平和か戦争か〈2〉
敗北から数日後。
侯国軍は平原に構えた陣を放棄し、グイスガルド城へと退却していた。
敵騎兵の数が増強された今、無策で再び平原での戦いに臨んだ所で勝ち目はないと判断してのことである。
次なる決戦に備えて城内が慌ただしい中、敵の使者がやって来たことで事態は一変する。
「此度はどのような一件で参られたか?」
並々ならぬ敵意を湛えた眼差しが従者によって向けられる中、ラグナルスは冷静な面持ちで詰問した。
使者が傍に中型の箱を置いているが、敢えて中身は聞かなかった。
依然として帰らぬ父の行末を確定させてしまうのではないか、という推測からであった。
「我が主人ライネスブルク辺境伯のカールマン殿下は貴方方に寛大なる措置をお考えです」
「…聞きましょう」
「殿下には講和を取り決める準備が御座います。明朝の教会の鐘がなる頃、我らの陣にて行います。何卒ラグナルス様にご参加なさるようにと」
直後、部屋がざわつき始める。無理もない。
帝国はグイスガルドの領土を跡形もなく踏み荒らすつもりだとばかり考える従士が大半を占めていたためである。
「私はこれ以上の流血を望まないし、辺境伯殿も恐らくそうであろう。そのご提案は受けよう。皆はどうか?」
更にざわつきが大きくなる。というのも、従士団の間では、ラグナルスは未だ侯爵の座に収まってないどころか、従士団の長ですらない。
たった今、ラグナルスが玉座に着いているのは暫定的なものに過ぎないのである。
にも拘らず、意思決定を下した。
「そうですか。それは結構。私も殿下に良い報告が出来そうで何よりです」
「ああ、『
だが従士の面々も声を大にして異を唱えることはしない。彼等とて現状戦争を継続した所で勝利する算段を有していないからである。
加えて、使者が先日の王国側と異なり、慇懃な態度で振る舞っているのも彼等の心証を幾らか和らげていたというのもある。
打算もあろうが、脳内で唾棄するのと直接唾棄するのとでは大きく異なる。
「ではそれもお伝えしておきましょう。それとですが、殿下から此方を返却するようにと伝言を仰せつかっております」
「…これは一体何か?」
遂に来た、とラグナルスは惚けたフリをしつつも覚悟を心中で決めた。
差し出された箱を受け取ると、中身を検める。
……。
沈黙。
「…敵同士とは言え、辺境伯殿には礼を言わねばならないな。こうして丁重に扱っていただけたのだから」
「いえいえ。我らは同じ神に仕える者。そこに貴賤は無いと殿下も仰っていました」
侯子は塩漬けにされた父の首を眺めながら、至極単調に使者へと礼を述べる。
またその礼も、血の跡が丁寧に拭われている事や防腐処理がなされている事から強ちお世辞では無い。
だが従士の面々はこの異様な光景に大層驚いていた。
箱の中身こそ横目からは見えなかったものの、侯子と使者のやり取りからその中身に関しては大方察し得た。
そして主君を亡き者とされて怒りが込み上げないわけがない。
戦うという選択肢こそ無いが、従士団の性質上、彼等の忠義はそれなりのものであった。
もし侯爵の側に控える老獪らが居れば、直接関わってはいない使者に対して理不尽に怒号を浴びせるだろう。
しかし侯子の様子は至極平常心を保っているように思われる。それが彼等にとっては何よりも恐ろしく、不気味にすら思えたのである。
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