大正赤ずきん 5人用台本

ちぃねぇ

第1話 大正赤ずきん

ナレ:昔々あるところに、とても可愛らしい女の子が暮らしておりました。女の子はよく赤い着物を着て出かけておりましたので、街のみんなから親しみを込めて「赤い着物のお嬢さん」と呼ばれておりました

ナレ:しかし、お嬢さんはこの呼び方があまり好きではありませんでした

千代:私にはちゃんと「千代」っていう素敵な名前があるのに…どうしてみんな他人行儀に「赤い着物のお嬢さん」だなんて呼ぶの?私が同じ着物を着まわしてることがバレちゃうじゃない!

大神:そうだねぇ。でも僕はこの赤い着物が大好きだよ。ご主人の君がどんどん淫ら(みだら)になってくせいで、無残(むざん)にも着崩れていくこの可哀そうな着物がね

千代:あっ…!崩してるのは恭介様なのに…!

ナレ:愛くるしいみんなのお嬢さん、実はひと月ほど前…母親からのお使いの帰り道に声を掛けてきた悪い狼にすっかり食べられておりました

大神:君も馬鹿だね、僕なんかを愛しちゃって。ほんと馬鹿で…可愛い

千代:あ、やっ…!

ナレ:何も知らなかった千代に全てを教え込んだ大神は、千代を組み敷きながら腰を動かします

大神:ああ、いいね。上手に食べるようになったじゃない。…君、その手の店で働いてみる?紹介してあげようか。きっと街で一番の売れっ子になれるよ

千代:やだやだっ…あっ!

ナレ:悪い狼は今日も今日とて際限(さいげん)なく、千代を食べつくすのです


0:2か月後。


ナレ:千代と大神がそういう仲になって、早3か月が過ぎました。その頃にはもう恋の喜びなどとうに消え、千代の胸にはどす黒い感情ばかりが渦巻いておりました

千代:もう嫌…どうして恭介様は私だけを見てくれないの?私の他に何人もの女をとっかえひっかえ…隠しもしないで…

ナレ:大神が千代に本気になることは決してなく、どころか…他の女性との逢瀬(おうせ)に「君も来るかい?」などと言い出す始末

ナレ:毎日毎日愛情と、それ以上の憎しみに苛(さいな)まれるようになった千代は、どうにもたまらず祖母に全てを打ち明けました

千代:おばあ様…私もう、どうしたらいいのかわからないの…

祖母:まあまあ千代、どうしたの?

千代:私…愛してはいけない人を愛してしまったの…

祖母:愛してはいけない人?

千代:こんなに愛しているのに…どうして…

ナレ:千代の涙ながらの告白を聞き終えたお婆さんは、千代の目を真っすぐに見つめながら問いました

祖母:それで、千代。あなたはどうしたいの

千代:恭介様に私だけを愛してほしい…それが叶わないなら…恭介様を、この手で消し去ってしまいたい

祖母:…千代、滅多なことを言うもんじゃないよ

千代:本気よ、おばあ様。私…あの人を亡き者にする覚悟があるの

祖母:…人を殺(あや)めてはダメ。地獄に落ちる気?

千代:地獄なんて…今の状況の方がよっぽど地獄。あの人がよそで知らない女の上で腰を振っているのを想像しただけで…憎くて憎くて…殺したくなる

祖母:千代、あなたには未来があるの

千代:未来なんて要らない…私は、あの人だけが欲しい…

祖母:千代…

ナレ:震える千代を抱きしめながら、お婆さんは噛みしめるように言いました

祖母:早まってはダメ。あなたには…あなたにはまだ…未来があるのだから


0:祖母の玄関先にて。


ナレ:数日後、お婆さんは偶然を装(よそお)い道で大神と出会い、自分の家へと案内しました

祖母:すまないねぇ、家まで送り届けてもらって

大神:気にしないでください。それにしても随分と買い込みましたね

祖母:ふふふ。帰りのことを考えずに買ってしまって…貴方が通りがかってくれて助かったわぁ。重たかったでしょう

大神:平気ですよ。それに、女性には優しくしなくては

祖母:そう…とんだ優しさね

大神:え?

