第41話 私、そろそろ終わりたいと思っておりますの。
マリーは神代の戦いのような地上の有様に目を細めていた。
そして、同時にどこで止めれば良いか、とも考えていた。
(やはり、それぞれの王家は皆強い。それに押しているのはやはり原初派ね。ジークフリートの狂戦士魔法は思ったより効果が出ていない。あと、あいつは何をちょろちょろと……)
北方の神話で持て囃される
神話が最初なのか、それとも当時の司祭が作った都合の良い後付け設定なのか。
「エメラス教の方がお手軽ではあるけど。殉死して聖人になり、教会の像として永遠に人々に崇められる。それを本気で希望する人間もいる。このベルトニカの王にもいたんだっけ。」
当初集まった兵士の大半は死んでいる。殉死か英雄死かは知らないが、9割以上死んでいるのは間違いない。だが、それでも戦場は拮抗しているし、王子もまだ生き残っている。大人たちが撤退してきて、それぞれが安定し始めているのだ。
「なんだかんだ。後三日しかないじゃない‼私はその日、ロイも皆!……その日で成人になってしまう。流石に王は死んでるんでしょうから、あいつが王になってしまうじゃない。そしたら、絶対に私は殺される!何か、良い方法は——」
「マリー様‼」
結局、パリーニの修道院に戻ってきてしまったマリー。彼女は突然声を掛けられて、両肩を跳ね上げた。
「ど、どうしたのアリスちゃん。戦況に変化があったの?」
嬉しそうな亡国の姫君に怪訝な表情を浮かべてしまうが、少女は尚も嬉しそうにこう言った。
「戦争が終わるんです‼教皇猊下が間に入ってくれることが決まったんです‼」
「え⁉……どうして猊下が?だって、この戦争は……」
「播種期ですよ!もうすぐ播種期。つまりメラミ様の祝祭です‼明日です!明日猊下がローヌ川にお越しになられます‼」
「そ、そうなのですね。……それは良かったです。」
マリーは痙攣しそうになる頬を奥歯を噛み占めて殺し、どうにか笑顔に見える顔で返事をした。
「そうなんです!マリー様に一番に知らせたくて!では、私は他の方に教えてきます!」
すると、姫君はそのまま踵を返して、最奥の間から走り去った。
そういえば、そんなことをするのも教皇だった。
国同士の争いに口は出さないが、落ち着きそうになったところで仲裁に入る。
そして、祝祭が終われば再び戦いが始まるという、よく分からない仲裁。
だが、今回は意味が分からない。
「聖戦ってことになってんのよ?どうして教皇が止めに入る……」
いや、そもそもどうだったか。
ずっと忘れていた言葉がある。
大カテジナは同じ神を信じる者同士が戦争をしてはいけないと言っていた。
ラングドシャ家の英雄が言っていた。……それなのに。
どうして。
私は戦場に向かうのだろう。
死にたいから?いや、死にたくないからだ。
だから、私は外套を手に取って、誰にも見つからないように修道院を飛び出した。
「全てはこの為に……」
自分の口が言ったのか、私には分からなかった。
けれど、やるべきことは分かっていた。
「真理が教えてくれたのよ……」
真理が言うには、私は死ぬ運命にある。そうでなければ、ここまでしない。
戦場の場所は分かる。どこが中心か分かる。
腐臭が漂い、焦げ臭さがし、魔力の残り香のその先。
「うううう……、死にたくないよぉぉぉ」
死の恐怖を越えて行けば
「寒い……、暗い……、何も見えな……」
死を迎える屍を越えて行けば
「な……。マリー……?」
「お前……」
そこで私は気が付いた。
「なんてことはない。みんな死にかけじゃない……。王族しか残っていない。それに魔力も殆ど残っていない。これが膠着していた理由……。ふふふ、あっはは‼」
戦場で笑い出した私を見ても、誰も私に何もしてこなかった。
もしかしたら、頭が可笑しくなってしまったと思われたかもしれない。
「……でもいいの。関係ないの。ジーク、ランスロット。首飾り事件は覚えておりますよね?
