第40話 世界の中心は最後の役目を知っている。

「おいぃ‼どうなってんだよ‼」


 ジークフリートは馬上で振り返り、後ろで馬と共に倒れた部下を見て叫んでいた。

 自国に伝わる神話の魔法だけでなく、見たことも聞いたこともない魔法まで飛んできた。

 そのせいで遊撃隊は意味を成さなくなってしまった。


「……そう、信じているんでしょ。教皇は神の代弁者。何をやっても赦してもらえるから、何でもあり。信じる者は救われるのかもね?アーケインが死んだことで、色々吹っ切れたらしい。」

「アーケイン先生……。最初のあの一撃で、か?」


 ジークフリートの顔に急に影が差した。遊撃隊であった彼の役割は長弓で怯んだ敵を一掃する奇襲作戦。

 だから、彼の位置からは見えなかったのだろう。それはそれでランスロットにとってはガッカリなのだが。


「改革派が保守派に掃討されるなんて、昔から変わらないよ。それでも僕たちはここまで頑張ったじゃないか。……それに要はこの戦で死ななければ」


 ただ、ここで。

 力の均衡を外交政策に掲げる、勿論自国の利益の為だが、その国の王子は上がりそうになる口角を抑え込みながら、彼にこう告げた。


「そういえば北方神話にはヴァルキリーって話があるんだっけ?……もしかしたら、その魔法具もあったりとか」

「……歌劇にもなるくらい有名だ。あるに決まっている。だが、あれは俺の意志だけだと決めきれんぞ。」

「大丈夫。やっと報告が来たよ。不沈艦隊は沈没だって。なんか、僕がバカみたいに思えちゃう報告だけど。」

「なーる。まぁ、不沈艦隊なんて馬鹿げた名前を付けた奴のせいだろ。……俺は今から親人とこ行ってくる。あっちが死ぬ気ならこっちもその気にならねぇとな。」


 間違いなく、ジークフリートは王の器だろう。

 歴史本を開くと、内政に努めて何事もなく人生を終わらせた王より、戦いで武勇を誇った者の方が偉大な名がつけられることが多い。

 だから、彼がこの戦で活躍すれば、太陽王なんて呼ばれるかもしれない。

 それくらい、彼は王に向いているのだ。そんな彼が去り際に言った。


「ランスロットぉ‼お前もさっきのやつ、また頼むぞ‼」


 赤毛の黄金鎧はそのまま駆けていった。あんな甲冑を着た人間を乗せて走れるなんて、やはり馬とは物凄い力を持つ。


「俺達が向かうのは黄金の国だ。だけど……、てめぇら‼こういうのも大好きだろ‼」


 あの魔法のせいで当時のグラトン島はめちゃくちゃになった。

 でも、それは昔の人が憤れば良い話、今のランスロットには関係ない。


勇敢なる戦士の狂騒曲ワルキューレ・フラッグ


 随分薄くなってしまった血のせいで、本来のエインヘリアルの力は発揮できない。

 だが、祖国の為に勇敢に戦う行為は、結局どの神話、どの宗教においても、神の寵愛を受ける。

 ジークの金色の瞳が宙に金糸の残像を残す。彼が降るは古の魔法具。

 そして、彼が駆ける白馬は空を駆け、幾何学模様で描かれた旗は戦士の前に虹を架ける。

 先には、彼らの祖先が崇めた神がいる。アスガルドが彼らを待っている。

 巨大なフィヨルドと活火山に潜む巨人が眼前に映る。


「行け‼ノーマンの誇りを思い出せ‼」


 勇敢な男たちは死という概念を忘れた。どれだけ勇敢に戦えるかしか考えないバーサーカー状態。


 こんな奴らが太古の昔にやってきたのだ。あらゆるものを失っていてもおかしくない。


「……羨ましい限りだね。あ、僕の父上にもあんな血が流れてるんだっけ。うーん。」


 青年は皇帝を目指す赤毛の男を見送った。

 馬具自体も魔法具だったのだろう、空気を草原と同じように駆けている。


「あの馬が僕の故郷に伝わるアンヴァルなのか、ジークフリートの故郷に伝わるスレイプニルなのか。ま、母上の血を濃く引き継いだ僕には関係ないかな。」


 だから、彼が思うことは一つ。


「北方ノーマンはメロウ帝国の支配から免れたからかな。まぁ、その後はエメラス教に呑み込まれるから、どこか似通っているんだけどね。でも、羨ましい。……それに比べて、僕の祖先のミルテ人は早々に文化を失ったしね。」


