第36話 私、一月戦争より卒業戦争の方が良いと思いますの。

「出てこい、アーケイン!アルテナス宮殿を盾にするとは、お前こそ大罪人だ!」

「それは出来ませんよ。私は王を守らねば。それに……」


 ロイ率いる新・ベルトニカ軍と教会僧兵隊の戦いは教会僧兵がアルテナス宮殿を占拠してしまった為に、膠着状態が続いていた。

 流石に僧兵たちも四方を囲まれてしまったら、如何に白魔法に長けていようとも、回復中に別方向から殺される。

 だから、立てこもっての戦いを余儀なくされていた。


 しかしながら、こうなることはロイもベルザックも知っていた。

 勿論、投降してくれるに越したことは無いのだが。


「殿下、いえ陛下。引き籠ってくれるなら、後でなんとでも言えます。既にお隠れになられていたと陛下が宣言すれば良いのです。」

「あぁ。分かっている。ここには一部を残しておけばよい。」


 それはロイも考えていたこと。更に言えばアーケインも同じことを考えている。

 ロイには立ち向かわなければいけない相手が、まだ三人もいる。

 過去、ベルトニカ王国とバチバチに陣取り合戦をしていた隣国はまずはそこを奪いに来るだろう。


「であれば、東ですな。ロッケンのリッヒガルトをまずは叩くべきでしょう。」

「あぁ。そうだな。あいつらがぶつかり合ってくれるといいが……」


 隣国の動くルートは予想できた。昔、自分の領地だった場所に彼らは向かう。

 パリーニ周辺は建国時代まで遡っても、王家の土地だ。

 だから、ここを目指してしまったら、それは侵略戦争を仕掛けたことになる。

 既にそれは起きているが、彼らには屁理屈極まりない大義名分がある。

 平然と「元々、ここは自分たちのモノであり、これは救済である」と言うに決まっている。

 ただ、その過去の侵略の歴史こそが、四面楚歌のロイの突破口だった。


「まだ、宣戦布告もされていないのに。……私にどれだけ不幸を背負わせるつもりだ。」


 祖父王へ、そしてマリーへの憎しみがシナプスを駆け巡る。その脳内物質の影響か、普段の彼にはない発想まで思い浮かぶ。

 過去の歴史で奪い、奪われる土地は、そこに価値があるから起きることだ。

 つまり、いくつかの国が関わっている。しかも今、島国グリトスと最西端リスガイアはバチギスした関係になっている。

 普通に考えれば、ランスロットとカルロスはぶつかることになる。

 歯痒いことに、他国領内でぶつかるのだ。


 だが、とロイは考えた。


「ベルザック。何かおかしい。どうしてアーケインは籠城をした?」

「ですから、それは他国が動きやすいようにと。アルテナス宮殿が潰されれば、王は死んだと見做される。であれば、戦う理由は失われます。」


 ベルザックの理屈は正しい。

 ただ、今日の彼は一味違っていた。これが学生時代に出来ていれば、世界の歴史は変わっていただろう。


「私ならナボル山脈を越えずに来る。リスガイアは海洋国家だ。リスガイア王なら、この戦を簡単な領土略奪に使わない。おそらくあの国が掲げる大義名分は——」


     ◇


 黒っぽい茶髪をかき上げて、カルロス隊はベルトニカ南部を東に行軍していた。

 ロイの読み通り、カルロスはナンセール領から北上していなかった。

 北上すれば、ノイマール公の軍隊とぶつかっていたのは間違いない。だが、彼らはそれを避けていた。

 更に、予想通りリスガイア本国部隊は海の上にいる。


「ベルトニカの権利を脅かす新教派諸国の掃討。別にロイと戦いたいわけじゃない。グリトス、ロッケンの理不尽な侵略は許さない。俺たちはベルトニカを守る為、ってか。リスガイア本国は海戦でグリトスを打ち破る気満々——」


