第32話 私、タイトル回収はしたいと考えておりますの。

 王や貴族は戦うことが求められた。

 宗教家は、皆が納得いく組織作りが求められた。

 エメラス教が普及したのは、王がエメラス教に改宗したから。

 大きな理由は、エメラス教が貧困者の救済をしていたから。

 もう一つ大きな理由がエメラス教の組織作りの上手さにあった。

 だから、王は彼らに社会づくりを放り投げた。

 税の仕組みも彼らに倣った。


「そして王侯貴族や教会が力を持ち続けているのは、税を払っていないから。」


 あと少しで壁に穴が空きそうなのに、妖艶な魔女は笑顔を絶やさない。


「アリスちゃん、それなら王家とはどんな家に務まると思う?」


 しかも、突然の講義が始まった。ラングドシャの人々はマリーから何かを聞いた後、皆、楽しそうにお茶とお菓子を楽しんでいる。

 いつ炎上してもおかしくない宮殿で、まるで何もなかったかのように涼しい顔をしている。


「えっと、それなら一番強い人じゃないですか?いつもそんな感じで戦争をしているイメージです。」

「昔はそうだったわ。でも、時代が進むと諸侯は勝手に自領内で力を蓄え続けるわ。……だから半分だけ正解ね。大切なのは相続の仕組みを上手く作ること。通常、王侯貴族に相続税はかからない。だから、強い家は強いまま。逆に言うと、教皇、司教、司祭は戒律で子を残せない。それが王が国を教会に丸投げした理由になるのだけれど。」


 今までは平民だから関係ないと思っていた。

 ただ、いつしかアリスはお金を貰える立場になっていた。王侯貴族から家族だった誰かにお金が払われていたらしい。

 最近、アリスがマリーに教えて貰ったこと。ここ最近のスポンサーはマリーだったのだけれど。


「そっか。だから、アーケイン先生は還俗して。……でも」

「アリスちゃん。そこは考えなくていいわ。腐った人間はどうせ地獄に落ちるのだから。それも神に仕える者なら尚更。」


 腐敗はやはり起きる。僧侶でも女を抱いている時代。僧侶も欲深い時代。

 だから、宗教革命が起きたのだが。


「えっと。それじゃあ、やっぱりラングドシャ家が大きくなるわけですね。やっぱり……」

「そこは否定しないわ。そして、法律の話。男に相続させることで副産物が生まれたの。最近は行われていないけど、何度も聖戦が起きたでしょう?そこで男子が死んでしまうと、王の出番。相続に難癖をつけて、直轄地を増やしていく。そうやってベルトニカでは前の王朝時代に中央集権制を確立し始めた。」


 ほとんど学校に来ていなかった彼女が、スラスラとベルトニカの歴史を解説していく。アリスは真面目に受けていたから、ある程度はついていけるが、今どうしてその話をしているのか、彼女には分からない。


「そうやって、王は力をつけたんですね。でも、それだと大きな貴族も同じように……。あ、相続の扱いに優れていた家が王になったんだからいいのか。」

「そうね。勿論、最初は戦いありきだったのだけれど……。その戦も相続に関係しているのよ。」

「戦が相続に?」

「戦が終わる時、もしくは同盟を組む時、賠償金や領地の割譲もあるでしょうけど、一番手っ取り早いのが婚姻よ。そして私もその道具の一つ。」


 アリスの顔は青ざめた。そんなこと何も考えずに男子学生と仲良くなっていた。

 マリーがその度にちょっかいを出してきたのは、陰口をたたかれていたのは、貴族たちの結婚事情を無視した行動だったからだ。


「あの……。今まで」

「いいのよ。私の場合は単に気に入らなかっただけってのもあるから。実際、あの時、アリスちゃんは平民だったから、アリスちゃんは何処まで行っても愛人だったわけだし。王都の子供が生まれても、相続とは関係ないしね。」


 それはそれで、少女は憤慨しそうになる。あの王子は最初から愛人として自分を見ていた。それに対して憤慨するのは不敬だったろうけれど。


「そっか。そういう……。それで、今は躍起になって——」

「そう。でも、大丈夫よ。歴史の中で彼らは互いに爆弾を仕掛けているの。それがもうすぐ起爆……、いえ既に起爆はしているかも。」


 口が三日月の形に歪み、そして言い放った。


「このおかしな十八歳までダメって法律。それを私は随分恨んだものだわ。そのせいで起爆する。……でもね、実はその法律のお蔭でどうにかなっちゃうのよ。っていうか、その法律が悪いんだもの。だから、私は悪くないわよねぇ?」


 それはアリスに対して言ったものでも、彼女の従者に言ったものでもなかった。


 ドーン‼


 そして、ついに内壁が崩れ落ちた。


「やっと穴が空いた。」

「つっこむぞ。」


 という声がそこから聞こえる。他にも色々聞こえる。そのほとんどがラングドシャ、マリーへの罵詈雑言。


 だが、そこで声がしなくなった。

 かすかに聞こえたのは、「殿下‼陛下が——」という声だったが。


「マリー……ちゃん?ロイ君のお爺様に何かあったのかな。」


 ここでついに美麗な魔女は邪悪な顔に切り替わる。


「そうね。これから暫くアルテナス宮殿は大変なことになるわ。理由は前に教えたシャール王の日常、敬虔な信徒のアリスちゃんには分かるわよね。」


 当然、分かる。理解する。仕方がないと思う。憤慨さえする。

 ここでこの世界の常識を一つ説明するが。皆、神の存在自体は信じている。

 下半身が元気だった王も、それは同じである。


「うん。……あれ?でも、みんなも帰っていったよ?本当にいなくなっちゃった。」


 三日月状に裂いていた口角を戻し、少しだけ突き出して紅茶を飲む魔女。

 瞼を糸のように細ませて、まるで楽しんでいるように見える、妖艶で高貴な女。


「下手に平和な脱出ルートを考えるのはもうしないことにしたの。全部、法改正のせいなんだから。あれがなければ、彼らは助かっているのだけれど、それを言ったら私も同じ。同じ苦しみを私が味わった時間だけ、味わってほしいものだわ。」


 首を傾げる少女を前に、彼女は立ち上がり、穴だらけになってしまった宮殿で突然踊り始めてしまった。


「アリス陛下。ここから先はアリスは人間よ。でも、時代を担うかもしれない人間。隠れるもよし、私の側にいるのも良し。」

「え……」


 ここで突き放されそうになる。アリスは既に理解していた。これは間違いなく、悪魔の所業。

 でも、あの五人は悪魔ではなかったか、もう何も信じられない。


「意中の相手がいたのなら、今からなら向かってもいいわよ。暫くは安全でしょうから。」


 ここで解放される少女。

 だけど、これだけは聞きたい。そう思ってしまった。

 だから、聖なる魔力を手に入れた少女は、勇気を出しておそらくは今世紀最大の魔女、マリー・ラングドシャに訪ねた。


「マリーちゃん。今から何が起きるの?……一応聞いておきたいの。」


 すると、彼女は嬉しそうに答えてくれた。


「気付いてて、聞いてくれるの、なんか嬉しいわね。そう。アリスちゃんの予想通り、ベルトニカを舞台に今から戦争が起きる。その規模は……私にも分からないけど、ね?」

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