 遥か昔の話だが何百年も、支配を免れていたのだから北方の神話は多く残されている。

 それに比べて、自分たちの神話は。

 一番有名な騎士王の物語でさえ、エメラス教と司祭と共に悪を打ち倒した話なのだ。

 殆どの神は妖精の丘に移住してしまった。いや、妖精の如き存在に矮小化されてしまった。

 だから、彼は疑問に思う。どうしても思ってしまう。


「マリー。どうして君はそんなにも悪魔じみているんだい?それもミルテ人ではない君が。何故、僕たちの神話の魔法具をそれほどに扱える?……やっぱり君は」


     ◇


 遠くから見ても、近くから見ても、世界の終わりが来たと直感するだろう。

 勿論、人間の命は一つだから、既に絶命している者の世界は終わっているのだけれど。


「どうか……。あの人たちを御救い下さい。どちらも神エメラス様の為に戦っているのです……」


 男たちは戦っている。ここへ逃げ延びた者も、食糧を求めて戦いに身を投じる。

 女たちも子供たちの食べ物を求めて、夜に兵士のテントに潜り込む。


 そこは飢えた者にとって黄金郷だった。異国より持ち込まれた食べ物に溢れていた。

 酒も樽の数を数えられないほど、大量にあった。

 庶民にとってはこの国が全てであり、小麦は育ちにくい世界しか知らない。


 戦場という地獄の中に天国を見つけて、死んでいく者さえもいる。


「アリスちゃん。祈りはそこまでにして、お茶をしましょう。お菓子もあるって!」


 ベアトリスが祈りの少女に声を掛けた。

 彼女の為の食料はある。


「トルリア軍がいっぱい持ってきてくれたんだから」


 ついに六つ目の国がベルトニカへやって来ていた。

 やって来て早々に、皇帝ヨーゼフは言った。


「地獄とは聞いていたが、これほどとは……。古代リーシャの哲学者が言った、魔法で滅びた国は本当にあった、ということだろうか……」


 それを聞いた彼の妹はこう答えた。


「むしろ、神話の世界ね。各国がどれだけ魔法具を溜め込んで来ていたのか。そしてそれをエメラス教が封じていたか、ということよね」


 冷静に分析するマリー。彼女の表情に安堵が見えるのは、兄と再会できたからだろうか。

 アリスの記憶では戦いが始まった時には、あの表情だったように思えたのだが。


 爆雷の音と、微かに聞こえる悲鳴と言うか断末魔。

 マリーはそれを目の当たりにしても、目を逸らすことをしなかった。


 彼女が異常だから?

 だが、アリスはそうは思わなかった。彼女は自身の無能さを悔いていた。


「私にできることがあれば良いのですけれど……」


 ここまで来て、アリスも自身の素性を疑わなくなっていた。

 左手の甲に、聖典で見たことのある刻印が浮かんでいる。皮膚に描かれているのではなくて、本当に浮かんでいるのだ。


「大丈夫!アリスに出来ることは最後にやってくるのよ!」


 ふわりと柔らかな暖かさに包み込まれた。

 だが、それが体温のせいか、熱いのか、全身から汗が止まらない。


「私に出来ることがあるの?」


 ただし、その言葉は魅力的だった。こんな自分に出来ることなんてないと思っていたから。


「そう。なんたって、アリスは聖女様よ。今はまだ無理だけど、もうすぐ魔法具も魔力も尽きると思うの。そこからがアリスの出番。傷ついた人たちを癒すのよ。アリスは白魔法、得意だもんね。……奇跡を以て、皆を導くのよ。」


 彼女を救う言葉だった。それと同時に恐ろしくもあった。やはり彼女も自分を利用しようとしている。

 ただ、使われ方は悪くはない。皆を癒し、導くことが出来るのなら、ここに居る意味がある。


「うん。ありがと、マリーちゃん。私、最後の最後に頑張るね!」


 最後の時まであと少し。

 大地は揺れ、空が割れる戦いはもうすぐ終わる。

 

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