第42話 真理との契約

 埃まみれの石牢、歩く度に雑菌塗れの粉が舞う。


 ——いつから勘違いしていた?


 薄暗い牢獄の中の更に暗闇から、その声は聞こえた。男か女か分からない声。中性的という意味ではなく、本当に分からない声。


「勘違いなどしていません。世界の中心はわたくし!神のもっとも愛されしベルトニカの妃です。それに貴族でもブルジョワでなく、平民が世界の中心などあり得ません。これも何かの間違いです。」


 ——成程、やはり認めぬか。ワシを見ることが出来る以上、人間離れした魔力は確かに逸材。そう思っても仕方ないか。


 目の前には壁しかない。甲冑を身につけていた男たちは、ついに女がイカれたと思っている。気持ち悪いから近づかないくらいだ。


 ——それで?その力で延々繰り返してきた感想は?


「最悪でしたわ。唯一良かったとすれば、詐欺師が持っていたグリモワールが本物だったこと。そのお陰で私はやり直すことが出来た。ま、その度の死など、私には苦痛でもなんでもありませんが。」


 ——ほう。その割には悪しき力がみなぎっているが。


「当たり前よ。なんで私があんな死に方をしなきゃいけないのよ。この世界の人間は全員、地獄に落ちるべきだわ。」


 魔女としての才能が発揮されたのは、死の直前。

 彼女は意識を過去に飛ばすことで、いくつかの過去を繰り返していた。

 そして、首飾り事件で捕まった時、女は魔導書を手にすることが出来た。

 カルロスを頼ったこともあったが、アレは頼りにならず、結局魔導書を見つけ出して、それを極めていった。


 ——上手くはいかぬようだが?


「……自分でも分かっているわよ。この悪魔!」


 だが、記憶を飛ばしたところで、過去は大きくは変わらなかった。

 自分の周囲の環境は変わったが、結局死ぬ未来は同じであった。

 その記憶を口外して、異端者として火あぶりにされたことさえある。


「問題は私なの。なーんか言い辛いけどね。……考えてみれば当然よ。私は御婆様や兄上の忠告に対して、ずっと意固地になっていたんだし。あのロイがしっかりしてれば別だったんだけど、全然頼りにならないし。彼も処刑されるって教えてあげたのに、私だけを異端審問にかけたのよ?信じられない。」


 尊敬している祖母と兄、二人の忠告を無視する自分はやはりプライドが高すぎた。

 だから、自分の記憶を送ったとて、それは同じ。

 そんなわけないじゃない、と気軽に考えて行動する。自分の事だからよく分かる。


 ——そして、我の召喚に成功したか


「えぇ。地獄のような日々でね。ランスロットは私が媚びへつらう姿を見せたら、何でもしてくれたわ。反吐が出るような毎日だったけれどね。っていうか、何よ。あんたなら、良い知恵が浮かぶんじゃないの?ランスロットはドルイドに伝わる偉い神様って言ってたわよ?」


 ——以前はな。だが、お主の魔力と儀式を用いればあるいは


 マリーは困りきっていた。13歳で王子と婚姻した自分は、義父の寵姫政治に辟易して、半分自暴自棄になっているのだ。

 未来の記憶が入ったとて、それは所詮自分でしかない。

 そういう悪夢と思って処理することも、実際にあった。


「その為に私はあんたを呼び出したのよ。流石にかなりカツカツなんだから、早く最善策を言いなさいよ。」


 ——その傲慢が今の全てじゃと、ワシは思うのじゃが。まぁ、良い。それならばワシに良い案があるが……。その代償をお主が用意できるかどうか。


「出来るじゃない。やれる条件を考えるのよ。これをアンタが出来るかどうかは分からない。でも、それしかないという条件があるのだけれどね。」


 ——ほう。申してみよ。条件は厳しくなるがな。


 そして、これがこの物語でのマリーへと繋がるものだ。


「まず、結婚という牢獄にいてはいけない。何もしないと、今回みたいなことになるしね。……それから、私として記憶に入ってはいけない。この二つが揃えば、私なら絶対にうまくやれると思うのよね。」


 つまり。


 ——気に入ったぞ。傲慢もここまでくれば清々しい。ワシに良い案がある。ワシがお主と融合して記憶を伝えれば、それで解決じゃろう。結婚についてもどうにかしてやる。例えばだが……


 すると、ここのマリーは両眼をひん剥いた。


「ここから遥か東方の国の近未来?……そこでのゲームの中って設定にする?そんなバカげた……」


 いや、なるほどなかなか面白いと思った。


「御婆様の忠告もお兄様の注意も私は聞かなかった。……でも、プチバロアよ!私、信じるかもしれない。ん-。でも押しが足りないような。っていうか、その誰かもしれない人間の言葉に耳を貸すかしら。」


 ——笑止。今のワシの立場を忘れたか。我はお主らが言う、【真理しんり】であるぞ。


「‼……真理しんりか。黒魔法に嵌まっていた私なら多分、いや絶対に信じるわ。それじゃあ真理。その世界で多くの血を、エメラス教の血を流せば良いということね。」


 あとはあの夢へと続く。


「貴女の肉体を助けることはできませんが、貴女の魂は助けることが出来ます。何か、懺悔をすることはありますか?神エメラスはきっとお許しになってくれるでしょう」


 そんな彼女、マリーは彼に言った。


「少々、やりすぎてしまったかもしれません」


 戦争を引き起こす計画はやりすぎ。……でも


「そうですか。そうでしょうね。ですが、私が祈りましょう。貴女の罪が許されるように——」

「これはロイが研究に携わっていたもの……ね。途中で止まってしまわぬように、斜めにしたのでしたっけ」


 あれがもっとしっかりしていれば、こんなことにならずに済んだのにと。

 とにかく頭にくる、ギロチンである。


「トルリアの魔女が出て来たぜぇ!」

「見て、悪魔のあの髪。どれだけ金貨を食べてたんだろうねぇ!」


 下民がマリーを嘲笑する。あれが実はこの世界の中心だと真理しんりは言った。

 だがどっちが悪魔か、今となっては分からない。

 だから、彼女は愚かな群衆に向けて吐き捨てる。


「この悪魔ども。次こそ地獄に落ちてしまえ」


 その瞬間、骨が折れるほどの力で背中を押された。実際に折れたかもしれない。

 既に複数の骨は折れているからよく分からない。

 そして、間もなく体が固定される。

 更に、マリーの言葉に怒り狂った民は殺せ、殺せと合唱を始め、投石する者まで現れた。


「パリーニに集まった紳士淑女のみなさん!投石は止めてくだ……、——駄目だな。さっさとやっちまおう」


 兵士もどきの声に彼女はついに死を悟る。

 そして、最後に彼女が紡い言葉は——


「私は絶対に悪くないんだから……」



 …………


 …………



 ここでお腹から何本もの槍を生やしたマリーは目を覚ました。


 世界の……中心……、これが……

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