平和か戦争か〈5〉
翌日、ラグナルス・アデライザ・エーギルの三名を載せた馬車は十余ばかりの騎兵に護衛されながらアバドラス平原へと向かった。
辺境伯の陣前に居た番兵は身構えこそするものの、旗印が碧眼の銀狼である事を視認すると、緊張を解して一礼する。一行に下車するよう促し、陣内の一際大きな天幕へと案内をする。
「これより先は帯刀を禁じ、人数も制限させていただきます。宜しいでしょうか?」
「勿論だとも。全身くまなく探ってかまわぬ。ただ我が妹には相応の配慮をお願いしたい」
兵士が天幕入って寸刻、その兵士ともう一人女性の兵士が出てくる。
ラグナルスはその対応に一礼すると、護衛の騎兵を退がらせてエーギル・アデライザの両名と共に身辺を検められる。
(なんと用意周到な事か)
腰に括り付けていた剣を渡すと、衣服の中を弄られる。だが靴底や布の裏地まで調べられるというのは、先の戦で拙い辺境伯軍の用兵を見ていたラグナルスにとっては少々意外であった。
気を引き締める必要があると、再度心する。
アデライザに関しては滞り無く終えたものの、他方エーギルについては一悶着発生した。
「この剣は先代侯爵殿下より授かりしもの。帯刀をお許し願いたい」と言って許可を申し出たのである。
此れに周囲は動揺したが、天幕の内より許可の声が上がると事は収まった。
「非礼をお詫びする」と「暫定主君」らに礼して剣を佩く。
一同は中へと招き入れられる。
天幕の中には長机と数個の椅子、腰掛けるは黒色の長髪をした礼服の装いをした男が一人。そして机を円で囲むようにして甲冑を着込んだ騎士が数人立っている。
そんな物を着ていては、随分と苦労するだろうに。
ラグナルスは騎士らに対して率直に感想を持つ。
戦場において銃や砲撃といった攻撃力が増したことは、兵士たちに防御力を捨てさせた。
それでも尚、騎兵は鉄の甲冑を脱ぎこそすれ、
しかし少々厄介なのが、魔導金属とは鉄より柔であるのに、対して比重は大きい。
騎士らと長椅子との間隔は三歩か四歩といった所。
魔導とは近距離ならば発動時間が長いために役立たない代物。
即ち辺境伯の身辺を警護するという意味でその甲冑の価値は著しく低い。
礼服の男がその場から立ちあがる。
「これはこれは侯子殿。よくぞ参られました。私はライネスブルクに封じられたカールマンと申す者」
「此方こそ、此度はこのような場に招きいただき感謝の念に耐えません。私は侯子のラグナルスと申します。それと…」
ラグナルスが目線をアデライザへと向ける。
「ご機嫌麗しゅうカールマン殿。私はラグナルスの妹、アデライザと申します。どうぞよしなに」
二人が紹介し終えた所で、背後の革鎧の上から白いマントを羽織った騎士も答える。
「私はこの度お二方の護衛として参ったエーギルと申します」
カールマンは3人に目を向ける。
ラグナルスとエーギルには一刻。
アデライザには少し長めに。
挨拶を受け取ったカールマンは態度を変える事なく、続けて歓迎の言葉を発する。
「さあさ、そんな所で立ちっぱなしも何ですからどうぞお掛けになってください」
これにラグナルスとアデライザの両名は従ったが、他方エーギルは固辞した。曰く両侯子殿下を守らねばならない立場であるからとのこと。
カールマンはその忠義を褒めちぎって快く頷くと、意を汲んだ。
そして天幕の外より三人の従者が入ってくる。一人は席に着く三名の側へ銀の杯を置く。
もう一人は赤紫色の液体を流し込む。
最後にその液体へ水を少量流し込む。
「毒などは入れておりませぬ。一杯、私から飲んで見せましょう」
伯爵は薄めた葡萄酒を一気に腹の底へと流し込む。空の杯を置くと、再び注がれる。
「お気遣い感謝致します。どれ私も一杯飲まねば礼儀知らずというもの」
ラグナルスも杯や液体に目立った濁りがない事を確認してから勢いよく飲み干す。
それを見たアデライザも飲み干そうとするが、酒精にやられたのだろう。半分ほど残して杯を戻した。
「無理をなさるなアデライザ嬢」
先程から視線を何度か不自然に向ける伯爵の姿に、ラグナルスは不信感を募らせるが、他方で感謝を述べねばならない。
「これはとても良い酒ですね。何処の物でしょうか?」
「なんとお目が高い!これは火入れという最新技術で長期保存を可能にした帝国東部のヨアヒムスタルから仕入れた物です」
どうせなら薄めずに飲みたかった、とこの場で感想を抱くラグナルスであった。
帝都留学の折、貴族学生御用達の
古代の哲人曰く、酒精は賢明なる思慮を損なうという。それに帝国人も倣っているためか、大抵の酒は薄めている。
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