第1話 転校生

***



 サイアイ……さいあい。最愛。

 がやがや、ざわめき始めた教室で一人ぼーっとする私。時計が指すのは午前八時。もうすぐ朝の会が始まる時間。でも私はそれどころじゃなかった。

 だって「最愛」って! 初対面の男の子に手を握られてそんなこと突然言われたら、誰だって驚くよ。ビックリしすぎて、さっきからその言葉の意味ばっかり考えてる。

 私の知ってる最愛って言葉と同じ意味……だよね。でも知らない男の子だし……あぁもう、わけわからない!!


 少女漫画ならよくある展開だけど、私にそんな展開ありえない。

 だって私は、クラス、ううん、この小学校の中でも一番って言っていいほどジミ女子だから。一人が好きでも嫌いでもないけど、友だちはゼロ。話しかける相手といえばお部屋と教室にいるお花たち。趣味は園芸っていう、すご~~く目立たない女の子なんだもん。


 ……自分で言ってて悲しくなってきた。

 でも本当のこと。だからある日突然現れたイケメンが、私に告白(?)してきたのも、全っ然現実的じゃない。このクラスで一番のオシャレさんで女王さまの、蜜ちゃんならありえるけどさぁ……。

 うん、きっと人違いだったんだ。「みどり」っていうのも別のミドリさんだったんだと思う。朝だから寝ぼけてたんだよ、そういうことって、よくあるよね。


「ほらみんなー席につけー」


 そうこうしている間に、やってきた担任の先生。みんなはまだざわめきを残しながら、席についていった。


「今日はみんなに、転校生を紹介するぞ!」

「「おーー!!」」


 みんな、感心の声。

 私もちょっとびっくり。もう新学期は一か月過ぎた五月だよ。微妙な時期にやってくる転校生もいるんだね。

 先生が扉の方に視線を向ける。みんなも自然と、それにならった。その扉から現れたのは……って、えぇっ!?


「今日からうちの仲間になる、花咲はなさきフロラくんだ。みんな、仲良くしてやってくれ!!」


 先生、意気揚々。クラス、しーん。

 それはそうだ。だって今紹介されたフロラくんは、とってもきれいな男の子だったから。みんな息を飲んでるんだと思う。

 でも私は、別の意味で息を飲んでいるのだった。

 だって、だってあの子は。


「先生」

「ん?」

「このクラスに、手塚てづかみどりちゃんっていますよね」

「あぁいるよ……あそこだ」


 私はビクッ! と肩を震わせた。やっぱり……やっぱり!!

 今しがた名前を知った彼は、私が今朝出会った──ついでに「最愛」なんて言ってきた──男の子だったのだ。

 フロラくんが私の名前を出したことで、教室がざわめき始める。「何? みどりちゃんの知り合い?」「あんなかっこいい男の子の知り合いなんていたんだ……」「へぇ意外~~」……や、やめて……普段目立たないように生きてるジミ女子にこの視線はつらいって!!

 でも私のことはつゆ知らず。フロラくんはにこっと微笑んだ。


「隣、空いてますね。ぼくあそこに座ってもいいですか?」


 えっ!? ダメだよ! 確かに今日は隣が空いてるよ。でもそれは、たちばなくんが風邪を引いて休んでいるからで……ねっダメだよね先生!!


「う~んあそこは橘の席なんだがな」

「でもぼく、あそこがいいです。今日だけでもいいです。お願いします」

「お前、手塚の知り合いなのか?」

「はい。転校初日でぼく、心細いから……だから、みどりちゃんのそばにいると安心なんです。だから」


 嘘おっしゃい!!

 よくもまぁそんな言葉が出てくるね……私とは初対面でしょ? そう、だよね? 一体どういうことなの。

 きれいな眉が、シュンと垂れ下がって、フロラくんは子犬顔。きれいな顔をしてるから、すごく可愛く思えちゃう。そんな顔されたら、誰だって言うこと聞いちゃうよ。


「そっか。まぁ、今日だけなら」

「ありがとうございます」


 フロラくん、にこっとまたいい笑顔。

 そんなこんなで私の隣に座った彼は、私に小声で話しかけてきた。


「よろしくね、手塚みどりちゃん」


 甘い声に甘い顔。ちょっとくらっと来そうになる。

 フルネーム呼び、なおかつここまでくると、もう「人違いだった説」は捨てざるを得ない私なのでした。

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