第28話 私、初心は大切だと思っておりますの。

 バロア宮殿の庭園は女だけの園になっていた。

 色とりどりの金髪と、オレンジや鳶色髪の女たち。そして淡いクリーム色の美少女が一人加わっている。

 この様子を今王シャールが見てしまったら、途方もない税を国民に課して、全てを我が物にしようとするだろう。

 真理の記憶はゲームクリアまで、だから全員が王子のまま。

 シャール王がいつ死ぬのかは、悪夢を思い出してもよく分からない。

 彼はここを知っているのだから、彼はここまで来る元気は、もうないのかもしれない。


「アリス、今度は返すなんて言わないでね。」

「はい。あんな思いはもうこりごりです。カルロス君、最近ちょっと怖いし……」


 あれから、カルロスはマリーに近づいてこない。

 アンリ・アラゴンの計画は一部だけ成功していた。

 カルロスに自覚をさせることができたのだ。ラングドシャはもはや敵であると。


「それにしても……」


 マリーは自身の専属の美容師に、アリスの改造をお願いしている。

 すると、どうだ。最初に出会った頃の彼女の面影は全くなくなった。

 髪を整え、化粧をして、煌びやかな服で着飾っているのだ、当然とも言えるが。


「マリー様、そんなに見ないでください。私、恥ずかしいです‼」

「アリスちゃん、そんなこと言わないの。マリー様が貴女のことを気に入った証拠よ。……マリーちゃん、可愛い子大好きだから」


 マリー・アントワネットと同様にマリー・ラングドシャは綺麗な女性、可愛い女性が大好きだ。

 勿論、彼女と同様に立場上、男を近づけては駄目というのもあるが。


(本当はそれだけじゃないんだけどね。仲良くなったんなら、囲ってしまうのが一番安全。それに風が吹いている方向は、早めに知っておくに限るわ。)


