第31話 アリスの収束
ジークフリートルートでのアリスは、東方にある亡国の国の姫だったと明かされる。
ジークフリートのリッヒガルト家は元々、神聖メロウ帝国と呼ばれた皇帝が治める国であった。
ただ、その帝国の皇帝は選帝侯と呼ばれる七人の諸侯が決めるもので、古くから続く皇帝家という訳ではない。
理由は簡単である。神聖メロウ帝国の皇帝になるメリットは神の守護者を名乗れるだけ。
そして神の守護者だから、異民族が侵攻した時、国を纏めて戦わねばならない。
だから進んでなろうという家は少なかった。
加えて、選帝侯が皇帝を選ぶ基準は、今後脅威にならない程度の家。
「アリス!俺は将来皇帝になるべく生きてきた。神の守護者として生きる俺には、お前が必要なんだ!」
フィフスプリンスの世界では、確かに彼の父は皇帝である。神聖メロウ帝国ではなく、その一部の国々からなるロッケン帝国の皇帝である。
確かに選帝侯らに選ばれたのだが、既に神聖メロウ帝国は原初派と新教派で二分されていた。
「新教派の選帝侯どもに選ばれた偽物が!神の代弁者の如き口を利くな‼」
ジークフリートに罵声を浴びせるのはサミラ。
ジークフリートの国は新教派、ラングドシャつまりトルリアは原初派。
そして、マリーの兄ヨーゼフは原初派に選ばれた皇帝である。
フィフスプリンスの世界では、彼はざっくりと皇帝の子として登場する。だが、マリーの目には彼らは鬱陶しい新教派で、本当に邪魔な存在である。
そも、教皇から任命を受けてはいないだろう。
「大カテジナ様を愚弄した罪、私たちが忘れると思うか‼」
次はジョシュアが叫ぶ。
女だからという理由だけでロッケン帝国は、いやランスロット父のグリトス王も、ロイの祖父ベルトニカ王も、マリーの祖母カテジナが女という理由だけで、領地を奪い取った。
だから籠城を固める女たちは皆、あれらの国を憎んでいる。
「マリー様?私はお姫様ではありませんよ?」
そして、バロア宮殿内部ではアリスが目を丸くしていた。
彼女にとっては寝耳に水だったらしい。
だが、間違いなく正解だ。最初からおかしいと、マリーが言っていた学校での力関係。
それもアリスが亡国の姫であれば、納得できる。
「そうです。アリス様の国は百年前に異教徒に滅ぼされました。
今までのマリーとアリスの立場が逆転する。それでもアリスは戸惑い続けているが。
「でもでも、私——」
「大丈夫です。彼奴等があのような行動に移るということは、それなりの理由があるのでしょう。もうじき陛下そして猊下の紋章が現れましょう。」
ロイバージョンは高貴な生まれ。カルロスバージョンと実はアーケインバージョンは聖女。そしてジークフリートバージョンでは亡国の姫。
ランスロットバージョンのブルジョワ市民だけは首を傾げてしまうが、それ以外は全てが姫に収束出来る。
「猊下?いけません!私はそんな——」
ただ、やはり突然のことでアリスは狼狽してしまう。
だから、マリーは軽く咳ばらいをして、恭しく身構えるのを止めた。
「アリスちゃん。私と初めてまともな会話をしたあの修道院を覚えている?」
「……うん。ちゃんと覚えてる。カフェに連れて行ってもらえたし。」
「あの日の修道士が教えていた中に、アリスのルーツがあるの。分かる?」
メロウ帝国時代まで遡らなければならない。エウロペ全土に貴族の最初の形である伯を送って統治していた時代。
「……メロウ帝国は大きすぎるが故に分裂をした?」
「そう。素晴らしいわ。そして分裂してどうなった?」
「東と西、二つの国に分かれた。そして私たちは西方の教会で……」
「私はそう。……でも、アリスちゃんは東方教会。そして東方教会と東メロウ帝国の関係はどうだったかしら。」
そこでアリスは膝をついた。
それだけでなく、少女の体が輝き始める。
タイミングはぴったりだ。告白イベントの後に彼女は覚醒する。
「東メロウ帝国だと、教会と皇帝が強く結びついてて、融合した形になった。……でも、それは教皇様の考えにも教義にも反していて。だから、滅びたって聞いて……」
東西に皇帝はいた。教皇も二人いた。
そして西メロウ帝国は教会を残して滅び、今の国々へと変わった。
しかし、東メロウ帝国はその後も残り、教皇と皇帝を一つに纏める政治を布いた。
厳密に言えば、東メロウ帝国が源流であると言われる。
その後、異教徒の国が反映する東方で、東メロウ帝国は滅ぼされてしまう。
その国の行いが正しかったか、間違っていたかは、今は問題ではない。
