第37話 子供たちによる代理戦争

 エメラス歴1704年2月。

 一月戦争の始まり、つまりノーマン公が動き始めてから既に一月が経っていた。

 ベルトニカが徹底抗戦に出ると思われたが、彼はパリの南にあるアルテナス宮殿から軍を南西に移動させた。

 そして故郷のオルアンに流れるローヌ川の南側に軍を配置していた。

 付け加えると、敢えて郊外を選択している。


「カルロス、なんていうか。済まなかった。」

「いや。ロイが攻撃しないように言ってくれてたんだろ?攻撃されてたら俺達も反撃していたさ。」

「マルチスの旗が見えた時は正直迷ったよ。今でお前だけは許していないからな、アーケイン。」


 ベルトニカの王子、いや既に彼は王と名乗っているが、彼はイマリカの小国の王子を睨みつけた。

 濃紺の髪の王子は特に気にした様子もなく、肩を竦めるだけ。


殿下・・が思い直して頂けて幸いですよ。崩御された後はちゃんとお伝えします。殿下が王の死を早めようとしていると、良からぬ噂があるせいで、立ち会えなくなったことは心が痛みますが。」

「アーケイン!少し黙れ。せっかく、異端者どもを駆逐できる機会なんだ。それに——」

「直ぐに終わらせて、私はアルテナス宮殿に入る。その時は命がないと思え。それまでに逃げることを進めるぞ。アーケイン‼」

「御冗談を。聖戦を逃げるなんて出来ませんよ。勿論、異端者の排除が早めに終われば退散させて頂くとします。」


 内心で、この小僧とアーケインは思っていた。アリスを溺愛していた男。王になれば、全てが彼の思い通りだった筈だ。

 王は国そのもの、「朕は国家なり」と言ったのは彼の高祖父である。

 ロイがあそこでアルテナス宮殿に拘れば、彼をエメラス教の異端として、リスガイア・マルチス連合軍で打ち倒すことが出来た。

 勿論、北側で新教派とぶつかることも条件の一つであったが。今も祖父の警護という名目で少数の兵を宮殿に残しているものの、リスガイア・マルチス連合軍が来るまで、兵士に武器を収めて待機させた。


「まぁ、いい。我が国は今、異端者から略奪を受けている。教皇の名の下に彼奴等を排除するぞ。」

「だな。一皮剥けたな、ロイ。」

「おい、どういう意味だ。」

「なんでもねぇよ。」


 色んな意味で彼は一皮剥けたのだ。本当に悔やまれる。これがもっと早い段階で起きていたなら。


 マリーはあんな結末を辿らなくて良かったのに。


     ◇


 ベルトニカ東部の国境地帯を取り返したジークフリート軍はそのままパリーニを目指した。

 ただ、そこで彼らはグリトス軍とぶつかっていた。

 というより、ランスロットが彼らを引き留めたと言った方が良いだろう。


「いやぁ。話が通じて助かるよ、ジークフリートぉ。」


 優男が心の底から笑顔を覗かせる。だが、赤毛黄金瞳の野心家ジークフリートは終始しかめっ面だった。

 北方ノーマンの如く、戦いで己を示す。ジークフリートが子供時代からずっと夢見ていた初舞台に水を差されてしまったのだ。


 しかも。


「えー?もしかして気付いてなかったぁ?」

「き、気付いていた。本国が遅れている時点で、俺はちゃんと気付いていた。」

「それなら、僕の父さんの気分次第ではどうなるか、直ぐに気付いたよね?」


 嬉しそうに脅してくる銀髪の貴公子。冬のお蔭でロッケン帝国は地形的に、南部トルリアの動きを警戒するだけで良い筈だった。

 けれども、この一月戦争はノーマン公が動いたことが始まりになった、と言われ始めている。

 王位継承権で手を挙げて、そこから領地を分捕る予定だから、そういう動きも在り得た。

 だが、おそらくランスロットが父親に勇み足を踏ませたのだ。

 そのせいでいつの間にか、新教派が侵略戦争を始めたという流れになってしまった。


「俺の敵はアリスを匿うマリーと、神の使いを気取る傲慢な国ベルトニカだけだった筈だ。奪われた領地を回復する。それで本来の仕事は終わり、それをロイに認めさせれば良い。……だのに」

「なーにそれ。自分たちは何もしてませんって?そんなわけないじゃない。君の国のことはホラン自治区から大体知っているけど、あの辺りってリスガイア王国の領地だったこともあるよね。」

「……それはお前たちの国もだ。島に引き籠っていれば良いものを。金の為に海運都市に大打撃を与えて恨まれている癖に。相変わらず、意地汚い連中だな。」


 つまり、巨大帝国リスガイアの本軍の狙いは、いつか奪われた北側の都市だった。

 勿論、グラトス海軍を神の名の下に蹴散らすことも目的の一つだ。

 ただ、歴史を紐解いた時、リスガイアが自国だったと主張できるのは、ベルトニカの北東部とロッケン帝国の北西部だった。

 ジークフリートの父、ゲルハルトの進軍が遅かったのはそれを警戒してのことだし、ランスロットが彼を止めたのも同じ理由だった。


「縦に伸びたところを、脇からリスガイアの大軍が押し寄せる。そして君は分断されて、ベルトニカとリスガイアの挟撃を受ける。うう、恐ろしいよねぇ……」

「全部、お前たちのせいだろうがっ!」

「そんなことないよー。ロイの考え方次第では、君の行動だけでも同じようにした筈だよ。……それに今、誰がリスガイア不沈艦隊を止めているんだっけ?君にそんなこと言われるのは心外だなぁ。守って……あげてるのに……さ?」


