッチ・二ッ・サンッ・シッ・開いて・閉じて・開いて・閉じる! ハイ、深呼吸~
イ~チ・ニィ~・サーン・シッ・ゴォー・ロクゥ・シチィ・ハチ もう一度~
イ~チ・ニィ~・サーン・シッ・ゴォー・ロクゥ・シチィ・ハチ
♪チャン チャン チャン チャラララン
目を閉じたまま深呼吸を終え、全身に酸素が行き届き充実した、研ぎ澄まされた感覚で頬がビリビリと痛むのを感じる。これだけの刺激があれば目を覚ましているはずだ。
「ワン!!」
ほら、足元からフライの声が聞こえた。やっぱり車の中で寝てしまっていたのだ、車の中という狭い空間で密着してたから暑かっただろう、かわいそうに、今クーラーを入れてやるからな、と目を開けるとさっき見知った草原が広がっているままだった。
フライは自分にもやってくれと言わんばかりに好奇心旺盛な目で尻尾をブンブン振りながら楽しそうにこちらを見つめている。
対照的に、いつの間にか正面に立ち尽くしている優子さんと優奈は冷ややかな目を向けていた。
「パパ、何やってんの」
セリフ、表情ともに生々しく、現実味を帯びていて、実に辛く恥ずかしい状況に陥っているが、まだ夢である可能性が0になったわけではない。少なくとも、二人の格好は現実的でなく、しっかりした生地の厚手の七分袖くらいでサイズが少し大きめのワンピースに飾り気のないストールを巻き、僕と同じく黒いインナ―を下に着こんで手のひら以外の肌の露出を完全に隠し、厚手のブーツを履いている。しかも、色違いコーデだ、優子さんが薄暗い緑色で、優奈は薄茶色、優子さんは40で優奈は16。まったくもってあり得ない光景だ、と違和感ありありの訝しげに細めた目線をよこすも、二人は特にまんざらでもない様子だった。実は普段からやってるのだろうか……疑問が募る一方だ。
「パパも冒険コーデじゃん、ウケる。革ジャン似合わな過ぎ笑」
「パパだって趣味じゃない。夢の中でも言うことやること変わらないな、優奈は。マイペースというかブレないというか」
思った通りのことを口にした、夢なのだから何を言ったって何も変わらないし、残らない。
「アッハハハハハ、そゆこと!?だから頬つねってたんだ。
優奈と一緒じゃん。すぐアホらしくなって秒でやめたけど笑
パパめっちゃ丁寧にやってたよね、両方グルグルやって深呼吸までしてさァ、マジウケる」
「お父さん、しっかりしてよ。これから明徳探さないといけないんだからシャキッとしてよね、もう」
理不尽な夢だ。しかし、虚構と現実のモンタージュもまた夢の側面の一つだ。あり得ない世界観で、ひどく現実的な作業を迫られる、今回はそういう夢らしい。おとなしく二人に従い明徳を探し始める。
ほどなくして、寝ている明徳を見つけた。服装は僕と同じく男物の冒険コーデに身を包まれ、草むらの中に眠っていた。ここ最近、息子の顔を碌に見ていなかったからか、声をかけて起こすより先にまじまじと観察してしまう。もう中学生だから、半分大人みたいなものだと勝手なイメージを持っていたが、こうやって胎児のようなポーズをとり、安らかに寝ている姿を見ているとまだまだ子供だ。
この世の悪意や汚れとは無縁の純真無垢をイメージさせるほど穏やかで無防備な寝顔をしばし眺めていたかったが、ほどなくして優子さんと優奈が大騒ぎしながら草むらをかき分け、ワイワイワシャワシャとやってきて目を覚ましてしまった。
「明徳!?大丈夫なの?明徳!」
優子さんが半狂乱で明徳の体をゆする。そんなにしたら、「おはよう」の一言も言えやしないだろうに。
「オイ、クソ徳!説明しろや、お前のせいでこんなことなったんだろ!?
毎晩ブツブツきっしょい声で、きっしょい儀式やりやがって!あたおかだろ、マジで!!
どんだけ迷惑したことか!
