第30話 私、見る目はあると自負しておりますの。

「僕たちはもうすぐ卒業だよ。アリスちゃん……。僕たちは卒業すれば国に戻る。だから、ちゃんと考えて欲しいんだ。君の気持ち——」

「ランスロット、てめぇの好きにはさせねぇ。お前は関係ない筈だ。アリス!俺を選べ!」

「アリス。私をどうか——」


 最初から時間は限られていた。何度も何度も終盤だと言った筈。

 ベルトニカ、パリーニの大学を卒業すれば、彼らは完成する。

 エウロペ大陸の貴族科を修了した、光り輝く完成された王子様になる。そういう時代だ。

 因みに、どうしてランスロットがカルロスをわざわざ呼んだのか。

 それは勿論、ランスロット自身の為だ。彼の計画は殆ど完成に近い。


 ランスロットに風が吹いている以上、彼の行動は正しいに違いない。

 しかし、ここでついに彼女が動く。


「煩い!五人とも待ちなさい。勝手にフィフスプリンスのイベントを進めないでよ‼今日は私が私の為にパーティを開いたの。それにここは私のバロア宮殿よ。勝手は許しません。」


 超絶不機嫌モードで、フィフスプリンスなんて言葉まで使う。


 この時期までマリーが生き残っているのは、記憶の情報を利用したからだ。

 でも。一体どうして。何ゆえにマリーの時間は限られているのか。

 それはアリスが卒業すると、真理の世界が終わってしまうから。

 強制力があるかなんて分からない。真里の記憶が終わると悪夢が始まるのか、それとも悪夢はそれ以外の未来なのか。

 彼女はずっと考えていた。そして今、一つの答えを導き出したのだ。


 自分に正直になろう、と。


わたくし、色々飽きちゃいましたの」

「え……、マリー……様?」


 アリスが一番に彼女の変化に気付いた。

 そんな少女の戸惑いも、マリーの目には入らない。もう、面倒くさい。


 限られた中で突破口を見つける為に、体内を循環していた皇帝の血を、ずっと無駄に動かし続けた脳を、真理の問いかけにつぎ込んでいた。

 その為にどれだけ勉強をやり直したことか。どれだけ、心を痛めたことか。

 どうして、すんなり世界は動いてくれないのか。


「馬鹿を言うな。ここはベルトニカだ。許嫁とはいえ、お前はまだトルリア人だ。やっぱりお前は——」


 そして、これである。

 しめた!とばかりに彼女の許嫁が、長い人差し指を異国人娘に突き付ける。

 だが、マリーが気に留めずにたおやかな指先を突き返すのだ。


「ロイ。あんたは昔から歴史が大好きだものね。それともランスロットにグリトスの歴史でも教わったのかしら。グリトスの母、メアリ。昔の王朝時代のベルトニカの汚点ですもの。貴方が知らないとは言わせないわ。」


 三百年以上前の話だ、だが流石に王家の話ならロイは絶対に知っている。


 王族の離婚とはそれほど難しい、特に女は未来を奪われる可能性が高い。ロイが無理やり離縁すれば、ラングドシャは激怒して教皇に訴えるだろう。

 そして、よほどの理由がない限り、教皇も離縁を認めない。それは彼自身も分かっている。


「その通りだ。ちゃんと前例がある。それならお前も納得だろ。私もちゃんと考えたんだ。それに——」

「うん、アリスちゃんゴメン。僕がアリスちゃんの気持ちに応えられないのは、そういうことなんだ。——マリー、僕が約束してあげるよ。僕の国においで。それでみんなが幸せになれるんだ。」


 子がいない上での離縁はマリーの将来を摘む。ただ、過去に離縁がなかったわけではない。

 ベルトニカ王国には、王と王妃の円満離婚の例が存在する。

 それがランスロットの求婚の意味である。


「メアリ様は聖戦の最中に、ロイ5世と離縁した。そして戦争が終わった頃にはノイマール家にいた。つまり私を貰ってくれる他の王家があれば、私は喜んで離縁する?メアリ様のようにグリトン島に渡ればいいの?」


 王妃側がやっておくべきことは他の男を作ることだ。グリトスの母と呼ばれるメアリはそうした。だから、あっさりとベルトニカ王妃の座から降りた。

 確約されていれば、——婚約のような宗教上での確約は無理だが——別の男の愛があれば、王妃は将来の芽が摘まれない。いや、そこには愛してくれる男がいるのだから、ほぼ間違いなく花が咲くだろう。


