第26話 私、殆ど何もしませんでしたけど、これってチートですか?
「なぁ、アリス。少しは思い出したか?ほんの少しだけでいい!」
彼は同じ質問をしては頭を抱えており、焦げ茶色の髪がかなり乱れてしまっている。
薄茶色の髪の少女は、そんなことを言われても、と口をへの字に曲げている。
少女はマリーの想像通り、カルロスについて彼女に聞こうと思っていた。
目の前の彼について相談しようと思っていたから言い出しにくい。
「恐怖で一時的な記憶障害になってんでしょう。これだけの物的証拠があるんだから、強引に行けば問題ないと思いますけどねー。」
鈍色の髪をかなり刈り上げた男、アンリは肩を竦めた。彼と同じく、何度も言っているが、カルロスはアリスの側を離れようとしない。
誤算はあったものの、アリスを無事に回収し、ラングドシャ家を追い詰めることが出来た。
彼は万事うまく行ったと確信している。
「アリス、水を飲め。落ち着けば、何か思い出すかもしれない。」
彼女に言いながら、彼の目はアンリに余計なことを言うなと言っている。
「はぁ……。それで問題ないと思うんだけどな。」
アンリは手紙の内容を確認している。マリーと仲良くなるためには、授業以外の教養が必要、つまり図書室通いが大切だと教えたのもアンリである。
カルロスがマリーと仲良くなるのは、国の方針として非常にまずい。それは何度も伝えているが、カルロスは踏ん切りがつかない様子だった。
あの日、アーケインの独断で達成できなかったとはいえ、カルロス王子はマリーを断ずることができなかった。
「えっと……」
アリスが救いを求める目をアンリに向ける。だが、アンリは目を逸らす。余計なことまで思い出されそうで、内心ひやひやしている。
アンリにとって、いや本国リスガイアにとって、カルロスの決断が必要なのだ。
大海がかなりきな臭い。あの島国に干渉されない航路を持ちたい。
そこでエメラス海の航路独占および陸路の整備が、対抗策として浮上した。
トルリア王国はその橋頭堡として丁度良かった。過去にラングドシャ帝国があったから、再現は可能だと考えている。
それが本国が考えたリスガイア帝国の完成図である。
「……ま、いいか。マリー嬢の罪が確定しなくても、我が国は揺るがないな。」
彼にとってはまんまと罠に嵌ったマリー嬢。
だが、実は大きな誤算がある。
「俺は何かを燃やしている現場を見ているんだ。アリスはあそこに呼び出されたんだろ?それだけでも十分なんだ。」
呼び出されたのではなく、呼び出した。
アンリにとってはどちらでも良かったが、その情報が何故か出てこない。
どうして、ラングドシャはあの手紙を燃やしたのか、判断出来ずにいる。
せっかくマリーが憤慨しそうな内容で書かせたのに。
アレも自分の功績だと、いつか言ってやろうと思っていたのに。
その傲慢が彼の誤算である。
「何かを燃やした?燃やした……。燃やしたんだ……」
「あぁ。俺は見たんだ。何か思い出したか?」
手紙を燃やされた、それだけなら憤慨もの。でもアリスは手紙の内容を思い出していた。そして、現場の状況を照らし合わせると、流石に色々と引っかかる。
だから、彼女は素直に口にする。
「どうしてマリー様をそんなに悪人にしたいの?」
カルロスの顔が一瞬だけ硬直する。
彼の目にはマリーが呼び出して、アリスを脅したように見えていた。いや、思おうとしていたのだ。
カルロスの道にはマリーの骸が転がっている。だが、出来れば見えないところに、自分に関係のないところに転がっていて欲しい。
「お前だって知っているだろ。散々虐められていた。だからミサで言い放ったんだろ?」
「……あの時はそう思った。でも、それは間違っていたかもしれない。多分、そう思う。——私、決めた。」
カルロスの胸がざわつき、アンリの頭に血が上る。
アンリには意味が分からない。彼女が決められることは何もない筈なのだ。
だが、アンリの心をも見透かす少女はハッキリと宣言する。
「マリー様とお話しできないのなら、……私はマリー様は悪くないと言い続ける。」
攻略難易度が一番低いカルロスに操れる筈がない。アンリが操れるわけがない。
彼女は『あの手紙』が鍵になると気付いてしまった。
「おい。いい加減にしろ。殿下にこれ以上煩わしい思いをさせるな。何も覚えていないなら、何も言うな‼」
ただ、攻略難易度が低いカルロスだからこそ出来ることもある。
彼は今、散々吹いていた風が凪いだと気付いたのだ。つまり、アリスにとって容易いということは、カルロスルートはいつまでも残るということ。