声丸聞こえだから寝れねーし、友達と遅電中に変な声聞こえるって言われてからベッドの上でできなくなって、勉強机でやってたんだけど!?」
「明徳!返事して!明徳ぃ!!」
首をブンブン振られながら、徐々に赤みがかっていった明徳の残像が苦悶の表情を浮かべ、口元を固く閉ざしてしまった。このままではせっかく目覚めた明徳が朝の挨拶すらできずに死んでしまう。収拾がつかなくなった二人を止めることに。
「優子さん、ストップストップ!
優奈も!少しは明徳の気持ちを考えて物を言いなさい」
優子さんの肩をガッチリと捕まえ、優奈に一瞥して事態を収束させることに成功する。優奈はまだ不満アリアリといった表情だが、仕方がない。実際のところ、僕も明徳を問い詰めることが最優先事項である点は優奈に同意だ。あの扉が出現した原因は明徳が行った儀式であることは明白で、ここにたどり着くことが明徳の目的だったとしたら、ここがどこなのか知っているはずだし、帰る手がかりを持っている可能性もある。明徳は災いのもとでもあり、貴重な情報源でもあるのだ。
「明徳、ほんとに大丈夫?ケガはないの?腕と足は曲がる?寒くない?熱は?」
こうなった優子さんほど厄介で鬱陶しいものはない。まぁ答えることで本人にとっては気休めになるらしいから適当に付き合ってやってほしい。頼むぞ明徳。無言で腕を組んで成り行きを見守ることにする。
「ぅッ…ゴホゴホ、ンン゛……ぅるっさいなぁ、大丈夫に決まってんじゃん、大げさな」
本人にとって久々の発声だからか、声の調子を整えるようにしてから明確に反抗的な言葉を投げつつ、鬱陶しそうに頭を掻きながら体を起こす。
「ほんとに!?立てる?立ってみて!それから、屈伸と手首足首のストレッチして、首もしっかり回せるか確認して!あとは……」
「お前、生意気な口きいてんじゃねーぞ!クソ徳!お母さん心配してんだろーが、とっとと立てやボケ!!」
明徳に対する不安や不満は明徳自身が解消しないと根本的な解決は望めない。風船のように無理やり抑えたところで空気の供給を止めない限りは、抑えた箇所以外が膨らみ続ける。先ほどと同じことをしても、効果は薄いだろう。二人の間に割って入り、明徳に肩を貸し立ち上がらせる。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
「手は振れるか?」
明徳は無言で応じる。
「首は?」
露骨に不満そうな顔を時計回りに回して見せた。
「反対」
軽く舌打ちをしながらゆっくりと首を反時計回りに回転。よし、異常はないようだ。息子の健康を確認した優子さんもスッとその場に立ち上がった。心なしか表情が和らいだように見える。
「よかったでちゅね~あきのりくぅ~ん、言われたとおりのことやっとできたね~!えらいえらい」
わざとらしく拍手しながら体を傾け、アヒル口で煽る優奈。
「やめなさい、優奈。明徳かわいそうでしょ、どうして仲良くできないの?こんな時に」
「こんな時に!?今どういうときかわかってんの、ママ!
家族そろってコスプレして、どこかわかんない草むらの上飛ばされて!
着替えないし!シャワーないし!ブーツしんどいし!かわいくないし!
おなかすいたけど、何にもないし、どやってご飯食べんの!?
あ、あとトイレもないわ!
え!?てか、待って!スマホもなくね!?
ンあぁぁ~~~あ!もう終わってるわ、マジで!!!!」
元々あった明徳への嫌悪と今受けている理不尽への怒りと先行きの見えない不安が混ざり合って、優奈の全身から悪口が吹き出して止まらなくなってしまっているようだ。息を切らすほどキレッキレの上半身を使ったジェスチャーと力強い地団太、本当にこの世の終わりを思わせるような絶望的表情で頭を抱える一連の動き、そして、何より言語と悲鳴の境目のような苦悩の叫び声は真に迫るものがあり、プロの舞台役者が演じる悲劇よりも迫真で、思わず拍手を送りたくなった。
「優奈、落ち着きなさい。明徳に当たってもしょうがないでしょ」
この期に及んでもまだ優子さんは明徳の味方、とことん献身的でけなげな性格は元の性質からなのか、それとも、長年看護師として働いてきた故なのか。
「こいつしか悪くないじゃん!こいつの部屋で!こいつの儀式で!