 とはいえ、気に入っているのは間違いない。アリスは益々教養を深めて、マリー好みに染まっていく。

 彼女は努力家で頭が良い、それはアーケインが言っていた。

 そして、彼女は柔軟でもあった。ベルトニカ諸侯の大半は原初派、だが文化に限っては多神教のそれに近い。

 勿論、どれもこれもエメラス教を絡ませてはいるけれど。

 敬虔な信徒である筈のアリスは、その文学や芸術も理解し始めた。真理にとっては当たり前でも、一般的に見れば彼女はもはや敬虔な信徒ではない。


 そも、ブルジョワとか言っている時点で、エメラス教の本来の教義は失われている。

 そんな皮肉を、マリーが言えるわけはないが、心の中でいつも引っかかっていること。

 ただ、今は可愛いに囲まれて幸せを感じている。

 そんな中。


「お嬢様、……ご学友が来ました。」


 と、カミラが耳元で囁いた。マリーはその言葉に頷き、ゆっくりと息を呑んだ。

 あの悪夢は、在り得る未来だと知っている。だから、怖くないと言えばウソになる。

 それでも立ち向かうために、彼女は女の園を作り上げた。


「ジュリア、アネット。一緒に来てくれる?」

「あ、お嬢様!すみません!」


 ジュリアとアネットの返事が返ってくる前に、サミラの慌てた声が届いた。

 そのすみませんの意味はやはり。


「あ、ごめーん。勝手に入ってきちゃったぁ。でも、問題ないよね。ほら、今日は彼も一緒だから。」

「ロイ⁉」

「あ、あぁ。久しぶりだな、マリー。」


 銀髪王子の隣に金髪の王子。色々あったが、ロイとマリーは婚約者のままだ。

 ロイが婚約者が開くパーティに参加するのは道義的に問題ない。

 逆に、ロイがいないのに他の男が参加するのは、マリーに道義的な責任が付きまとう。

 一見、ランスロットが気を利かせたように見えるが、そこまで気を使えるなら来るなという話だ。

 しかも。


「全く、女臭いところだな。ま、兵舎に行くよか、全然マシだがよ。」


 ラングドシャ家の敵も混じっている。戦の事ばかり考える男。

 いや貴族とは、王とは先頭に立って戦う者だ。ジークフリートの祖国、ロッケン帝国も元は聖騎士団が勝手に築いた国から始まった。

 職人が多く、軍服などを格好よく着させて、国民の男児を戦に駆り立てる男。それが彼の父親だ。

 そして。


「やぁ、久しぶりだね。マリー君。やっと一息ついたところなんだ。」


 アーケイン司祭、いやアーケイン王子。彼だけは成人しているから、紛れもなく王子である。

 ランスロットもジークフリートもカルロスも、祖国に帰れば王子である。

 この国の法律はやはりおかしい。


「お久しぶりです。アーケイン様。無事、マルチスの王位継承者として認められたのですね。大変喜ばしいことです。」

「いやいや。それがもう少しパリーニで品位を学べと、父に言われてしまってね。まだ、私は半端者だよ。」


 色々とおかしいが、ロイの祖父の祖父が作り上げた大国の、アルテナス宮殿の堅苦しい作法を学べば、貴族の礼儀作法が身に付くと言われている。

 貴族の子はいろんな国に留学して学ぶべきを学ぶ。例えば、イマリカ半島にある教皇領で神学を極めたり。

 そして、最後は決まってベルトニカなのだ。パリーニに滞在して、品格を身につければ、エウロペ大陸のどの国でも通じると言われている。

 あの寵姫政治を見させられては、貴族の行く末が不安である。


「あ、先生……じゃないんでしたっけ。えと、殿下とお呼びした方が……」

「おやおや。麗しいご令嬢はどなたかと思いましたら、アリス君ですか。殿下はまだ、私が慣れません。先生のままで問題ないですよ。実際、教員として働くつもりですから。」

「そうそう。今日は先生のお迎え会なんでしょ、マリー。僕はそう思って、みんなを誘ってきたんだけど。ま、カルロスには無視されたんだけど。」


 そんなありそうな理由まで用意していた。


(ランスロットの奴、調子良すぎよ‼っていうか、アーケインまで‼こいつ、どんな顔で出てくるのかと思ったら、普通にアリスを口説くんじゃないわよ‼大体、この四人が四人とも、ミサで私を殺そうとしたんだからね‼)


 厳密には、あの場にアーケインは居なかったのだが、真理の記憶を持つマリーには彼が実行犯にしか見えない。

 そして、ランスロットは流石である。本当にカルロスを誘ったのかはさておき、原初派ロイ、アーケインと新教派ランスロット、ジークフリートと、バランスまで考えている。

 いや、正しくは。ランスロットはそこまで考えているように思えてしまう。

 利益の為なら、平気で違う考え方の国と手を繋ぐお国柄である。


(ロイを連れてくることは予想できたけど、まさかアーケインとジークフリートまで連れてくるなんて。……一体、何を考えているのよ。)


 マリーは壊れそうな笑顔の仮面の下で、そう考えていた。

 今日は仮面舞踏会ではない。というより、あの日以来仮面舞踏会を開く余裕はなかった。

 そして、彼女は今日のお茶会を隠していたわけではない。

 一応、ちゃんとした理由もある。


(ロイの遺伝的愛人欲求が収まって、私が大人しく妃になれるのが一番なんじゃない?一度、フラれて引き籠ってたんだから——)


 アリスを飾り付けしたのはマリーの趣味だが、別の理由もある。

 初心に帰るとはそういう——


(——って、ロイ‼アリスに見惚れてんじゃないわよ‼なんでよ!私やベアトリスの方が……)


 いや、それはどうだろう。ここまで来ると好みの問題である。それぞれ別の魅力がある花に優劣がつれられないように、マリーとベアトリス、そしてアリスは違う魅力がある。


「アリス……。その、久しぶり」

「う……うん。お久しぶり……です。殿下。」

「あ……。その……、元気にしていたか?が……、学校で不穏な噂を聞いた、……それはもうだい、……大丈夫?」


 お前が大丈夫か?と逆に聞きたくなる。

 ロイはアリスが何歩も引いていることにも気付かず、どもりながら喋り続けている。

 いや、大丈夫とかそういうのではない。彼はそもそもあんな感じなのだ。

 つまりマリーの記憶にあるロイと、真理の記憶のロイには大きなズレがある。

 成人していないとはいえ、思春期の大半を一緒に過ごした神に認められたカップルの間に何もなかったのだ。

 彼は大人の階段を昇っていない。だから、マリーもそうなのだけれど。


「ロイ。アリスが困っているわ。それにちょっと近いんじゃない?」

「あ、いや。そういうつもりじゃない。私はただ……」

「マリー様、私も大丈夫……ですよ。もう……、私、大丈夫ですから。」


 読書と狩りだけが趣味の男が、煌びやかに描かれている。


(いや、待って。今までもそうだったかもしれない。大きく変わったのは寧ろ……、——私?)


 そう、変わったのはマリーの方なのだ。

 世界の見方が変わった。フィフスプリンスを知った。

 そして思い知らされた。ロイはマリーが好きではないのだ。

 

「ロイ、お前は何をやってんだ。流石にどうかと思うよ。」

「ですね。アリス君もです。それ以上は駄目ですよ。こっちで私とお話しませんか?」

「おい。俺が言おうと思っていたのに、二人して。」


 引き裂かれる男と女。それは許されざること。

 ただ、そう思っているのはロイただ一人。アリスは今、ロイルートには居ない。

 だから、彼は可哀そうにも一人、置いて行かれる。


(婚約者の前で……ね。私、なーにやってんだろ)

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