可視の愛情

三鹿ショート

可視の愛情

 私は、他者から嫌われることを恐れていた。

 それは自分に自信が無いということが影響しているのだろう。

 私のような些末な存在に時間を割く暇は無いと認識されてしまえば、何の面白みも無い私は、必然的に孤独と化してしまうのだ。

 両親から愛情を与えられなかったことも影響しているのか、私は孤独というものが怖くて仕方が無かったのである。

 だからこそ、私は都合の良い人間を演じ続けてきた。

 食事会の人数が足りなければ見知らぬ人間ばかりであったとしても参加し、浮気相手との旅行のために口裏を合わせたりと、親しい人間までとは言わないが、存在しないよりは良いという認識をされるために、努力を続けたのである。

 だが、尽くしてきたはずの交際相手に別れを告げられると、私はそれまでのあらゆる行動が正しかったのかどうか、不安に襲われてしまった。

 俯きながら街を歩いていると、惹きつけられるかのように顔を上げた私の視線の先には、一人の占い師が存在していた。

 たまには他の人間の意見も聞いてみようと思い、背の高い建物と建物の間に座っている彼女に近付くと、

「相談があるのですが」

 顔を半分ほどまで覆っている衣装の影響で表情を見ることは出来ないが、彼女は椅子を手で示し、着席を促した。

 椅子に腰を下ろすと、私は一方的に悩みを打ち明けた。

 彼女は話に割り込むことはなく、相槌を打つだけだったが、やがて私の話が終わると、

「あなたは、自分が他者にどのように見られているのかが気になって仕方が無いというわけですか」

 私が首肯を返すと、彼女は懐から小瓶を取り出し、小さな机の上に置いた。

「これは、何でしょうか」

「あなたの望みを叶える品物です。これを飲むことで、あなたは他者の気持ちを知ることができるようになるでしょう」

 途端に、胡散臭いことになってきた。

 そのようなものがあれば、世界からは余計な争いが無くなることだろう。

 いわば、世界を一変させるような品物だが、そのようなものを何故私のために差し出すことができるのだろうか。

 小瓶を手に取ることなく見つめたままの状態から、私が懐疑的であることを察したのだろう、彼女は首を横に振ると、

「代金は不要です。あなたが不安から抜け出すことができれば、私は満足なのですから」

 無料ならば、貰っておいて損は無いだろう。

 私は彼女に頭を下げ、自宅へ戻りながら、物は試しとばかりに、小瓶の中身を口にした。

 砂糖水のように甘かったが、数分が経過しても体調に異変が生じないことから、毒ではないようだ。

 しかし、これで本当に私の不安は消えるのだろうか。

 疑問を抱きながら集合住宅に存在する自室の扉に手をかけたとき、偶然にも隣人が階段を上がってきた。

 常のように挨拶をしようとしたところで、私は目を疑った。

 隣人の頭上に、赤い塊が浮いていたからだ。

 どのようにして浮かんでいるのか不明で、何故そのようなものが隣人の頭上に存在しているのか、まるで分からなかった。

 言葉を失っていたが、隣人に声をかけられたことで、正気に戻った。

 隣人は私に笑顔を見せながら、少しばかり雑談をすると、自室に入っていった。

 隣人が姿を消しても、私はその場から動くことができなかった。


***


 どうやら異常が生じているのは、隣人だけではないらしい。

 私以外の全ての人間の頭上に、奇妙な塊は存在していたのだ。

 どれも形は同じだが、異なっているのは、色である。

 色は赤か青のどちらかであり、色が異なっている基準は不明だった。

 だが、数日が経過した頃、私は色の違いを理解した。

 色の違いは、相手が私に抱いている感情の違いである。

 知り合いのほとんどは赤色であり、私に対して素っ気ない態度を見せる人間や知り合いでも何でもない人間が青色であることから、どうやら私に対して好印象を抱いている人間は、頭上の塊の色が赤のようだ。

 その違いに気が付き、赤い塊を浮かべている人間が多かったことから、私は自分の行為が間違っていなかったのだと安心した。

 素晴らしい品物を与えてくれた占い師に感謝の言葉を伝えようとしたが、初めて会った場所に彼女の姿は無かった。


***


 順風満帆な生活を送ることができると思いきや、苦悩の日々を送る羽目になった。

 何故なら、赤い塊の持ち主だとしても、私が交際を開始すると、即座に青色へと変化するためだ。

 つまり、私は友人としては価値があるが、恋人としては見ることができないということの証明になる。

 私は、誰からも愛されることがないということなのだ。

 それを明確に示されることが、これほどまでに私から精神的な余裕を奪うとは、想像もしていなかった。

 しかし、困ったことに、小瓶の中身の効果は切れる様子を見せない。

 ならばどうするべきかと考えた結果、視力を奪う以外に方法は無かったのである。

 震える手で刃物を持ち、それを目玉に近づけていく。

 激痛を想像するだけで、今すぐ逃げ出したくなる。

 だが、ふと、あることに気が付いた。

 目が見えない人間ならば、人々は何の見返りもなく優しくしてくれるのではないか。

 私が他者に嫌われることがないように気を揉む必要は、無くなるのではないか。

 そう考えた途端、私の身体の震えは止まった。

 私は口元を緩め、一気に刃物を動かした。

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可視の愛情 三鹿ショート @mijikashort

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