「え……。マリー様。それはでも……」


 侍女、それにベアトリスが急いで駆け寄る。

 そう、マリーはこのケースは当てはまらない。それはマリー自身も知っている。


「メアリ様はベルトニカ南西部に領地を持っていた。そして私は国を持たない。兄がヨーゼフがあの国を継ぐのだから。全く、そんな見え透いた嘘に騙されるなんて……」

「そ、そんなことはない。ランスロットは信用できる男だ。彼は俺の前できっぱりと言ってくれた。」

「そうだよ。僕は本当に君のことを愛しているんだよ。信じられないだろうけど……ね。」


 お可哀そうにロイは騙されている。

 そしてランスロットは信じるに値しない。それは祖母からも言われている通り。

 今、マリーが生きていること自体が、真理とのズレを生じさせている。

 この先を推測するなら、アリスとランスロットが結びつくのだろう。アリスは知っているのかもしれない。

 マリーは実は生かされると知っているのかもしれない。その後のマリーの処遇は聞かされていないだろうけれど。


(そこで本物の私が磔刑に処されたら、ジークフリートルート。もう、考えるのも馬鹿らしくなってきた。)

 

 原初派と新教派という括り。アリスがカルロスを除く原初派ルートなら、マリーはあそこで異端者として裁かれる。

 だが、新教派の二人ならもっと重い罪をつけられて罪人として裁かれる。

 あの時、見た悪夢がそれである。更にあれは真理の中にも内容として残っていた。


「ランスロットとジークフリートは同じ道——」


 わざわざ偽物を用意して、生き地獄を味わわせるのがランスロットルート。

 この男はそのつもりだろう。生き地獄か、磔刑か。

 これは想像ではなく、確信である。


 理由はジークフリートルートのアリスの出自。


「こんなことしていても全部無意味。アリス、貴女は自分の生まれを知らないの?」


 ルートの分岐で出自が変わったように思えた。髪の色もだんだん美しく綺麗になっているから、そう思っていた。

 そして、今日。アリスは彼女が磨けば光る逸材だと確信した。


「え?私は自分のことをあまり覚えていなくて……」

「マリーィィィィ‼出生は関係ないだろ‼そうやって直ぐに見下す。まだ、彼女を虐めるつもりか⁉」


 そんなことを言われても。もう、彼女には怖くない。彼女が誰かを知ってしまえば、世界の中心だかなんだか知らないが、恐れる必要はない。


「もう、ゲームは終わりなの。……この意味、分かる?」


 ただ、突然強気になったマリー、あの日以前の彼女を彷彿とさせた。

 初心に帰る為のお茶会、そして、この関係値まで初心に戻ってしまう。


「ラングドシャ!アリスを解放しろ。」

「カミラ!サミラ!ルミラ!彼女を宮殿に連れ帰って‼私たちが安全に保護するのよ!」

「え?それは——」

「ジュリア、アネットもよ!……本当の意味での緊急事態よ。」


 だが、させてなるかと男たちが動き始める。

 そこからも、やはりこれが真実か、と納得できる。

 ロイが出てきたのも、アーケインが出てきたのも、そういうことだ。


「ジーク!何をやってんの!そっちに回れって!」

「煩い。お前に指図される覚えはない‼」

「アーケイン!お前は出口を塞げ!」

「どうして私がそんな裏方を?私がアリスを助けるのが一番です」


 彼らは連携できない。だが、ラングドシャ一族は連携できる。理由は勿論、ラングドシャ一族はマリーの命令を聞くだけだから。マリーが存在するから、行動できる。

 もはや、ジュリアもアネットもそこは疑わない。


「籠城すれば良いのですね。救って頂いた恩をここで返します。」


 そして、男たちが連携できない理由は、アリスが何者かを口に出来ないからだ。


「待って!私はまだ!」


 これは流石に読める展開だろう。高貴な生まれ、敬虔な信徒、大富豪の娘と続いた。アレがまだ出ていないと不満が出るくらいの生まれ。


 それが、アリスである。


「西方の男共が暴れております。どうか、私たちを信じて、中でお待ちください。——皇女殿下」 

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