第25話 私、物語に出てくる枢機卿って大抵悪役だと思いますの。

 まるで、悪夢の再現である。

 勿論、あの時とは状況は全然違うが、暗闇には違いない。

 修道院の反省室の中。悪さをした子供を躾けるための部屋。


「痛っ!」


 悔しさのあまり振り上げた拳を床に振り下ろした、だが思っていた以上に手が痛かった。


「……大失敗だわ。功を焦りすぎていたってこと?」


 あの手紙の時点で気付ける筈だった。いや、正直な話。これは賭けであった。


「でも、アリスが本当にキューピッドを求めていた可能性もあったのよ!」


 少女があの時の言葉を信じて、カルロスとくっつきたいからキューピッドになって欲しいと頼んだとする。

 そうなれば、マリーの勝ち。

 マリーの肩書きをもってすれば、ベルトニカ王妃の権限と、ラングドシャの権限を使えるのだ。ナンセール伯、いやリスガイア王国国王の首を縦に振らせる自信があった。

 しかも、主導権を握れるからマリーの安全まで保障される。

 トルリア、ベルトニカ、リスガイア、そして聖女と教皇。エウロペ大陸の三分の二を治める大帝国の完成である。


 後の世で大マリーと呼ばれるだろう偉業である。


「でも、大外れ。私は焦って、真理の記憶通りに誘導された。……アンリ・アラドン‼リスガイアはそこまでするのか‼」


 アラドン家は過去に何人もの枢機卿を排している。

 ただ、それと真理の記憶を結びつけると、とんでもない未来に辿り着いてしまうのだ。

 だから、流石にそこまではないと思った。いや、思いたかった。

 アリスが相談したいと本気で思っている方に賭けたかった。


「つまり、カルロスの意志とは関係なく、カルロスは私の屍を越えていくのね。あの男、絶対に許さない……」


     ◇


 さて、時間を遡ろう。


 マリーはのこのこ、敵の罠に嵌り修道院の裏へ行った。まず目に入ったのは自分のドレス。そのドレスを辿っていくと、少女を見つけた。

 寝かされた状態のアリス、だけではなく深々と外陰を被った数名の誰か。


「やれやれ遅かったな。だが、迎えなしに来てくれたのは大いに結構。いや、だからこそ我々は動いたが、正しいがな。」


 仮面を被っているが、声から男だと分かる。ただ、その時はそれ以外のモノに目を奪われていた。

 アリスを中心に魔法陣が組まれている。しかも、見覚えのある魔法具ばかり。


「安心しろ。我々は直ぐに消える。だが、急いだほうが良いな。お前の姿が見えた瞬間に発火魔法を発動させた。」

「はぁ?あんた、自分が何をやっているか分かってんの?」

「分かっている。だから、急いでほしいものだ。彼女はあの方のお気に入りだ。出来れば、無傷で回収したい。」


 無茶苦茶な理屈だった。アレらはアリスを傷つけるつもりはないのに、彼女を眠らせてあろうことか爆発させるつもりだった。

 しかもアリスは地面に拘束されているから、いちいち魔法具を解除しなければならない。


「君の魔力は大したものだな。正直、我々では起動は出来ても解呪は難しいらしい。」


 言外にアリスは死んでも構わないと言っている。全ての罪をマリーが被れば問題ないとも言っている。

 マリーはこの時点で、相手の正体に気が付いた。


「アーケインが回収していた魔法具を使ったのか、アンリ‼」

「さてな。では、我々は退散しよう。後のことは頼んだよ、マリー殿下」

「待て!逃げるな、アンリ・アラドン‼」


 以前にも話した通り、当時の副司祭ベルセデはベルトニカの中流貴族の次男であり、大した人物ではない。

 真理の記憶にも残っていないほどの小物である。

 いや、真理の記憶で語るなら、アンリ・アラドンも登場しない。

 だが、教皇という存在は登場する。アリスを聖人認定する教皇が。

 枢機卿がベルセデを訪ねたとしたら、彼はあっさりと魔法具を手渡すだろう。

 そしてアラドン家が関わってくるのなら、狙いがアリスではなく自分であることにも納得がいく。


「クソ。逃げても私の魔法具が残る。……だったら、助けるしかないじゃない‼」


 黒魔法に嵌っていたから、自業自得と言えばそれまで。

 黒コショウ、そして黄金と同価値の魔法具は押収されたとて、マリーは代わりのものを簡単に用意できる。

 最近はその存在さえ、忘れかけていたけれど。


「こんなことなら、ジュリアとアネットを連れて来るんだった。アリス!目を覚ましなさい。覚醒したアンタなら、きっとその呪縛を解ける!」


 だが、彼女はピクリともしない。

 やるべきことは、間違いなく彼女の解放だった。

 散りばめられた魔法具をイチイチ解呪する時間は無い。自分の魔法具だからこそ分かる。


「どうして私がこんな危険な真似を。……ってか、アネットとジュリア。差し出すならもっと安い魔法具にしなさいよ。」


 いや。ラングドシャの、マリーの素行を知らしめるには最高級品を提示した方が説得力があったのだろう。

 多神教が栄えた時代は高度な医療手術が行われていたらしい。

 その時に用いられた睡眠魔法。試したことはなかったが、成程こんなにも人を眠らせるものらしい。

