第27話 私、悪夢にも立ち向かうと決めましたの。

 気持ちが悪い。吐き気がする。

 そして、何より悲しい。父親が誰かは知らぬが、我の子には違いない。

 子たちが……、誰かも知らぬ者が奪っていく。


メアリ・・・。なかなか良い感じになったじゃん。更に蠱惑的になったんじゃない?」


 その声に私は生命力の全てを瞳に込めた。

 誰かも知らぬ者の親玉だけは知っている。この男がここに来るのは何年ぶりだろう。

 今日も銀髪が美しい、なんておべっかを使う年齢でもない。


「ちょっと―。怖い顔を向けないでよ。僕は君を助けたんだよ?マリー・ラングドシャは世間一般的には死んでるんだ。公開処刑で殺されてるんだ。」


 既に魔力は枯渇している。使ってしまったから、抵抗する術は今の私にはない。

 まぁ、残っていたとしても、この者の強大な魔力に勝てるかどうか。


「ドルイドの末裔風情が世界の覇者気取りか?」

「へぇ。良く気付いたね。流石は黄金の魔女だ。世界でもっとも高貴な血族だね。まぁ、完全に正解な訳じゃないけど。大体、人種って言葉が意味ないくらい、僕たちは混じりあっているんだよ。ま、それは多民族を束ねた大カテジナの孫娘なら当然知っているよね?」

「お前がお婆様の名を口にするな。穢れる。」


 ノーマン族の血筋かと思っていたが、あの島で迫害されたミルテの血が混じっていたとは。

 あの血こそ、本来魔女の血と呼ぶべきもの。彼奴は魔女の如き大釜を隠し持っているのだろう。


「それにしても、流石はラングドシャの娘。本当によく孕む。君の体欲しさにブルジョア共が精液と一緒に黄金を吐き出してくれる。まるで稀代の錬金術師のようだ。」


 確かに、今の私にも大カテジナの名は口にできない。奴隷以下の生活。それにラングドシャの血を至る所にばら撒いた。汚点だ、ただの汚点。いや、汚物か。


「下衆。……そういえば、あの子は元気なの?」

「元気だよ。今も臣民に笑顔を振りまいているだろうさ。流石だね、あの子は。お蔭で純粋なる信者共も大人しくなった。原初、新教、いや全ての宗派を纏め上げたんだ。お蔭で優秀な人材の流出まで防げた。あ……、大丈夫。気にしないでいいよ。あの子はちゃんと君が死んだと思っているから。綺麗な記憶のまま、とても良い友達として死んだと思っているから。はは、死んだ君に毎日祈りを捧げているんだよ。君はもっと彼女に感謝すべきだね。」


 本当によくしゃべる。あの島で生まれたら何枚も舌が生えてしまうのではないだろうか。

 エウロペ大陸では正義の国、永遠に神に愛される神の代弁者を演じ、エウロペ大陸の外では非人道的な行為も厭わない。

 いや、それは海洋国家全てに言える。我々は元々悪魔だったのだ。


「僕も君には感謝しているよ。彼女と君を同時に失った時のロイの顔を見せてあげたかったよ。ベルトニカはその後内戦を繰り返し、こっちに援軍を送ることさえ出来なかった。お蔭で僕たちは世界帝国を築き上げたんだ。あ、そうだ。君も僕に感謝しないとね。君の子たちもニューグリトスの一員になれたんだから。……大丈夫。人材は足りてるんだ。外で重労働なんかさせてはいないよ、多分だけどね。ちゃんと可愛がられているんだから、母親として嬉しい……よね?」