ドアが出てきてみんな吸い込まれたんじゃん!いい加減、何とか言えや」
「明徳、どうなんだ?みんなにわかるように説明しなさい」
僕と優奈からの問いにとうとう明徳はうつむいてしまった。煮え切れない身勝手な態度をとる無責任な息子にふつふつと怒りがこみ上げる。黙る意味が分からない。
しかし、怒鳴る意味もない。あくまで口調は冷静に、情報を聞き出すための質問を投げる。
「黙ってたってしょうがないだろ。何か言いなさい。自分の中で整理がつかないなら、まずあの部屋でやっていたことについて話すところから始めてみたらどうだ?」
明徳の表情はグッと険しくなり、口元をキッと硬く結んでしまった。不安そうに視線をこちらにやる優子さんを無視して、明徳からの返答をじっと待つ。黙秘を認めるつもりはない。鳥のさえずりや近くを流れる川のせせらぎだけが聞こえる気まずい沈黙を、最初に耐えきれず脱落したのは優子さんだった。
「明徳、何か言って。誰も怒らないから」
折れてすがる母の姿を見て明徳もとうとう観念したか、口を閉じたまま咳払いしてのどの調子を整えつつ話始める。
「スゥー……あ…えっと、なんていうか……異世界転生のアレ……儀式、的な
でも、本気じゃなくて……なんか、気晴らし、っていうか…そんな感じで…ネットに…書いてあった……アレで、何となく…というか」
「ハァ!?意味わかんないし。てか、あんまよく聞こえねー」
「黙れよ、クソ姉ッ」
「ハアァァァァァ!?」
「優奈、少し向こうに行ってなさい!」
「ハァイ」と気のない返事をし、素直に丘の頂上の方へトボトボ歩き始め、フライはそれに付き添った。冷静じゃない自分を自覚して薄々反省していたのかもしれない。哀愁漂う優奈とフライの後ろ姿から明徳へと目線を戻す。
「さて、えーとつまり、ネットに書いてあった儀式を冗談半分にやっていたら本当に異世界に飛んでしまったと、そういうことだな」
明徳は無言でうなずく。
「ここはどこなのかお前にも分からない?帰り方も?」
「わかんない、儀式の方法しか書いてなかったから。ほんとは一人で行きたかったんだ。勝手に入ってくるから、こんなことに」
子供らしい他責思考だが、これほどの結果を招いておいてその言い草はないだろ、と心の中で抗議しつつ話を進める。
「そうか、じゃあ明徳が知っている異世界の特徴を教えてくれないか?明徳のあこがれる異世界ってどんなところだ?」
「どんなって……なんか、漫画とかだったら転生前に神様から特殊な能力をもらったり、んで、その特殊な能力がチートみたいな感じで異世界人が相手にならないくらい強くて。
んで、どんな奴でも異世界に行けば最強になってやりたい放題、意地悪な貴族とか偉そうな将軍とか魔王だろうと楽勝で倒してヒーローになれる、って感じ。
あと、ゲームを元にした世界が結構多くて自分の能力を表示して確認出来たり、ゲームのモンスターがそのまま出てきたりとかする」
心なしか、明徳の顔色が明るくなり、言葉もハキハキとし始めた。なるほど、まぁ想像は尽くし、そういった世界にあこがれる気持ちもわかる。似たような経験があるからだ。僕もよく妄想の中で『指輪物語』のレゴラスとギムリと一緒に倒したオークの数を競い合ったり、作品の世界観に合わせたオリジナルの特殊能力を違法に持ち込んで主人公顔負けの活躍をしてみたりだとか、好き放題頭の中で創作活動にいそしんでいたものだった。時代は進んでも中学生の頭の中はあまり変わらないらしい。それとも親子ゆえに似通った現実逃避をしてしまうものなのだろうか。
「いくらそういうのが好きだからってやりすぎよ!そんなの漫画か頭の中だけの話で済ませればよかったのに。どうして儀式まで?」
「うるせぇよ……言ってもわかんないだろ」
「まぁまぁ優子さん……いいじゃないか、そこは。
それより、実際に試したのか?魔法が使えるかどうか、何か特殊な能力が備わっていないか、ステータスが表示されるかどうか」
