第39話 異教の魔法具

「へぇ。やるねぇ……」


 銀髪の青年は軽装のまま、馬に乗っていた。そこで一度、頭上に悪しき力を感じていた。

 自分の所に来てくれると思ったら、途中で軌道を変えて川の向こうに飛んでいった。

 飛んでいった方向にはマルチス王国軍が居た筈。そして、その後攻めてきたということは、大切な人間を失ったと考えられる。


「アーケイン先生の方が彼女の好みだったのかな?」

「ランスロットぉ‼」


 青年が面白おかしく、殺し合いを始めた一画を見ていると、横から馬のいななきと共に赤毛の男が声を掛けた。

 ランスロットとは対照的に白く輝く鎧を着ているのは、帝国の皇子ジークフリート。


「今、攻撃をしたのはお前か?ってことはグリトス海での戦いは——」


 黄金の瞳を歪ませて、男は悪い顔をした。

 ただ、ランスロットは肩を竦ませ、同時に彼に対して幻滅をした。いや、彼女への感動の方が大きいか。

 彼の黄金の瞳はタダのお飾り、味方さえも自分が黒魔法を使ったと思っているらしい。


「まぁ、そういうことにしておこうか。君もある程度確信をもって、ここに来たんだよね?」

「あぁ。親父たちが合流を果たしたからな。ホラン地区の海は問題ないってよ。さぁ、今こそ教皇の犬どもをぶっ殺そうぜ‼」

「そうだね。あれだけ人数集めて、どうして攻めてこないのかって感じだったしね。……まさか罠の一つも用意していないってことかな?」


 川の向こうで、ジッと待機している陸戦最強軍はある意味で不気味だった。

 そも、あちらに待つ理由はない。貴族とは王族とは戦って領地を守る、もしくは領地を奪うものだというのに、彼らからはその気概が感じられなかった。

 現時点で、領地をかなり奪われているのに、だ。


「今更、怯えてたんじゃあねぇの?よっしゃ!時は来たってか?大虐殺の恨みを晴らしに行こうや‼」


 ジークフリートは戦う気満々だった。

 教皇が背後にいる原初派と彼は違う。彼が欲しいのは格である。

 アリスを手に入れれば、彼はカイザーの名を本物に変えることが出来る。

 新教派は象徴を手にすることが出来る。


「ランスロット!ちゃんと約束守りやがれよ‼」


 そう言って彼は駆けていった。ここはあちらとは違い、利益の共有が出来ていた。

 ジークフリートはアリスを、ランスロットはマリーを。

 そして、不自由を正義と言い張る原初派の力を削ぎ落す。

 後は、ノイマール公からの連絡を待つだけだった。


「あぁ。分かっているよ。マリー、君にお株を奪われちゃったけど、ちゃんと僕たちも準備はしていたんだからね。」


 そう言って、島国の王子は右手を上げた。

 その瞬間、川の浅瀬を渡って来ていた兵士がバタバタと倒れる。

 グリトス軍は横一列に並んだ単純な陣形を取っていた。そして、両翼には長弓隊を配置している。

 中央にランスロットと、黒い鎧を纏った家臣軍がドンと居座っており、ここを狙えとばかりに自分たちを敢えて目立たせていた。


「ケッ。黒王子はてめぇじゃねぇのかよ。」

「いつの時代の話をしているんだい。いいから、適当に蹂躙してよ。」


 そして当初は人数が少なかったジークフリートは遊撃隊として騎馬を駆る。

 彼の騎馬隊も含めて、古典的なエウロペの戦い方であった。

 だが、ここで。


「ぬぁぁぁぁぁ‼」

「熱いぃぃ。お、お助け……」


 浅瀬の水を蒸発させる巨大な炎の柱がランスロット隊を襲った。


「うぉ!マジ……かよ。ちゃんと準備してあんじゃん。」


 ランスロットはその魔法攻撃を馬を駆って回避していた。

 だが、黒鎧隊の十数名は地面でのたうち回っている。


「大丈夫かぁ?」

「ご心配なく。それにしてもあれ……」

「あぁ。あの魔法は間違いねぇ。俺も良く知っている北方の——」


     ◇


炎巨人の剣スルツソード


「ロイ!今のは……」

「北方の巨人の力を借りたもの……。北方に伝わる魔法だ。」


 誰も使わないだろうと思っていた黒魔法。

 どうやら、その魔法を使ったランスロットは避けたらしいが、避けたことでアレが先に黒魔法を使ったと確信できる。

 少なくとも、ロイの目にはそう映っていた。


「アーケイン先生が殺されて逆上するのは分かるけどよ……」


 黒魔法を使うのは異端者として裁かれる。しかも、こんなに大勢の人間の前でだ。


「これは聖戦だ。戦うことで、私たちは既に赦されている。黄金の国の通行手形は約束されているんだ。それにこの魔法はジークの国のモノ。最悪、言い逃れは出来る。」


 教皇がそう言ったら、そうなのだ。免罪符をどれだけ発行したか。その免罪符で得た資金で教会は大きくなった。

 聖戦という名で異教徒や異端者を滅ぼして、影響力をさらに強めた。

 新教派からは、「教皇の言いなりになることで神エメラスに赦しを貰えると本気で思っているめでたい連中」と呼ばれている。


 新教派が否定したのは、教会を崇め称えること。そして聖典に向き合うことだ。

 それに対して、旧教派は教皇の言葉がそのまま神の言葉となる、そう思っている連中だ。


「それに先に使ったのはあっちだ。私たちが神の意志は、つまり悪魔崇拝者を駆逐すること。……先生は平和な道を探っていたんだぞ」

「——‼あぁ、あいつらは先生の死に逆上したマルチス軍、ベルトニカの生徒を更に卑怯な手で殺した。」


 因みにだが、この世界では銃器は開発されなかった。

 爆薬に近いものは、掘削作業で用いられるが、それも厳重に管理が行われている。


 理由はその化学反応が魔法具のそれと酷似していたから。


 海上の大艦隊が大砲を持っているのは、エウロペ大陸外にまで目が届かないから。

 それと大陸へのエメラス教の布教と、あちらから齎される嗜好品という名の金塊が教会にも魅力的に映ったから。

 彼らが大陸外で行った残虐的な略奪は、エウロペ大陸で免罪符に変わり、一部が教会の懐に入ってくる。


 但し、それは海の上の話。陸地で用いられないのは、魔法具の方が実用的だったからである。


「んじゃあ、俺も解禁だ。……アンリ、あれを寄越せ。」

「お。ついにカルロス様の本気が見れるんすね」

「あぁ。一応、あれでも俺の先生だったんだ。ちゃーんと仇を取らなくちゃな」


 褐色肌の青年がアンリから受け取ったのは、カラフルなモザイク柄が入ったボールだった。

 彼はその球体をワンドの先につけて、魔力を篭めていく。


「俺たちの国はずっと最前線だったんだよ。エメラス海を越えてくる異教徒どもが国を作っちまったこともある。」


 エウロペ大陸の南、エメラス海の先にある大陸は常にエウロペへの進出をもくろんでいた。

 古代メロウ帝国時代から、中世代の途中まで。彼の故郷、ナボリ半島は異教徒の安住の地だった。


「ま。それを言ったら、トルリアも変わんねぇかもだけどなぁ。」


 球体はそれがまるで最初から蕾だったかのように、ゆっくりと螺旋を描いて花弁が開いていく。

 主の魔力を養分にして、自己を主張し始める。

 雄蕊、雌蕊のような何か、カラフルな何かが空に何かを求めるように一斉に手を伸ばす。


「ロイはアリアの血が濃いんだろうから、そういう器用なことが出来んだろ。でも、俺はどっちかといえば古代メロウの血が濃いんだ。カモフラージュは出来ねぇけど、もう使っていいんだよな!」


 彼が最後の仕上げとばかりに強大な魔力を杖という名の茎に注ぎ込むと、花弁が回り始めて、前方に暴風を生んだ。

 雄蕊、雌蕊たちはそれぞれ、違うつがいを求めて、川向うに雷光を飛ばした。


暴風雷の杖セト・ワンド


 遥か昔から伝わる魔法の杖。

 それはグリトス軍が放った矢を全て弾き返し、暴れまわっている騎馬隊の大半に稲妻が落ちた。


 そう。銃の発達が遅れた理由は、この恐るべき魔法の力があったからでもある。

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