「アンリ!お前、何を言っている?」
「殿下もいい加減、この件から引いてください。ここはベルトニカ王国、パリーニ市です。」
「あぁ、その通りだった。おい、アンリは口を出すな。」
ここで彼の梯子は簡単に外されてしまう。
現行犯で押さえられなかった時点で、マリー潰しは完全に失敗していた。
「分かりました。ただし、殿下。少し、外させてください。」
そして、高台から降りられなくなったアンリはこの場を降りた。
◇
閉ざされていた反省部屋の扉が開く。
マリーが閉じ込められていた時間は五時間くらいだろうか。
既に全ての授業が終わる時間だが、今日は最初の一限以降は休講になっている。
ただ、マリーには数日にも感じられたわけで、酷くやつれているように見えた。
「マリー様!お水をお持ちしました。」
「椅子も用意してます!」
裏切り者、されど功労者の二人が、即座に彼女を暗室から引き出した。
マリーは訳が分からないまま、ただ喉は乾いていたのでそれを飲み干して椅子に座る。
「え?どういうこと?」
ただ、そこで目を疑ったのは、何故か美容師と服飾師が立っていたこと。
「さぁ……。アリスさんがもう一度、お話ししたいから、と」
「ますます意味が……」
マリーは途中で言葉を止めた。これほど分かりやすい展開はないと気付いたから。
ここまで来ると残された答えを見つける方が容易かった。
彼女は真理の中にある選択肢を知っている。勿論、この後のことは分からないけれど。
何が起きたかは検討がつく。
「それでは移動しましょう。私たちは入室できませんが。」
「一応、伝えておきますがカルロス様が取り計らったみたいです。」
「……知ってる。本当に最悪だわ。」
修道院の小さな部屋が用意されているらしく、その中でアリスが待っているらしい。
加えて、建前かはさておき。誰も聞こえない状況にはなっているらしい。
あれほどの大爆発、あれほどの大混乱が嘘のように消えている。
嘘のように消えていることが、嘘のようにしか見えないが、これは真実なのだろう。
そして、部屋の中には本当に彼女がいた。淡い栗色の髪の少女がいた。
「マリー様!私、謝らないといけないことがあります。」
彼女が事件に巻き込まれた後、意識を取り戻した時に言ったこと。
それと同じ意味かは、今はまだ分からないが。
「あの手紙を焼いて頂いて有難うございます。」
どうやら、同じ意味らしい。あの大混乱の中では、放り込まれた時にはそこまで考えが至らなかったが、流石に五時間も与えられたら、そこに辿り着く。
マリーにとって、悪夢と真理の記憶は繋がっていると分かる良い機会となった。
「別にいいわよ。それより、もう少し文面を考えてね。ま、それはもう蛇足かしら。」
一度、キョトンとする小奇麗な身なりの少女。でも、直ぐに破顔して彼女はこう言った。
「ふふ、やっぱりマリー様は凄いですね。マリー様、あの手紙は無かったことにしてください!」
笑顔ではっきり、きっぱりと。
そんな顔を見て、マリーは心の中で頭を抱え、いや掻きむしっている。
(やっぱり!そうなると思ったわ。本当、……最悪だわ。)
そう、アリスはマリーにとって、最悪の結果を用意していた。
「はぁ……。もう燃やしてしまったのでしょう。別にいいわよ。私の五時間の反省室はなんだったのかしら。」
「うう、それは。……すみませんでした。」
「両手両足の指の数じゃ足りないくらい、話を用意していたけど……。どうやら全部必要なかったみたいね。……もう、帰っていい?」
マリー・ラングドシャは何事もなかったかのように、馬車に乗り込んだ。
途中、人ごみの中に大きな焚火が見えたけれど、それには目もくれず車内の高級なソファに座る。
座った後で、ジュリアとアネットの前で盛大に頭を抱えた。せっかく半刻前に専属美容師がセットしてくれたのに、気にせずに頭を抱える。
あれほど御しやすかったアリスは消え、不気味な彼女が戻って来てしまった。
「最悪。読めてたけど本当に最悪。五人のルートのうち、一つ潰せるのかと期待したのに。……やっぱり駄目だったのね。」
そして、進みだした馬車の車窓から見えた煙をチラリと見て、彼女は小さな声で囁いた。
「真理の記憶に名前さえも残さない彼。次はもっと清らかな魂で生まれてきなさい。」
「マリーお嬢様?」
「なんでもないわよ。あの臭いが移らないよう、馬車を飛ばしてくれる?」
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