平和か戦争か〈8〉
アリアとレチタティーヴォ。
宮廷オペラにおける、二つの語り口である。
(いや、まさかそんな)
ラグナルスも脳内にその知識は存在している。ヴィッセンブルクに在留していた時、何度か大劇場に足を運び鑑賞した事もある。
だがよもやそれを男女の生き様として表現するとは、思いもしない事であった。
「如何です伯爵殿。余興でしたが、お気に召しましたか?」
アデライザがそれまでの立場とは一転して、会話の主導権を握る。
この空間の支配者は彼女である。
「ハッハッハッハッ!お手上げです。帰ったら報告書を纏めねばなりませんな。差し詰め『ノルデント人は幼少期より宮廷に生きる武人である』など、どうでしょうか?」
「それは良いことを聞きました。それが本当ならば、きっと我々も、ケンブリスも、一様に『侯爵』として大っぴらに動けますわ」
大陸内にノルデント人が治める領域は二つ存在する。
一つが王国に忠誠を誓うグイスガルド侯国。
もう一つが二大国に忠誠を誓いつつも、優先的に従うのはあくまで帝国に対してという姿勢を貫くケンブリス侯国。
だがこの二国は「侯国」と呼ぶには、少々経済規模が小さい。
というのも、これは改宗した異民族に対する王国側の融和的方針、即ち実力で支配している現地支配者に対して、ある程度高めの爵位を授けることで懐柔しようという発想に基づいたものである。
しかしその後一波乱あったことで、ケンブリスは帝国に忠誠を誓う結果とはなったが。
「それは少々高望み、強欲というものでは?」
「はて、其処まで強欲でありましたか?高利貸しにまでなったつもりは有りませんが」
正教の教えの中には物質的価値や不労所得を憎悪するかのような章句がある。
それ故に金貸しは嫌われる。
…いや。
書いてなくても自らの懐が淋しい時に取り立てに来るのは嫌われるだろう。
「そうですな。私の早とちりでした」
「ええ。ですから先程の提案も早とちり、ですよね?」
「…その通りです。我々はグイスガルドという島を目指して、夜も明けぬというのに出航してしまう所でした」
…手玉に取る、というよりかは対等に立った。
ラグナルスにはアデライザとカールマンの立ち位置がそのように思えた。
ふと手汗や頬を伝うような冷や汗が先ほどまで出ていて、それが止まったことに気づく。
杯を傾けて酒を一気に流し込む。
今までは緊張感と場の圧に押されていたのかもしれない。会話を眺める傍観者の立場となったことで頭も自然と冴えてきた。そういった感覚が湧いて出る。
「宜しければ、私が船頭となりましょう。海へ出るのに羅針盤どころか、
「至極真っ当な言い分ですな。…してアデライザ嬢は何を櫂として用いるのですかな?」
此処からだろう。今までの提案は全て狼を絶命せしめる「毒」であった。
一度目は猛毒として。
二度目は毒と塩として。
ならば我が妹はどのようにこれを解毒せしめるのか?
ラグナルスも思わず気にせずにはいられない。
「…伯爵殿、最近
「それは先程も申しました通り、上々であると――」
「買い付ける顧客の方々は、増えましたか?」
あぁ、とラグナルスも察する。
鉄や銅、錫といった鉱物は基本的に鉱脈発見者の山師から連なる採掘事業者や商会が管理するが、魔導金属の採掘・流通・加工だけは事業を公営化させることが多い。
それは偏に魔導金属の採掘量が僅かにしかない事、そしてその所有量がそのまま
「貨幣は商人の目を曇らせるが、魔導金属は貴族の目を曇らせる」と、ある貴族が言った事は大凡事実であると言って良い。
魔導金属とは武力の象徴であり、中央の政治的風向を左右する重要鉱物である。
「………これは驚いた。もしや何処かの筋から事前に知っておられたので?」
「いえいえ、推測に過ぎません。…ですが、手の内を明かすのが少々早いのではありませんか?」
少し驚いたような顔をして、アデライザは顔を口に当てる。拍子抜けだ、と言わんばかりの表情だ。
「貴女には早々に情報を渡した方が有益と判断した。それだけの事です」
「恐縮です」
先程の降参宣言も強ち嘘ではないのだろう。
一通り化かし合いが済んだのか、両者共に杯に口をつける。
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