第34話 私、私が出ていない?他の方の紹介はサラリと流させて頂きます。
ロイが生まれたのはパリーニ市ではない。オルアンというパリーニから少し南に外れた領地だ。
そして、彼は一旦、そこに移動していた。
王に男児が生まれた時、オルアンに移される。建国時にそんな風習は無かった。
それは王が中央集権制を築く途中に出来た儀礼だ。
そこでロイの父はオルアン公爵として生きる。その時、妻のカトリナはロイを生んだ。
だから、幼少期のロイはオルアンで過ごしている。つまりここが彼のホームである。
「殿下。司祭には話を通してあります。聖油の儀式を今すぐ行ってください。」
「分かっている。マクシム、兵はどのくらい集まっている?……アリスが居るところは分かっているんだ。あの魔女は絶対に殺してやる。本当はあの時に異端者として火炙りなっていた筈なのに……」
彼は直ぐに王の異変に気付ける場所にいた。ただ彼にはやるべきことがあった。
引き籠っていたのは、アリスの調査とマリーとの離縁の方法を歴史書や法律書から探していたから。
難解だったのは、トルリアが敵に回った後のエウロペ各国の反応である。
単純に離婚を突き付けた場合、教皇の反応は無視できない。それは各国が介入する理由を与えるに等しい。
「……素直に愛人を認めれば良かったものを。もしくはアリスが私の手を取るか」
アリスの素性は知っている。マリーとは格が違うのだ。
マリーを王妃として迎え、そのまま彼女を幽閉すれば、全てがうまく行く筈だった。
トルリアには上手くやっていると誤魔化せば良いし、アリスの素性の裏付けが完了すれば、教皇さえも簡単には口出しできなくなる。
後は、マリーなど捨てておけばよい。だが、アリス確保はひとまず失敗に終わった。
「トルリアなど、小国と政略結婚など。自分だけ楽しい人生を歩み、勝手にくたばるとは。」
「殿下‼急ぎ、伝えなければならないことが——」
そして、そこで彼は拳を机に叩きつけた。
「あのクズ。くたばる時まで邪魔をするなんて。どう考えても地獄に落ちるんだ。せめて、最後の最後に法を変えろ。——今いる兵でいい。先ずはアルテナス宮殿を落とすぞ。」
◇
アーケインも憤慨していた。あの日、あの魔女を火炙りに出来た筈なのに、まさかの魔女の反撃にあった。
フィフスプリンスの流れを知らない彼は、早く戻らなければ親戚に王位を横取りされると考えてしまった。
「ただ、それ自体は失敗ではなかった。教皇の勅許を頂けた。アリスを迎え入れれば、私は皇帝になれる。トルリアを異教の国として聖戦を行っても良いとも仰られた。それにマルチス家はメロウ帝国時代には皇帝も務めていたんだ。ベルトニカも私のもので間違いない。」
つまり、彼は教師時代にアリスの正体に気付いていた。
だから、確実にアリスを手に入れる為に本国で暗躍していた。
教皇からの許しを得た彼は、ベルトニカの僧兵を自由に動かせる。
それはベルトニカの半分を手にしたようなものだった。
だから、彼もアリスを奪還、そして憎き魔女を殺すのだ。
「私もベルトニカの後継者です。いつか、占領された恨みをここで返しましょう。皆さん、私は今から聖油の儀式を受けます。それが終わったら、……進軍です。」
◇
カルロスがあの日遅れたのには理由がある。
彼の元々の領地、ナンセール領はベルトニカの南西だが、リスガイアはナボル山脈の南。彼らの兵が本当にやってくるかどうか、確かめねばならなかった。
「ランスロット。ここでも邪魔をするのかよ。パリーニはベルトニカの北側。ただでさえ、俺は不利なのに。先に動きやがった。」
既に大海で戦っている両国。教皇との約束で大海の向こう側を手に入れた筈なのに、あの国が割り込んできた。
教皇から既に破門されている異端者どもの国。海賊にリスガイアを襲わせるという諸悪の根源。
カルロスの当初の目的はベルトニカと強固な同盟を築き上げること、いやそれはこの国の一方的な見方だろう。
法律的に無防備になったロイを追い詰めて、ベルトニカ北部にあるノイマール領をナンセール公領にすげかえれば、グリトン島を追い詰める橋頭堡を手に入れられる。
勿論、同時にグリトスが入ってこれないエメラス海の独占も進める。これでリスガイアは永遠に太陽が沈まない国になる。
これは教皇に許可を貰ったもの、神の意志がそうして良いと言ったのだ。
ただ、カルロスは彼女と出会ってしまった。心優しき敬虔な少女。可愛らしい少女アリス。
彼女に出会って、彼は揺れていた。もっと良い方法があるのではないかと、考え始めた。