 ベルトニカと教皇の結びつきは強い。過去には教皇を匿ったこともあるし、ベルトニカ王が教皇の命令で出撃した聖戦で命を落としたこともある。

 その王は立派な聖人として、今も称えられている。


「どっちみち、こっからじゃ遠いしな。ナンセール領の皆は避難させてるし、奪うなら勝手に奪えってさ。まぁ、こっちはこっちでもう少し時間が掛かるみたいだけど……」


 カルロスは山を見上げた。

 冬の寒さを少しでも和らげようと、太陽がそこから暖かな光をくれる。

 白化粧をしたアルス山脈から、マルチス軍とイマリカ南部のリスガイア軍がもうすぐやってくる。


「どうしてこんな時に王は……。あまりにも時期が悪い。悪すぎてマリーを疑っちまう。不満を溜め込んでるのは知っていたけど。ここまでするような奴だったのかよ……」


 単に戦うよりも、教皇による聖戦宣言を受けての戦いの方が大義名分もあるし、士気も高揚する。

 なんせ、聖戦に参加すれば全ての罪が赦される。死しても、次は黄金の国で目覚められる。


「俺達の国にゃ、後ろめたいことをやってる連中がごまんといる。ベルトニカ王と同じくらい、俺たちは罪を背負っているんだってさ。」


 カルロス自身の意志は関係なかった。

 リスガイアの未来に立ちはだかるグリトス帝国、敵国を神の名の下に戦えるのはリスガイア王を立ち上がらせた。


「アリスを聖女として迎えるんだ。守銭奴どもは少ない方がいい。罪を認めぬ異端者どもを懲らしめて、俺は彼女を——」


 どの口が言っている、と彼自身も思っている。ただ、新教派は私腹を肥やす行為は、己の努力だから神は御赦しになると言い放った。

 だから、原初派は罪を認めて償いの為に、教皇の命で戦いに赴く。


     ◇


 その教えが心を射抜いたのは、職人を多く抱えるロッケン帝国である。グリトスも新教派と言われているが、あの国は国王を教皇と同義とした為、考え方は大きく異なる。


「この地は元々、我が国の職人たちが暮らしていた。聖典を隠し、己が権力を貪り食う匈奴に住まいを奪われた。……ま、それどころじゃあねぇな。騙されて皆殺しにされた者もいる。」


 百年前の宗教戦争で多くの血が流れた。

 エウロペ大陸で大量の血が垂れ流されたが、ベルトニカは途方もない犠牲を生んだ国。

 そんな国が今も大陸一の力を持っているのだ。


「気付かれてしまったのは痛い。トルリアの女に気付かれたのも不愉快だが。狡賢いが故に、逆に信用に値する。先ずはここで……。——あ?」

「失礼します‼殿下、ブドウ畑の住民から不可解な話を聞きました。ベルトニカ兵はここにはいない……と」


 封建時代はその地に領主が居て、農民たちが戦時には皆が兵隊になっていた。

 前王朝時代のベルトニカは、常設軍を持つグリトスに大敗した歴史がある。

 それ故、中央集権を確立する過程でどの領主も王家も兵士団を持つ流れになっていた。

 ただ、今は農家に仕事がない時期だから、金を求めて戦える者は兵士として雇われている。


「辺境地のパーニュ地方にその兵がいない?この地はくれてやる、ということか?ベルトニカを戦場にする……。他にも考えられるが、今は父上に従うか。他人頼みで、俺の趣味ではないがな。」


 ここの国境でベルトニカと何度も戦った。

 ジークフリートも戦いたかった。まだまだ王侯貴族は戦を求めている。帝国側で道理を説いていた大カテジナはもういない。

 過去の英雄のようにやはり活躍したい。勿論、アリスの為に。


「元々、教会の中心は東にあった。だから、俺はアリスと共に手を取って、エウロペ帝国を築く。」


 因みにカルロスは冬山を懸念していたが、ジークフリートにとっては追い風だった。氷に閉ざされた国には氷の壁が出来ている。

 つまり、背中を気にせずに軍隊を投入で来た。


「待っていろ、アリス。俺がお前を救ってやる。この地はもういい。急ぎ、パリーニに向かうぞ」


     ◇


 バロア宮は今は静寂に包まれていた。

 というより、そこには誰もおらず、もぬけの殻。


「ベルトニカ兵が南に向かった。これはどういうことなのかしら。」


 マリーはアリスと共に馬車に乗っていた。

 王が倒れただけで攻め込むとは考えにくい。それは分かる。

 分かるのだが、三月にはロイが王になることが確定している。

 もっと、早くからぶつかると思っていたのだが、今なら移動できるという情報が入って来ていた。


「どこへ向かわれるのです?」


 アリスの確保は続いている。だからこその移動である。

 ベルトニカが東部をあっさり捨てたのは誤算で会った。


 あのままではジークフリートの軍がバロア宮まで来てしまう。

 

「アリスが一番詳しいところよ。パリーニの教会に移動するの。アリスがいれば、きっと彼らも喜んで受け入れてくれる筈。それに……」


 彼女はそこの方が、自分の目で最後の戦いが見れる気がしていた。

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