 そんな興味深い発見もあったが、自分で篭めた魔法具の魔力量の多さにそんな気分も何処かへ飛んでいく。


「ってか、どんだけ不満を溜め込んでたのよ。なんかもう魔法具から私の怨嗟の声が聞こえてくるんだけど‼」


 心当たりはありすぎる。

 異国に連れ出されて、バロアに監禁された。勿論、出入りは自由だけれど、外の世界は結局異国なのだ。

 嫁入りしていれば、同胞として歓迎されたかもしれないが、彼女の場合はただただ異人。

 そして、どうにかこうにか彼女を解放したところで、大爆発が発生した。

 マリーでなければ、間に合わなかったかもしれない。


「不味い。これってよく考えたらあの展開にそっくりじゃない。……白魔法、あんまり得意じゃないけど。天使ラフネルの祈り……だっけ。アリス!目を覚ましなさい!アリス‼」


 全身、煤だらけの二人の美女。ただ、一人は眠ったまま。

 爆発で耳鳴りが酷いし、土煙で辺りが見えない。

 そして、漸く耳鳴りが収まった時、三人の声が聞こえた。


 ただ、実はというか、当たり前だが駆けつけたのは三人だけではなかった。


「マリー様がついにお怒りになった!」

「うわー。あの噂、嘘だったのかよ―」


 アリスの安否が確認される前から、現場は大混乱に陥っていた。

 ジュリアとアネットがマリーを守るように立ちはだかり、カルロスは裏切られたと叫びながら、教職員に体を押さえつけられていた。


 そして、白魔法が得意な教員がアリスを目覚めさせて、彼女が最初に放った言葉がこれ。


「あれ?ここはどこですか?私、どうしたんですか?私はマリー様にお詫びをしないと」


 そんな大混乱のさなか、マリーはどうしていたかというと。


(よく分からないけど、真理の記憶とズレがある。私、実は助かっている?)


 そうなのだ。

 真理の記憶では現行犯で逮捕である。魔法を使う所を押さえられて、弁解の余地なく逮捕される。


 実はジュリアとアネットのファインプレーである。

 勿論、この二人が魔法具を持ち出さなかったら、こんなことは起きていないのだが。


 フィフスプリンスの世界では、ジュリアとアネットはこの時点でも裏切り者である。

 本編のマリーはアリスを呼び出して、ジュリアとアネットに見張らせる。

 ただ、今回の二人は止められたのもあるが、彼女について行かなかった。

 それだけではない。カルロスの侍従たちは、ジュリアとアネットに話を通していた。

 リスガイアはトルリア人を、特にラングドシャ家を、いやマリーの側近がそういう存在として考えていた。

 だが、ジュリアとアネットは思いとどまった。

 流石に火柱を見て、我を忘れて走ってしまったが、目撃者を募るために行動することも出来たのに二人の少女は主の為に、カルロスに行先を伝えなかった。


 因みに、マリーはアリスを無傷で助けている。そのアリスは何も覚えていない。

 ただ、使われたのはマリーの魔力が篭った魔法具。

 本当に助かったかはさておき、現行犯での捕縛と状況証拠だけの捕縛は違う。

 被害者である筈のアリスが無傷、しかも何も訴えない。そして被疑者はあのマリー・ラングドシャ。

 とりあえず反省室に送って、上からの指示を待つしかないと判断が下された。


     ◇


 そして、現在。マリーは頭を抱えるどころではなかった。

 あの悪夢と真理の記憶は繋がると知ってしまったのだ。その結果導き出される未来とは。


「カルロスルートで重要なのはアリスではなかったのね。聖女認定する教皇側に問題があった。アラドン家は枢機卿の名家。そしてイマリカ半島、教皇領の南部を領土としている。」


 エメラス教会の歴史が物語っている。


「過去にも二人の教皇がいた時代があった。その結果——」


 古代の歴史を紐解けば、王が乱立したり、皇帝が乱立したり、教皇さえも乱立したりする。

 そしてここ、ベルトニカ王国は前王朝でそれを実行している。


「イマリカ半島で戦争が起きる。そしてヨーゼフ王は。……兄上は現教皇側に必ず立つ。それでなの?」


 何をとち狂っていたのか。

 真理の記憶の外にも世界は続いている。

 アリスが卒業し、結婚した瞬間世界が終わるわけがない。


「トルリアは女にも王位継承権がある。兄、そして兄の子を殺した後に回ってくるのは、……私。でも、それって——」


 その瞬間、脳をよぎるのはあの男の言葉。


『彼女はあの方のお気に入りだ。出来れば、無傷で回収したい』


「あいつらにとっても、アレは博打だった。カルロスが、次期国王の覚悟がなければ、あいつらも踏み切れないってこと。……アリスちゃん。ゴメン。」


 アリスはカルロスに惹かれていたかもしれない。彼女は本当にあの手紙を書いたのかもしれない。例えば側近に相談したかもしれない。

 それを悪用されたのかもしれない。


「カルロスが聖女と共にトルリア、私の家族を殺すなら、……その結婚は絶対に認めない‼」

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