第一章 黎明
平和か戦争か〈1〉
『グイスガルド年代記』と冠された著者不明の書物がある。
しかし年代記を謳っておきながら、その記述される時代範囲は極端に狭く、キルデベルト2世からラグナルスという僅か2世代間しか記されていない。
その上、キルデベルト2世とラグナルス統治の前半期については殆どが伝聞に依っている。
だがこの著作は現代における史料調査の過程では、一線級の史料として取り扱われている。
一つにこれが当時の支配層にかなり近しい人物が書いているという点である。叙述の中には「実際に質疑を交わした」という体で書かれている箇所まで存在している。勿論真偽は定かで無いが。
そしてもう一つに上位者賛美の思想が薄い点である。
当時の王侯貴族や聖職者による歴史書が支配統治の正統性を強調する目的で書かれたのに対して、これは失政も含めた当時の状況をただ遺すこと自体を目的とされている。
否。細かく言えば、「遺す」は適切で無い。
現代の学生が新聞に載る時事に対する論説をノートに書き写すのと似ているのかもしれない。
何故ならこの年代記執筆には合わせて三言語が用いられ、母語でないと思われる二言語は年代記冒頭において酷く稚拙な字体であるからだ。
そしてある頁にてラグナルスの人格を部分的に説明した箇所がある。
此処については上位者賛美の意図が明確に見られるため、史料批判は慎重にすべきだが兎も角抜粋しよう。
※※※※※※
私は言いました。
何故殿下は奴隷制や農奴制を是としないのでしょうか?
殿下は仰いました。
人は皆神の下に平等な存在として、上下の隔たり無く造られた。だが何故王国や帝国の法はその摂理を守らないのか。甚だ疑問でならない。
私は問いました。
必要だから、ではないでしょうか?王国も帝国も、そしてこの侯国でさえそれを実行していません。先ず殿下より始めるべきでしょう。
殿下は仰いました。
もしそれが可能ならば、すぐにして見せよう。しかし今は叶わぬ。…一つ話をしよう。
幼き頃、私は父上に奴隷を全員買って解放すれば良いではないか?とお伝えした。
しかし父上は一つの例え話を以て拒否なさったのだ。
「農民は豊かに実った作物で得た給金から来年の種籾を例年より増やして購入する。
商会は物品の売買から得た利潤で新たに支店を開いて規模を拡大させる。
では問おう。
奴隷商は奴隷から得た利益で如何様に動くか?」と。
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