祖母:今お茶を淹れるわ。上がっていって頂戴な

大神:いえ、お気遣いなく

祖母:そんなこと言わないで。少しだけでいいから…寂しい老婆の話相手をしてくれない?

大神:はあ…では一杯だけ

ナレ:家に大神を招き入れ、お婆さんは時間をかけてお茶を淹れました

祖母:はい、どうぞ

大神:いただきます。……うん?

祖母:どうかした?

大神:ああいえ…少し苦い気がして

祖母:このお茶は健康にいいのよ、せっかくだから全部飲んで欲しいわ

大神:はい、では…

ナレ:大神がお茶を飲み干したことを確認したお婆さんは、不敵な笑みを浮かべながら口を開きます

祖母:貴方は随分と女性に優しいから、きっとおモテになるでしょう?今まで数々の女性を泣かせてきたのかしら?

大神:ご冗談を。僕がそんな悪い奴に見えますか?

祖母:ええ、見えるわ。恋人が…少なくとも3人はいらっしゃるかしらね

大神:…恋人なんて。特定の女性はいませんよ

祖母:あら、では好いている女性はいらっしゃるのかしら

大神:女性はみんな可愛らしいですから

祖母:誰か一人には決められない?

大神:ええ、まあ

祖母:そんな付き合い方をしていると、いつか痛い目を見るわ。これは老婆心からの警告よ。…どなたかお一人と真剣にお付き合いなさったら?

大神:ご忠告どうも。けれど僕は美食家なので。食べたいときに食べたいものを食べる…それが性(しょう)に合っているんです

祖母:貴方がよくても…食べられる側はたまったものじゃないわね

大神:嫌だと言われたらそれまで。僕とは合わなかった…ただそれだけです

祖母:貴方の考え方を私は尊重するわ。でも、そう考えられない女もこの世にはいるのよ?

大神:…ごちそうさまでした。それじゃあ僕はそろそろこれで……え…あれ、身体が

ナレ:立ち上がりかけた大神の手がしびれ、手が湯飲みにあたりコトっと落ち、残っていたわずかなお茶が畳に小さな染みを作りました

祖母:…貴方が考えを改めてくれること、少し期待していたわ。でもやっぱりダメね、根っからの遊び人は

大神:お婆さん…?これは一体

祖母:貴方を否定するつもりはないの。でも、住み分けは大事よ。遊びたいのなら遊び女で満足するべきだったわ。…あの子を傷つける必要はなかったでしょう?

大神:何言って

祖母:そのお茶、苦かったでしょう?飲んだことは無いけれど…しびれ薬って苦いんですって。それでもちゃんと飲み干してくれた貴方は確かに優しい人ね。残念だわ、こんなに親切にしてくれたのに

大神:しびれ…薬…?

祖母:ねぇ?最後のお願い。もう「おいた」は辞めて、千代だけを真っすぐに愛してくれない?

大神:千代…?

祖母:あの子はいい子よ。可愛らしくて素直で、貴方を一途に永久(とわ)に愛し続けるわ。あの子でいいじゃない…ね?

大神:ち…よ…って…誰…

祖母:はっ…はは…ああ…そう…本当に残念だわ

ナレ:もはや喋ることも出来ず、小刻みに痙攣(けいれん)するだけになった大神を一瞥(いちべつ)し、お婆さんは勝手口の方へ「いるかい」と声を掛けました。すると、男が一人返事をしながら姿を現しました

狩谷:いるよ

祖母:じゃあ手はず通りに…お願いね

狩谷:ああ

祖母:悪いわね、狩谷さんにこんなことをさせてしまって

狩谷:何言ってんだ…むしろ美代子さんには、復讐の機会を作ってもらえて感謝してるんだぞ

祖母:狩谷さん…

狩谷:大神恭介…姉さんをたらしこんで散々弄(もてあそ)んだ挙句…飽きたらゴミみたいに捨てやがった男…まさか、美代子さんからその名を聞くなんてな

祖母:…こういう人は、死ぬまで治らない。変わったりしないのよ

狩谷:ああ…こいつは筋金入りのクズだ。女をただの性欲処理の人形だと思ってやがる。こいつが死んだら悲しむ女は山ほどいるだろうが、救われたと思う女はそれ以上いるだろうよ

祖母:嫌いになれたら楽なのに…こういう人ほど、人に愛される才能を持っているのよねぇ

狩谷:こんな男のどこがいいのか、さっぱりわからんがな

祖母:わからない方が幸せよ。…そう、愛してしまったが最後、逃げ出すには…千代が幸せになるには、千代の心変わりを願うか…この男を消してしまうか

祖母:…こんな男の為に千代の人生を棒に振るわけにはいかないわ

狩谷:そうだ。こんな奴…本当なら薄暗い井戸の中に沈めて存在を消してしまいたいくらいだ

祖母:でも、それをしたら千代はきっと半狂乱(はんきょうらん)になってこの男を探すわ。死体は絶対に消せない。大神恭介の死を、千代に見せつけなくては

狩谷:ああ。…だから、これしかないんだ

祖母:ええ。…床に運んで頂戴

ナレ:狩谷は畳に倒れた大神をひょいっと担ぎ上げると、寝室の敷布団の上に覆いかぶさるような体勢でおろしました

狩谷:こんなもんだな

祖母:そうね。…私はどこにいたらいいかしら。枕元でうずくまっていればいいかしら。…ああ、帯を解いて着物を着崩さなくては。髪もほつれていた方がいいわね

狩谷:美代子さん、そんな派手な着物持っていたんだな

祖母:ええ。若い頃に着ていたものよ。まるで年頃の娘が着ていそうな色味でしょう

狩谷:そうだな。……美代子さん、千代ちゃんがこちらに向かってきた

祖母:ええ、あの子はいつも約束通りの時間に来るいい子なの。…狩谷さん、外に出て。叫ぶわ

狩谷:ああ

ナレ:狩谷はすぐさま外に出て、木の影に姿を隠しました。そして、お婆さんは思いっきり息を吸い込むと、大きなお声で叫びました

祖母:いやぁぁぁ……!

狩谷:大丈夫か!?美代子さん!!

千代:え……なに…

ナレ:祖母の家から聞こえた突然の悲鳴と、家に飛び込んだ見知った男。そしてもみ合うような喧騒と一発の銃声。突然の出来事に身をすくめた千代でしたが、音が止むにつれ中の様子が気になり始めます

千代:おばあ様…おばあ様……!

ナレ:意を決して家の中に飛び込んだ千代が見たもの…それは、ぐしゃぐしゃの髪と着物姿で身体を震わす祖母と、祖母と仲のよい猟師…そして、床に倒れ血を流す男の姿でした

千代:おばあ様、これは一体

祖母:千代ぉぉ…!

千代:落ち着いておばあ様

狩谷:もう大丈夫だから、美代子さん

千代:狩谷のおじ様、これは一体

狩谷:わからない…美代子さんの叫び声がして慌てて家に入ったら、知らない男が美代子さんに覆いかぶさっていて…持っていた猟銃をとっさに引いたら…見事に命中してしまって…

千代:この人…息があるの…?

狩谷:いや…もう死んでる

千代:そんな……

狩谷:美代子さん…暴漢か

祖母:ええ…まさかこの歳で襲われるなんて…

千代:おばあ様…そのお着物

祖母:…ああ、これ?昔着ていた着物を久しぶりに出してみたの。ほら、千代がいつも赤い着物ばかり着ているから繕(つくろ)って渡してあげたくて。でも…羽織っていたら男がいきなり現れて

狩谷:もしかしてこの男は…その色味で美代子さんを若い女性だと勘違いしたのかもしれない

祖母:そんな…

狩谷:ところでこの男…どこの誰なんだ

祖母:わからないわ、知らない人よ

千代:私、確かめてみるわ

祖母:千代、無理をしないで

千代:大丈夫よ、おばあ様。…えっ…

ナレ:倒れている男の顔を見た途端、千代の顔は真っ青になりました

千代:あ…あ……

祖母:どうしたの、千代!?

千代:この人………知っています

祖母:えっ…本当なの?

千代:はい…反物(たんもの)屋の……大神様です

狩谷:大神?大神って……あの大神恭介か

祖母:狩谷さん、この人を知ってるの?

狩谷:ああ。私の姉さんを弄(もてあそ)んだ挙句(あげく)ゴミのように捨てた男だ。他にもこの男のせいで不幸になった女性を何人も知っている

祖母:そんな…

狩谷:なるほどつまり…着物から若い女性だと決めつけ、手籠(てご)めにしようと忍び込んだが…当てが外れ叫ばれ、おまけに僕がやってきてしまった……そういうことか

千代:この人…女に不自由してなかったはずです

狩谷:だから今回もうまくいくと過信して忍び込んだんだろう。この男ならやりかねん

千代:そんな

祖母:それよりも…どうしましょう。邏卒(らそつ)が来てしまったら、狩谷さんが捕まってしまうわ

狩谷:人を殺(あや)めてしまったのだから…大人しく咎(とが)を受けるしかない

祖母:そんな……狩谷さんは私を助けてくれただけなのに…

千代:……何もなかったことにすればいいのよ

祖母:え

千代:おじ様、剥製(はくせい)を作るのお得意でしたよね

狩谷:あ、ああ

千代:人間を解体することはできますか

祖母:千代、何を言って

千代:おじ様は悪くありません。悪いのはこの人…女となったら見境なく自分のものにして…こんな人の為におじ様が咎(とが)を受ける必要はありません

狩谷:千代ちゃん……分かった、やろう。美代子さん、水場を借ります。斧(おの)か鉈(なた)はありますか

祖母:裏の倉に

狩谷:借ります。それと千代ちゃんは、大きな石を集めて来てくれ。………街の外れに誰も使わない古井戸がある。あそこに捨てに行こう

祖母:なら荷車も出すわ

狩谷:頼みます、それと使わなくなった風呂敷も何枚かあれば

祖母:ええ

ナレ:狩谷が大神の身体をばらしている間に荷車で大きい石を集めてきた千代と祖母。3人は手分けをして風呂敷に大神の身体と石を詰めて行きました

千代:あ…頭は私が

祖母:千代、大丈夫?

千代:ええ…私にやらせて

ナレ:千代は大事そうに頭を抱え、ひとなですると…その血の気の無くなった唇に口付けを落としました

千代:さようなら、恭介様

祖母:……

ナレ:全てを包み終えた3人は荷車に遺体を乗せ移動すると、井戸の中に一つ一つ落としていきました。途中何かを言おうとした千代でしたが

千代:おばあ様

祖母:なに?

千代:……ううん、何でもないの

祖母:そう……

ナレ:それ以上話すことはありませんでした。無事に誰にも会うことなく遺体を沈め切った3人は、永久の沈黙を約束しその場をあとにしました

ナレ:それから数日、街では反物屋の息子がいなくなったとちょっとした騒ぎになっておりましたが、誰もが「またどこかで女の尻でも追いかけているのだろう」とさして気にも留めませんでした

千代:ふふっ…あなたの日頃の行いのせいね、恭介様。これでもう、あなたはずっと私のものよ…愛してるわ

ナレ:千代はあの日以来暇を見つけては古井戸に通っています。みんなの「赤い着物のお嬢さん」は今日も井戸の傍で可愛らしく笑っているのでした。おしまい

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大正赤ずきん 5人用台本 ちぃねぇ @chiinee0207

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