だが、やはりラングドシャはラングドシャだった。
「ラングドシャめ。魔女の家系め。もう、容赦はしない。俺は今から聖油の儀を受ける。アラドン家に頼めるか?」
「当然です。やっとその気になられたのですね。直ぐに伯父を呼びます!」
◇
ジークフリートは実は最初から気付いていた。
彼の出身国は氷に閉ざされた国ラズアとの交流がある。ラズア国は東メロウ帝国から帝位を譲り受けたと言った。
それは皇帝を名乗った父、ゲルハルトの機嫌を多分に損ねるものだった。
だから、彼の父親はそれは嘘だと主張して、異教国にスパイを送ってまで調べていた。
そこで彼らは真実に辿り着いた。
皇帝コンティヌスは既に殺されており、既に東メロウ帝国は復興不可能だった。
一部の市民を連れ帰り、氷の国へと移された東方教会がラズア国王に帝位を授けたのだという。
ただ、それはおかしな話だった。東メロウ帝国は皇帝と教皇が統合された国であり、皇帝こそが次代の皇帝を任命できる。
殆どの場合、我が子を任命していた。つまり皇族の生き残りを探せば、ラズアの主張を否定出来る。
既に下野しただろう皇族に、直接任命を授かれば選帝侯らの機嫌を窺う必要はなくなる。
「父が血眼になって探した皇族の生き残りは、アルス山脈の要塞都市に潜伏していた。そして皮肉にも、血統を継ぐ者が女だった。」
ジークの父は頭を抱えてしまった。散々、女領主を否定して、領地までぶん捕った過去がある。
その女の孫を唆して、無理やりトルリアの王位につかせたこともある。
皇帝の血統の女から、皇帝の座を譲り受けたとなれば、間違いなく意趣返しをされる。
しかも、その女は要塞都市のブルジョワ階級市民の手を借りて、法律が改正されたベルトニカに留学したという。
あの国は不可解な法律を突然発布した。確かにあの法律なら、女も成人として男と同じ権威を持てる。
「俺の使命はその前にアリスを祖国に連れ帰ることだった。そして俺の妻として、本当の意味での皇帝の子を産む。マリー・ラングドシャ、やはり気付いていたか。……だが、ベルトニカ王が倒れるならそれはそれでよい。我が領土を何度も侵犯した恨みもある。ロイ、すまんな。この国は目立ち過ぎなんだよ」
◇
銀髪の王子。ベルトニカでは伯爵の息子という扱いになる。父はノイマール公と呼ばれるから、大公などと自身を呼ぶこともあるが、厳密には伯爵位である。
そも、公とはメロウ帝国時代は、勇猛なる大兵士長という意味だった。
いや、そんなことはどうでも良い。彼の生まれた島は元々ミルテ人が独自の文明を築いていた。
それを古代メロウ人が勝手に島に渡ってきて歴史を塗り替えた。国の中に城壁まで建てられた。
ただ、そこまでは殆どの小部族が味わったこと。だが、それで終わりではなかった。次はノーマン人が東部から次々に渡ってきて、原住民を差別対象とした。
ミルテ人が抵抗を続けていたから、差別されたのかもしれないが、それは仕方のないことだろう。
だが、更に続いた。北方ノーマン人が更に襲来して、島国の部族は次々に消滅していった。
「僕は何者なのか。それは勿論知っている。その北方ノーマン人の家系が父だ。でも、お婆ちゃんの家でずっと見てきた聖母。あれって本当はダーナ様だよね。神エメラスの影でしか、祈られない神。ま、そんなことはどうでもいいんだけど、さ」
島国に伝わる騎士王伝説、その登場人物の一人の名をつけられた彼は静かに微笑んだ。
元々の神は皆、小さな妖精へと姿を変え、祈りを捧げるドルイドも祈りの対象を変えた。
大陸を経た文化、芸術にのみ異文化を表現して良いとされたことにより、漸く息を吹き返した文化は、悉く教会の監査を受けて、表現方法も変えさせられた。
ジークフリートは、それでも北方ノーマン神話を気に入っているようだが。
「アリスも全部どうでもいい。僕はマリー、君と語り合いたいだけなんだよ。君はダーナ様の使徒なんだろう?稀代の魔女、マリー。それなら君は大釜を持っているんだよね。いや、君こそがダーナ様?だったら、君の子が大釜を持っているのかい?」
そして、彼は静かに卓上のコマを一歩動かした。
すると、コマの動きを従者が捉え、伝令を伝える為に部屋を出ていった。
「とはいえ、父上には逆らえないんでね。まずは本来グリトスだった地を返してもらおうか。それが終わったら、ゆっくりと語り合おうじゃないか。待っててね、マリー」
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