 超越した美貌を持つ、この血がどんな使われ方をされているか容易に想像がつく。

 新大陸の独立戦争を制したグリトス。世界帝国に対抗できる国は存在しないだろう。


「さ、僕はもう帰るよ。病気を移されたら大変だ。大丈夫。こっそり資料に残してあげるよ。僕が死んだ百年後に君は帝国のもう一人の母として歴史に名を刻むんだ。」


 私は新大陸のどこかの建物に住まわされている。

 どうにか逃げ出せたとしても、大海の向こう側に戻る手段はない。

 トルリアはまだ残っているらしい。私を抱く男共から偶に聞いたこと、でも病が進んだ後はその情報も途絶えてしまった。


 そして、どうやら私の体はここで限界。

 苦手な白魔法で、どうにか体の形は保っていたが、その力もついに尽き果てる。


 ある意味、生き残った。生き残ったと言っていいのか、もう考える力もない。


 せめて、この世界が地獄に落ちますようにと願いながら、私は死のう——


     ◇


 また、悪夢を見てマリーは目覚めた。

 吐き気がする。体の震えが止まらない。汗で濡れた肌着を着替えねば、冬の寒さで病に冒されそうだ。


 それでも、彼女は一目散に机に向かった。


「最低、最悪の未来。……でも、書き留めておかなくちゃ」


 今までは真理の記憶と悪夢の繋がりが分からなかった。単に恐怖心から悪夢を見てしまったと思っていた。


「最初の二つ。火炙りと斬首刑はほとんど覚えていない。忘れたいと思った……だけど、書かなくちゃ」


 真理の記憶と悪夢の繋がりの意味は分からない。真理にも分からない。

 だが、真理はあの記憶は深層心理のどこかで覚えていたのだろう、と思い始めている。

 物語フィフスプリンスの後日談は、記憶のどこかにあってもおかしくないと考え始めていた。


「最初にこんなの来たら、絶対に覚えていられなかった。カルロスの一件で、リスガイア王国周りを調べていたから、なんとか理解できたわ。」


 今回の夢が長かったのは、マリーが夢日記として記録したことで、朝焼けと共に薄らいでいく記憶を少しでも長く繋ぎとめた、そういう理由がある。


「沈まぬ太陽の国は、北の島国グリトスに脅かされていた。そしてあれはどういうこと?ランスロット・ルートのアリスはブルジョワの娘ではなかったの?」


 変幻自在のヒロイン・アリス。ルートによってご都合主義的に素性が明かされる。

 カルロスルートでは聖女への覚醒だったが。


「あれはリスガイア王国が後継者のカルロスに踏ん切りをつけさせる為の裏工作。アリスは間違いなく良い子で、敬虔な信徒。彼女をエサにカルロスを覇王に変える。そして、その道はまだ残っている。ヒーローとヒロインが結ばれるのはフィフスプリンスの最後。こうなることは読めていたけど、あれを目の当たりにすると真理の記憶はやっぱり凄い。」


 そういう意味では、マリーが今も自由に動けるのは奇跡に近い。

 さて、ここで前回の捕縛劇、その顛末をおさらいする。

 マリーが有罪になる為には、マリーが拘束魔法を解いている最中に見つかり現行犯扱いされるか、アリスが死ぬもしくは話が出来ない状況に陥っておく必要があった。 

 前者はアリスが何と言おうと、目撃者が複数名いる筈だったから、マリーは即座に異端者として火炙りにされる。

 後者はカルロスの奮起には繋がらないが、マリーがベルトニカ王国で殺人を行った、しかも黒魔法を使用して、という結果は得られる。

 ベルトニカとトルリアの同盟は破棄され、下手をすると戦争状態に陥る。

 その戦争に参加すれば、目的は達成できる。


 だが、現実は。

 状況証拠と罪を否定するアリスしか残らなかった。その先に待っているのはリスガイアとカルロスの退場である。

 というのも、リスガイアに主導権を渡したくない連中が大勢いるから、必ず邪魔をする生徒が現れる。その筆頭がランスロットである。

 彼らはアリスが手紙の中身を暴露するだけで、易々とアンリの計略に辿り着いただろう。

 

 フィフスプリンスで最も容易いなどと悪い表現を使ってしまった。だが、現実は彼らも優秀な貴族だ。

 アンリ・アラドンは計画の一部失敗を認めて、早々に事件を解決させた。

 押収されたマリーの魔法具の保管義務は、パリーニ司祭ベルセデにあった。

 そして、ベルセデの素行の悪さはマリーも知っていたこと。いや、真理の方は知らなかったけれど。

 リスガイア王国は、アレを教会内の不祥事に切り替えて、素行の悪さで有名なベルセデが勝手に魔法具を持ち出して黒魔法に手を出したことにした。


「原初派教会内の不祥事なら、新教派は口を挟めない。ベルトニカ王国さえ口を挟めない。実際にベルセデ所有の私の魔法具が使われたわけだし、どうせ枢機卿の痕跡は消されている。私が何を言っても無駄。アリスちゃんも不審には思いつつも、ベルセデの裏の顔を知っていたし、ベルセデが所有した魔法具に違いないしで、呑み込むしかなかったって感じかしら。それにしても……」


 ベルセデの肉が焼ける臭いは、まだ鼻孔に残っている。先の悪夢で殆ど消えてしまったけれど。


「風はランスロットに向かって吹き始めた?……まぁ、いいわ。アリスちゃんを元気づける為に、またお茶に誘おうかなー」

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