第43話 三度目の約束

「マリーちゃん‼」


 友人の死を悲しみ、祈り続けていたアリスが少年、少女たち、女たちの手で串刺しになったマリーに気が付いた。


 その声でマリーも自身の状況に気が付く。


真理しんり……は、悪魔……だったってこと……」


 そして、いつから勘違いしていたのだろうかと、死を考える前にそちらの疑問が彼女の脳内を埋め尽くす。

 フィフスプリンスの世界なんて、最初から存在しなかった。

 あれは未来の自分が、プチバロアをやって自分だけのRPG世界を作っていたっから、絶大な信用を寄せていた祖母と兄の言うことさえも聞かない自分が、それならばやる気が出るようにと、自分で考えた架空の話。


 そういえば、未来の何処かからやってきた記憶の筈なのに、アレは一度たりとも更に未来の話をしなかった。


 普通、そういう設定なら、自慢げに言いそうなものなのに。


 そして、マリーはアリスが怖かった。

 でも、アリスは怖くなくなった。

 最初、どうして彼女が怖かったか、それはどこの馬の骨かも分からない存在で。

 出てくる度に、見た目も名前も何もかもが違うから。


 では、いつアリスが怖くなくなったのか。

 彼女が誰か分かったからだ。


 だが、アリスが怖いという考え方が間違っていたとすると。


 アリスとは、どこの馬の骨化も分からない、平民の何かを指していたのかもしれない。


 今回がたまたま、アリスが目立っていたというだけで。


「私見たもん」「僕も見た」散々言ってくれる。

 でも、確かに。マリーは下々の者を見ようとしなかった。アリスと仲良くなったのも、彼女がどういう存在か、実は巨大な権力を持つ誰かだと分かった……から。


 いや、そもそも。


 既に古い世界は終わりを告げていた。群衆が立ち上がり、過去のしがらみを打ち壊して、何にでもなれる時代が始まろうとしていた。


 確かに、そんな時代が来るとあの時に言われても、王妃になった後に言われても、そんな時代は前代未聞過ぎて唾棄していた、と自分でも思う。


「おね……がい……。私、まだしにだくだい……。あり……す。あたしを……たすけ——」

「ゴメン……。出来ないよ。だって、……だってマリーちゃんの上に悪魔が……」


 そう、最初から。ずっと言っていた。真理はマリーであり、マリーは真理。そしてマリーはあくまでマリーであると。


 だったら……、私はどうすれば良かったと言うの⁉


 そんなこと。分かっている癖に。


 自分を真理と呼ぶ悪魔が言ってきそうな言葉。


 今までの出来事で一番不満を、いや恨みを募らせていたのは、王でも貴族でも教会でもない。

 常に食糧が不足していた端境期に、彼らは彼らの為だけの戦を始めた。


 そのせいで、一体どれだけの平民が犠牲になったことか。


(嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ‼せっかくここまで来たのに‼あたしがどんな思いで……)


 そして、ここでマリーは覚醒する。

 今までと同じように覚醒する。過去の記憶を全て取り戻して、明日へとつなげるのだ。


 だから、既に感覚のなくなった足で懸命に踏ん張って、彼女は真っ黒な陰に手を伸ばす。


 もう一度、今度は間違えないように。


 しかし、今回は今までとは違っていた。


「もう止めて、マリーちゃん!おかしいよ!どうして……、どうして悪魔が——」


 その瞬間だった。

 アリスの体は金色に輝きだした。そしてマリーの周囲は黒く染まっていく。

 まるで彼女がマリーの黄金を吸い出しているように見えた。


 そして。


『もう、良い。もう何度目になる。お前は強欲のシンか。また、わらわの子供たちを誑かしおって。』


 アリスは東の教皇の血筋である。教皇は神の代弁者である。


「アリ……ス?」

『お主もじゃ。全く、罪深い人の子よな。既に体が悪魔と同化しておる。罰として、お前はそのまま朽ちていけ。』

「え?待ってください。マリーちゃんは——」

『もう三度目じゃ。わらわはもう飽いた。アリス、其方はわらわの代弁者。ならば、語り告げ。そして再度約束せよ。』


 神はアリスと交互に話をしている。その間にもマリーの意識は遠のく。だから彼女は悪魔シンへと手を伸ばす、が。


『ぐぉぉぉぉぉぉ。ひ、ひっぱられるぅぅぅ』


 シンの体は空間から現れた無数の光の手によって、バラバラに引き裂かれた。

 だから、マリーがこれまで繰り返してきたことが、ついには出来なくなった。

 そんな死にかけの女を無視して、女神エメラスは周囲を観察する。


 そして。


『アリス。安心せい。ここで死んだ者は救済してやろう。』

「え‼よ、宜しいのです……か?」

『勿論じゃ。わらわの子供たちじゃからの。ちゃんと救ってやる。いや、送ってやるの間違いか。聖典を破った者はどうなるか、約束はしておったはずじゃが?』


 その瞬間、地面に横たわった人間達が黒いヘドロに変わって、地面へと吸い込まれていった。


「エメラス様‼」

『アリス。三度目の約束じゃ。これより先はないと思え。そこに見えるのはわらわの代弁者を騙る者どもか。せいぜい、長生きをするが良い。死後、どこへ行くかはよく分かっておるじゃろう』


 つまり、三度目の約束がここで交わされた。


 その頃にはマリーの目からは生気が失われていた。


 そして、彼女の魂は。


 贖罪の地への道も閉ざされてしまう。


 既に、考える力をなくした悪魔化した魂は、アリスの目からうっすらと消えていった。

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