学校生活でのいじめが原因で儀式をし始めたのは明らかだし、その詳細を説明させるのは酷だろう。そういう本人の感情が大いににかかわる部分を聞き出そうとすると、建設的な話し合いにならなくなるし、聞き出すまで時間を要する。しかも、この現状を打破するのに役立つ情報が得られるとは考えにくい。
今はまだ正午前くらいで、日暮れには時間がかかるだろうが、何のめども立たないまま見知らぬ土地で時間を吞気に浪費したくない。現状把握最優先で話を進める。
「試してないけど、どうせ無理だろ。なんも説明とかされなかったから」
我が息子ながら嘆かわしい。どうして説明されないと何もしようとしないのか、正解が簡単に出てしまう時代を生きているからがむしゃらに自分の知識を試してみる、という経験が浅いのだろう。
しょうがない、実際にやってみてやろうと目を閉じる。イメージしろ
イメージ……魔力とか精神力の類は消費すると疲労するのがお決まり。つまり、筋肉が消費するエネルギー=魔力と仮定し、まずは全身の筋肉に力を入れてエネルギーを膨らませ、魔力の奔流を全身にいきわたらせる。そして、魔力を凝縮し、指向性をもたせることにより外界への破壊力に変える。両手のひらに先ほどためた全身のエネルギーを集中。最後に、発射する際は腕の中に銃の仕組みをイメージ。腕は引き金。引くと同時に肘のあたりにある撃鉄が火薬をたたき、爆発させ、推進力となり、腕の中を駆け巡り加速する、そして勢いよく手を前に出し……
「波アアアアアァァァァァァァアアアアアア!」
目をカッと見開くと遠くに穏やかな草原を歩く優奈とフライが見える、近くはあまり見たくない。優奈は一瞬ビクッと体を震わせて振り向いてから、視線をすぐに戻す。フライは自分が呼ばれたと勘違いしたのかこちらに向かって元気よく挨拶を返す。
優子さんは本気で心配し、声をかけながら肩をタップしてくる、明徳は共感性羞恥にさいなまれてか、こちらを見てさえくれない。ものは試しなんだから、そんなに大げさに反応しなくてもいいじゃないか、何も間違ったことはしていない、と自分に言い聞かし、二人を無視して検証を続ける。
(【ステータス】、【能力】、【強さをみる】、【データをみる】、【システム】)
まずは一通り心の中でゲームでステータスを確認するときのような言葉を唱えてみる。
…何も起こらないことを確認。
次は声に出してみる。
「【ステータス】、【能力】、【強さをみる】、【データをみる】、【システム】」
やはり、何も起こらないか。
「よし、じゃあ次は二人もやってみてくれ」
優子さんと明徳はもうすでに僕から距離をとり、等辺が異様に長い二等辺三角形を描くような立ち位置になっていた。
「ヤバい!ヤバいヤバい!ヤバい!」
「ワン!ワンワワンワン!ワン!」
絶妙なハモリ音を発しながら一人と一匹が興奮気味に走り寄ってくる。
「今のは色々確かめようとしていただけで、そんな騒ぐようなことじゃ……」
「そうじゃないって!こっち来て!下に町があんの!」
「……!?」
柄にも年甲斐にもなく、膝の筋肉を思いっきり使い、浅い呼吸を漏らしながら急ぎ足で丘の頂上へと向かう。傾斜がきつくなり始めたところまで来ると、さわやかな向かい風に乗ってほんのりと潮の香りが鼻を突き、空と緑の間に新しい青が見えてくる。
頂上から崖の下を見下ろすとそこには、木製の短い浮桟橋にお菓子のおまけを思わせるような小ぢんまりしたオレンジ屋根の灯台、そして、自然の中に住まわせてもらってますよと言わんばかりに、自然に遠慮した控えめな家々がぽつぽつと並ぶ、鮮やかで静かな街並みが広がっていた。
――それは、海の向こうからくる入道雲に簡単に飲み込まれてしまいそうなほど、小さな小さな港町だった。
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