第29話 私、そろそろ飽きてしまいそうです。だから昼間にも夢を見るのでしょう。
ロイとマリー。
相性が合う、合わないでいえば、全然合わない。
しかも、ロイはアリスに一度フラれている。だが、そこで彼は人生最初のロマンス、つまり初恋をした。
彼はマリーよりも力を持つ。この国の王位継承者だから、手に入らないモノなどない。
なのに手に入らなかった。先もするりと逃げられた。
「アリス、待ってくれ。私もそっちに——」
そんなフィアンセを白眼で見て、彼女は肩を竦めた。
あれはもう重症である。可愛そうなほど、思春期を迎えてしまっている。
彼がアリスを中心とした華やかな集団に向かって歩き出した時、マリーは肩眉を跳ね上げて、今度は項垂れている。
だが彼は気付かず、口を噤んで目をある方向に泳がせる。
彼の瞳がマリーと彼女の間を泳ぎ続ける。
(一体、宮殿で何をしていたの。アルテナス宮殿で彼が助言を求めそうな相手って……。碌なのしか思い浮かばない。)
マリーがロイに愛人許可を出せば、ロイはマリーを処刑する必要がなくなる。
勿論、ロイがアリスを正妃でなく愛人を良しとする、アリスも愛人で満足することが条件であるが、実はその状況のマリーは助かっていない。
「そうだった。マリー、お前はランスロットなんだろ。行けよ。その方が都合がいい。」
そして彼はフィアンセを置き去りにした。
彼女は彼の背中を睨みつけ、途方に暮れる。
「……マリー様。陛下に連絡しますか?これは完全に異常事態です。あの男を許してはなりません。ラングドシャ家、マリーお嬢様を貶めるつもりです。」
カミラはマリー本人よりも憤慨していた。
彼女はトルリアのトルカ伯に嫁ぎ、子が出来る前に夫に先立たれた。
彼女は前の夫との子が居なかったことを理由に、結婚を断られたことがある。
マリーに子がいないまま、彼の愛人を許したら、マリー・ラングドシャの品位を損なうだけでなく、マリーの体が不健康だと自分で宣言しているようなもの。
しかも、今。浮気を促した。
政略結婚の価値がなくなるどころか、マリー自身の価値も地の底まで落ちてしまう。ラングドシャ家からも見放されるかもしれない。
王家とはそういうものだ。世継ぎを産んでこそ価値がある。
王の妻に純潔が求められるのは、生まれた子の血統が疑われてしまうから。
——結局、ベルトニカ王子はどうあっても許嫁を貶めるつもりらしい。
それは真理の記憶で知っている。だが、今回の場合はもう一つ。
やはり彼の思惑が絡んでいる。そして、あの理由も知らなければならない。
「もう少し待って。今の状況には違和感があるの。——それに私が国に戻れば、ベルトニカはトルリアを再び敵視します。あのゲルハルト・リッヒガルトなら、機を逃さずに領地拡大に乗り出すでしょう。リスガイア王国も同様に動くかもしれない。だから私、行ってきます……」
「なりません!お嬢様!あんな鬼畜に近づいては——」
先のロイを見ただけで、マリーは一つの終点を見出していた。
今は間違いなく、アリスはランスロットルートを辿っている。
どうしてそう言い切れるのか、それはマリーがアリスを寵愛しているから。
つまり、アリスは今、上流貴族の寵愛を受けている。ブルジョワが生まれる条件が揃い始めている。
マリーが持つ真理の記憶の中身。その中で異質なのはやはりアリスである。
そして、どうしてランスロットのルートでアリスはブルジョワの隠し子なのか。
ただ、ブルジョワ身分は実は関係ないかもしれない。
だが、暫く彼らが団欒している姿を見た後に、マリーはふと聞いた
「ねぇ、ランスロット、ロイ。それにアーケイン様、それと聞く価値ないと思うけど、ジークフリートにも一応聞いてあげる。」
「あぁ?価値はあるだろ。寧ろお前に価値はない。ヨーゼフは大した男だがな。」
ジークフリートが噛みついて来るが、軽く受け流して愛嬌ある少女の顔へ。
念のためマリーっぽく、されど身内だけで過ごすのが好きなマリーではなく。
だが、質問の内容はここに居る一人を除いて、マリーらしい。
「ね。四人はアリスのこと、どう思っているの?アリスちゃんは黙ってて。こういうのを聞き流せるようになることも、この先大切よ。」
カルロスも居て欲しかったが、一度全員を集めて聞きたかったこと。
アリスと仲良くなったし、アリスのバックボーンはマリーだから、今しかないと思った。
可憐な少女は顔を赤くして俯いているが。
まずは、この男。
「私はアリスを大切に思っている。いつもそばに居て欲しい、本当にそう思っている。」