 彼らは本国に帰れば大人だが、今はベルトニカ王国にいるので敢えて子供と言わせてもらう。

 そして、今。大人たちの殆どは海で戦っているのだ。

 因みに、陸戦では落ち着きを取り戻したベルトニカ軍がいる。陸での戦いだけに絞れば、ベルトニカはエウロペ最強である。


 そんな中、グリトス王子は海は任せて欲しいと、彼に言う。

 以前、グリトスが海の戦いでリスガイアを破ったのは、船の性質によるものだった。

 巨大艦隊で大海原を支配していたリスガイア艦隊はグリトン島周辺に誘い込まれて、船のコントロールを失い、撤退した。

 だから、ランスロットはこう言っている。

 もしも、僕に協力しないと、グリトス海軍は島に引き返す。そうなれば、リスガイア艦隊はそのままロッケン帝国北岸になだれ込む、と。


「……言っておくが、我が国の戦士は強いぞ。」

「知ってる!だから、あてにしているんだよ。いくらかの部隊はこっちに渡らせたけど、今は僕たちも海上を封鎖されているようなものだしね。だーかーらー、期待してるよ?」


     ◇


 マリー達、ラングドシャの女たちは更に移動をしていた。

 国同士の衝突が遅れに遅れているのは知っている。

 サミラ、ルミラ率いる飛竜部隊が各国の状況を逐一連絡してくれる。

 カッコよい名前がついているが、これはこちらの歴史で言う、フランス王妃カトリーナ・メディシスが行った方法と同じ。

 むさくるしい男たちから女たちが丁寧に聞き出した情報である。


「皆、私とアリスの為に有難う。予想通り、大人たちが出張って来ているみたいね。アリス、大丈夫?」


 フィフスプリンスの情報ではなく、国際的な関係値で彼女は考えていた。勿論、あのゲームの記憶でも、彼らは異なる信仰をして、互いに意識しあっている様子は伺えるのだが。

 ここで、私の為に争わないで、と悲劇のヒロインとして出ていきたいが、残念ながらその役目はアリスしかいない。

 ただ、今彼女が出ていったところで既に遅い。

 今や王子たちは傀儡であり、奪い合いは止まりはしない。


「大丈夫……じゃないです。全部、私のせいなんですよね⁉私が……、不用意に貴族様に近づいてしまったから——」

「アリス!……そんなことないわ。考えてみて。もしも、貴女のルーツがベルトニカで、原初派の大人たちに明らかになったらどうなるか。」


 フィフスプリンスの記憶では、あくまで高貴な生まれ、亡国の姫、聖女で止まっている。

 流石に東メロウ帝国の皇族の生き残りは行き過ぎである。きっと彼らは結婚後に、根回しを繰り返して、何かに利用する。

 もしかしたら、自分だけの楽しみにするのかもしれないし、子孫に託していつか帝国の復興の材料にするかもしれない。


「どう……なっちゃうの?だって私は——」

「……今、いきなりそれを言ったら、ただの異端者よ。教皇の沽券に関わるものですもの。ウッ‼」


 それは間違いない。つまりフィフスプリンスの終わり方で正解なのだ。

 何より、今出ていくのはとても危険で——


 その時、再びマリーは頭痛に襲われた。そして、彼女は膝をついてしまう。


「マリーちゃん⁉」

「お嬢様⁉」


 今は教会の一画を借りている。そこには平民がすし詰め状態だったが、彼女たちは別室に通されて、そこから遠くに見えるローヌ川を眺めていた。


「……どういう……こと?どうして私——」


 マリーの様子がおかしい。今まで、自信満々に軍の動きをあっちかしら、こっちかしらと見守っていた彼女。


 そう、ここで彼女は漸く一つの見落としに気が付いたのだ。


 私はあの日の夢で、火炙りになった。

 私はあの日の夢で、監禁後に殺された。

 私はあの日の夢で、別大陸に流されて慰み者になり、そこで病に倒れた。

 私はあの日の白昼夢で、磔刑で殺された。


 ——そして私はあの日の夢で、暗い廊下を歩いて断頭台で死んだ。


 アーケインルートは火炙り、カルロスルートは捕縛後に処刑、ジークフリートルートとランスロットルートは磔刑。


 ランスロットの場合はその時、身代わりをたてるかして、私は生き地獄の道を歩むのだけど。


 でも、最初に私は言った筈なのに……。


 ロイ・ルートも異端審問だって……。異端審問は火炙りしかないのに……。


 あの死に方を、真理は教えてくれなかった。


 これ……、どういう意味?

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