——大切なのは、いや彼らが必要なのは、皇帝と教皇の血筋なのだ。
「アリス陛下の地位は歴史上では、教皇よりも上なのです。神の代弁者と神の守護者、その二つを兼ね備えているのが、陛下でもあり猊下でもあるアリス様なのです。」
悪夢の中でランスロットが言っていたこと。アリスは全てのエメラス教の宗派を大人しくさせる存在だった。
今、男たちが執着しているのは、そんな存在に収束してしまったアリスのせい。
ロイにとっては、正しく釣り逃した魚があまりにも大きかったから。
しかも、ベルトニカは神に愛されし国。そこでアリスの素性を明かせば、彼は歴史に残るどんな名君よりも称えられるだろう。王ではなく、皇帝を名乗れるかもしれないと舌なめずりしているかもしれない。
アーケインも勿論気付いている。彼は教皇領があるイマリカ半島のマルチス王国王子だ。
東西に分かれたメロウ帝国を再び一つにすれば、彼も聖人として名を残せる。小国から大国へ成長させることだって夢ではない。
カルロスにとってもそれは同じである。既にリスガイアはイマリカ半島の一部を所有している。
それに加えて、皇帝となればリスガイアが目指すエメラス海統一も現実的になろう。マリーの兄、ヨーゼフとて選帝侯に選ばれただけの皇帝である。
ジークフリートは真の意味での皇帝になれる。それだけでなく神聖メロウ帝国を再び大きな国にすることも狙っているだろう。
ランスロットの狙いは世界帝国。ただ、これに関しては皆が思っているだろう。
ただ、彼はマリーに特別な感情を抱いているのは間違いない。
「おい!どうするよ。ロイ、ここはどうなってんだ?」
「元々、要塞なんだ。もっと人間がいる。」
「うーん。籠城には兵糧攻めじゃない?」
それぞれが自分が辿り着いた結論を隠している。
だから、彼らは連携できない。どこかで出し抜こうと牽制しあっている。
——ただ、それもそろそろ終わりである。
「魔法を使おう。マリーは危険だ。やっぱ、ラングドシャは碌なモノじゃねぇ。」
「へぇ。君がそれを言うとはねぇ。」
「煩い。あいつらは人を人と思ってない。特にあいつは……」
「あぁ。元・婚約者として悲しいが、アレは間違いなくアリスを殺す。」
「だったら、私たちは姫を救う騎士にならなければね。……あ、これはあれですよ。比喩ですから。」
にわかに宮殿の外が静かになる。
マリーという凶悪な魔女に立ち向かい、姫を救出する騎士の顔へと変わっていく。
元々、貴族とは、王族とは、戦うために存在している。
「マリーちゃん!私が。私がもしもそんなに凄いなら、私がみんなを説得すれば……」
外の様子を感じ取ったのはアリス。
だが、マリーは肩を竦めて、溜め息を吐いた。
「あのね。皇帝も教皇も人間なの。神の代弁者、神の守護者を名乗ったところで、所詮は人間よ。神ではないの。アリスちゃんが出ていったら、私は殺されてしまうわ。彼らはもう何の容赦もなく、私を殺しに来る。」
その時、壁の外に大きな魔力が発生した。グノーシス主義者が言う、黒い方の魔力である。
アリスは恐怖した。巨大な魔力にではなく、目の前の淑女が変わらず美しい笑顔のままだったから。
「も……、もしかして。私を人質に……?」
普通に考えれば、そう。だが、違った。
「フィフスプリンスはもうすぐ終わりなの。それにさっきも言ったけど。私ね……、飽きちゃったの。」
人質にとろうとする行為は微塵も見せない。
それ故に逃げようとする気持ちにならなかった。
「外に出ないのですね。懸命な判断ですよ、陛下。」
「あのぉ、マリーちゃん。私は陛下じゃ……」
「それは法律次第でしょう?少なくともトルリアでは女も王になれるのよ。それはあの島国も同じだけれど。……でも、教会は違うかも。それでも、今は別に良いではないですか。はぁ……、それにもう少しの筈。」
その瞬間、宮殿が揺れた。どこかの壁が崩れたのかもしれないが。
マリーは顔色一つ変えなかった。
「マリー……ちゃん。大丈夫……かな?」
「さて、私にも分かりません。でも、外は危険です。それにあと少しの辛抱だと思いますよ。」
「もしかして、誰かが助けに来る……とか?」
「いいえ。でも、陛下がそんなに不安なら……」
その時のマリーの顔をアリスは一生忘れないと思った。
いや、忘れるどころか知っている。
かつては自分に向けられたものだったけれど。
「少しだけヒントです。……真理が始まる前の私を舐めないでください、ね?」
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