アリスの視線の先にはマリーがいる。それでもこの男は更に積極的に彼女を口説いた。
曲がりなりにももうすぐ成人の彼が、そんな愚かな発言をする理由。
彼がランスロットに合図を送っているのは全員が気付いているというのに。
「僕?僕もアリスちゃんのこと大好きだよ。あ、誤解しないでね。僕は僕の立場をちゃんと理解しているよ。ゴメンね、アリスちゃん。今の君だと、いずれ王になる僕の妃にはなれないんだ。まぁ、手がないわけではないんだけどね?」
更にアリスは困惑していく。
女に対して軽薄な男どもによって、彼女は振り回されている。
「そして、僕は——」
「次は俺の番だろ。アリス、俺の国は男くさい世界だ。だから、お前みたいな清き母が必要なんだ。」
いや、本来振り回す側に居るのは世界の中心だ。
そして、今まさにアリスの本領が発揮されているが、一人の搔き乱し役のせいでそのことにマリーは気付かない。
「うーん。じゃあ次は私だね。私は教師としてアリス君をずっと見て来た。司祭としてもずっと見て来た。だから、誰よりも君の事を知っている。」
マリーは彼の思惑を確かめる為に、ロイに手を貸す真似をした。
だが、もしかするとこの行動も読まれていた、かもしれない。
もしも、カルロスがここにいたら、このままエンディングを迎えてしまいそう。
マリー自身はまだ、自分の道を決め切れていないのに。
そして、アーケインを連れて来たことにもちゃんと意味があった。
「アリス。私は君を愛している。だから……、私と結婚して欲しい。勿論、アリスが卒業した後ですけどね。」
男女の気持ちはさておき、王位継承者は勝手に妃を決めてはいけない。
古代の王、何もかもを力でねじ伏せていた時代ではないのだ。
フィフスプリンスの常識とマリーの常識が、彼女の脳内でぶつかり、火花が上がる。
そして、その時彼女はとんでもない頭痛を覚えた。
(なに……これ?)
意識はある。だが、視界に何かがダブって見える。
白昼夢とも違う、立ったまま見る何か。
◇
「マリー様!」
美しい淡い金髪の少女が自分の胸に飛び込んでくる。そして彼女は泣いているようだ。
美しい淡い金髪の少女が膝をついて自分を見つめながら祈っている。そして彼女は泣いているようだ。
「私、どうしたらいいですか?」
少女が抱き着くものだから、自分が用意した衣装が肌をつつく。
少女は真っ白なワンピースを着て、ただ祈り続けている。そして、兵士が持つ槍が私の肌を突く。
「私には選べないです。それに、……マリー様がお可哀そうです。」
「私にはまだ、……貴女が必要だったのに。お可哀そうに。」
ついには同じ顔で違うセリフを吐いた。お可哀そうに篭る彼女の気持ちは同じだろうけれど。
私は抱き着かれている。
私は見下ろしている。
その違いは最初からあったか。
私は身動きが取れる。
私は体中に杭を打たれて、身動きが取れない。
その違いもそういえばあった。
だが、どうやらこの後のセリフは同じらしい。
「マリー・ラングドシャに傾倒するなと言った筈だ。ずっと俺を邪魔してきた邪悪な女だ。」
ありとあらゆる罪を着させられた。
ただ、異端とか、素行が悪い程度ではない。だからこそ、見せしめの意味も篭めた磔。
首飾り事件なんて、本当に身に覚えのないことだったし。
でもね、ジーク。でもね、世界。
◇
「……私は感謝したいくらいなの。あのペテン師に会わせてくれて有難う。私ね、やっと分か——」
「マリー様?」
「なんだ、てめぇ。何気持ち悪いこと言ってんだ。アリス、行くぞ。」
赤毛の王子、ジークフリート・リッヒガルトがアリスをマリーから引きはがした。
マリーは呆然と立ち尽くし、抵抗することも出来なかった。
今までの傾向で何となく思っていたことだが、彼女は風が変わる時に悪夢を見ていた。
(今のは間違いなく、ジークフリートルートの私。彼の動機は分かり易い。元々、敵同士だもの。ただ、曖昧な異端者としてじゃなく、新教派にも分かり易い犯罪者に仕立てあげる。ベルトニカの国庫を使われたという証拠も合わせて、トルリアを悪者にするつもり。……でも、これって)
実は、——マリーはこの世界でのジークフリートルートは存在しないと考えていた。
そして、混乱中の彼女を横目にランスロットがこう言った。
「あ。うっかりしてた。カルロスって遅れてくるって言ってたんだよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます