第3話 植物男子

 二人でやってきたのは、人気の無い階段の踊り場だった。


「ふぅ……良かった。誰もついてきてないみたい」

「ね、ねぇ……! ちゃんと説明してよ。私、朝からもうわけがわからなくて……!」


 私、もうしどろもどろ。

 そんな私に、フロラくんは眉を下げてにこっと笑った。


「ごめんね。きちんと説明する時間がなかったんだ」


 その自覚はあったのね。


「知り合いって言うのも、とっさに言っちゃったことなのは認める。……どうしてもみどりの隣に座りたくて」

「っ!?」

「でも、『最愛のひと』って言ったのは本当のことだから安心してね」


 あ、安心できないよっ!

 なんなら、それが一番分からないことだし。

 最愛のひとってどういうこと? 私たち、初めましてなのに。そんなに好かれるようなこと、してない……し、そんなに好かれるような人間じゃないよ。

 すると、フロラくんは両手で私の両頬を包み込んだ。ひゃっ、な、なにこれなにこれ……!


「そんなこと言わないで。ぼくは、君が大好きだよ」

「どうして……」

「う~ん、信じてもらえるかは分からないんだけど」


 困ったような顔をしてから、彼は──本当に信じられないことを──言った。



「ぼくはね、君に育ててもらった花なんだ」



 ボクハ、キミニソダテテモラッタ、ハナ?


「あ、やっぱり信じてない」


 信じてない……というか、理解できないというか。どういうこと?


「だから、みどりが育てた花が、人間になったのがぼくなんだよ! 信じられないかもしれないけど、信じてほしい。ぼくはずっと君に感謝していたんだ。ずっと大切にしてくれてありがとう。ずっと好きだった。ずっと、そう言いたかった……」

「ま、待って待って待って!! ストーーーーーップ!!」


 フロラくんは植物? 人間じゃなくて? しかも私に育てられた花? 言われた通りだよ。確かに信じられないよ。

 だってそんなの、ファンタジー過ぎるし。


「ぼくはみどりに育てられた植物だった。だから初対面でも名前を知ってたんだよ」

「そうだけど……それだけじゃあ信じられないよ」


 名前は、出席簿とかを見れば分かることだし。

 そう言うと、フロラくんは少し考えこむ仕草をした。それから、口を開く。


「この前のテストが苦手な算数で、43点だった」

「え」

「それでお母さんに怒られた」

「な、何でそれを!!」

「まだあるよ。1か月前、道端で野良猫を見つけたんだよね。でも家じゃ飼えないから、可哀想だけど通り過ぎたって。でも後日、その猫が別の人に可愛がられているのを見た。拾い主が現れたんだ。『よかった』って笑ってたみどりの顔、今でも忘れられないよ……優しいんだね」


 ふわり、と微笑むかっこいいお顔。

 それ、誰にも話してない話だよ。テストの話はお母さんに聞けば分かるかもしれない。でも二つ目は、本当に誰も知るはずのない話だ……それこそ、私が家で育てている植物以外は。


「みどりはぼくに、毎日色々なことを話してくれたよね」


 そう。植物には色々なことを話していたの。ほら、お花って話しかけると元気になるって言うじゃない? それに私は、こんな些細なことを話せるような友だちもいなかったから。

 でもじゃあ、まさか……本当に?


「ぼく、あれが大好きだったんだ。動けない体で、ぼくの世界は、君だけだった」

「でも……! どうして花が人間になるの? 確かに今の話は、私が花にしか話していない内容だけど、そんなの非現実的だよ!」

「そこはほら、愛の力だよ」


 そんな適当な!


「なんてね。実は僕も、そこのところは分かってない。ただずっと毎日祈ってたんだ。みどりと一緒にいたい。みどりと話したい……そうしたら、こうして人間になれたってわけ」


 信じられない……。そんなことが、本当にあるの?

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