自分でも何を言っているのか分からない。
ただ、ジークフリートもランスロットも、訝しむような顔の中に、うっすらとだが迷いの感情が見て取れる。
それはその通りで、その事件は既に起きているが、私は知らない筈ということ。
正確に言えば、その事件が起きた時の私は知っていたが、今の私には関係ない話。
「マリー。お前、頭どうかしたんじゃねぇのか?」
「そうそう。カリオリはただの詐欺師だよ。まさか君が知っているとは思わなかったけど」
そう、ただの詐欺師だった。錬金術師と言って、北へ南へ東へ西への盗人である。
だがその男の言葉を真実として喧伝し、私を嵌めたのも事実だった。
「でも、いいの。あの男が持っている魔法具の一つは本物だったから。」
死屍累々、既に白骨化している遺体もある中で、魔女は踊る。
——私は私が知らないことを知っている。だって。
【
「フィフスプリンスを殺せば、私は助かるの。だから——」
「マリーちゃん‼」
私は全身を硬直させた。今日のドレスは動きにくいものだったし、ここまで走ってきたから体の節々が軋む。
「……今、何をしていたの?私、魔力を感じたんだけど」
私の後をつけてきたの?世界の中心だから?……でもね。
「そうなの。……私、強い魔力を感じて。そしたら……、——みんな、死んでいたの」
既にみんな死んでいるの。だって、そうでしょう?
私を誰だと思っているの?
真理と共にある私が負けるはずないじゃない。
「へ……。みんな死んじゃった……の?」
「アリスちゃん!お願い!奇跡を……、奇跡を起こして……」
きっと見られていない。いや、アレは見えない筈だ。
そしてアリスは東メロウ帝国の皇帝の血族。ならば、細心の注意を払って。
「私……が?今から奇跡……を?……分かった。白……魔法だよね。聖典に載っているあの魔法を……」
「そう。みんな、魔力が枯渇しているみたいだから、慎重に。……でも、アリスちゃんの魔力も心配だから。……助けられる命をちゃんと見極めて」
世界の中心は殺してはならない。だって、その場合は未来が読めないから。
あと、三日。それを過ぎて問題なければ、殺してしまって良いかもしれない。
いや、彼女は生かしておくべきだ。
だって、私は勝ったのだ。彼女は呪い殺された遺体を祈っているだけ。
万が一にも疑われない。ずっと彼女を監視していたのだ。
(だから、私の勝ち。私を殺したいと、慰み者にしたいと、罪人にしたいと思っていた男たちは死んだ。勝手に戦って、勝手に死んだ。たはっ‼こんなに愉快な事ってある?プチバロアのゲームでもこんなに爽快なことはなかった。私は、私はついに……)
アリスは目の前で泣きながら祈っている。
つまり、彼女にはどうにも出来なかった。
だが、問題ない。この後、トルリア軍が来て、アリスの素性を明かす。
そして焼け野原から、私たちは敬虔な信徒として——
「再スタート。その為にもアリス。私と共に……、……え?」
目の前に五人の男の死体がある。一人はとっくに死んでいたから、衣服でしか判断できないが。
そして、アリスの姿もある。これで全員分。
だのに、どうして。
全身が打ち震える程の痛みが走るのか。
「この、悪魔め!」
「私、見たんだから!このおばさんが司祭様に矢を放っているところを‼」
知らない声が、知らない子供の声が聞こえて来た。
だから、私は痛みに震えながらゆっくりと首を後ろに捻じ曲げる。
だが、そこにいるのは知らない子供。
ラングドシャの人間だとか、教会の人間だとか、学校の人間だとか。
そういうことでもない、本当に知らない子供。いや、子供たちか。
何人いるかも分からない。次々に私の腹から槍の先が突き出てくるのだから。
——いつから、勘違いしていた?
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