第24話 誘導された捕縛劇
マリーの顔は青ざめていた。朝焼けのせいで紫色に見えてしまうほど。
彼女は真理の記憶を端に追いやり、マリーの頃に聞き流していた記憶の宮殿の最奥部の引き出しをどうにか見つけ出した。
「在り得ない。そんなこと、絶対にあっては駄目。」
真理の記憶では、既に二つの捕縛劇を逃れている。アーケインルートとロイルートでのマリーの捕縛は、アーケインの罠。
ただ、それは無かったことになったから、単に先延ばしされただけかもしれない。
「流石にそんなこと、無謀無策にも程がある。」
彼女はカルロスルートが生存ルートだと信じたい。
ジークフリート。彼の家、リッヒガルトの狙いは分かる。
マリーの政略結婚は、新教派ロッケン王国を纏め、更には皇帝を名乗ったゲルハルトを原初派で包囲する為のもの。
政略結婚が無くなり、両国の関係を悪化させる。実に分かりやすい。
一方のランスロット。父親はベルトニカではノイマール公、グリトン島ではグリトス王である。
日和見外交をする、鬱陶しい国グリトスは原初派を島から追い出した。そもそも原初派の同盟を気に入っていない。
これらはジークフリート、ランスロットの人格に関係ない話。
だが、マリーにとってはやはり避けたいルートである。
アリス・ジークフリート、アリス・ランスロットより、出来ればアリス・カルロスなのだ。
そんなモヤモヤを抱えたまま登校した日の出来事。
「マリー様。顔色が優れないようですが、……またロイ殿下に何か言われたのですか?」
ジュリアとアネットはあの日以来、マリーを十分に気遣っている。二人の真意は分からないが、異国の学校で友人の少ないマリーには二人の存在は有難かった。
一番の信頼を置くベアトリスが学校に通わせてもらえていない。受け取った年金で彼女は家庭教師を雇っているので、教養は十分に備わっているが。
「いいえ。殿下から連絡はないわ。連絡を寄越さないのはいつものこと。特に気にしてないわ」
「マリー様!……あの王の血が流れているんですよ。もっとぎゅうぎゅうに縛らなきゃ。」
「アネット、余計なことを言わないの。マリー様の評判が悪くなります。」
何処の誰が漏らしたのか、マリーとアリスが仲良く会話したことを全員が知っている。
そして面白くないことに、その噂でマリーの評判が上がったのだ。
まるで、今までマリーがずっと悪者だったかのようだ。真理の記憶ではその通りなのだけれど。
「……ま、アリスの行動を考えたら、納得するしかないのだけれど。」
「マリー様。そのアリスから手紙を預かっているんですけど!」
と、アネット。マリーは怪訝な顔をしつつも、視線だけで開封を促した。
「では読みますね。えっと——」
他の生徒の耳に入らないように、移動しながら封を開けるアネット。
マリーとジュリアも同じく、動いている。そこで読み上げられた手紙の中身は。
『マリー・ラングドシャ殿下、先日はありがとうございました。三着もドレスを頂いて、本当に嬉しかったです。ですが、私には似合わないのでお返ししたいのです。』
「はぁ?マリー様の施しを返したい?どこまで調子に乗って——」
「ジュリア、声が大きい。多分、そういう意味じゃないわ。あの子が言う場合は意味が違ってて。アネット、そうでしょ?」
先日、ベアトリスに諭されたばかりだが、まるで最初から知っていましたという顔でマリーはアネットに続きを促し、その通りだったようでアネットは頷いた。
「はい。続きがあります。ですが、これ。どういう意味ですかね?」
オレンジ色の髪の少女は首を傾げて、先に黙読していた。何か、暗号でも書かれているのか。
難しい顔をしているが。
『申し訳ありません。綺麗にして返そうと思ったのですが、ほつれを見つけてしまい、修繕を試みたのですがうまく行きませんでした。金の針で自分の足を刺してしまったのです。マリー殿下、どうすればよいか、教えて頂けませんか?恥ずかしいので二人きりでお話がしたいです。授業の後、修道院の裏でお待ちしております。』
手紙の後半の内容に、マリーは目を剥いた。
アネットは終始難しい顔をし、ジュリアは首を傾げている。
「って感じですぅ。失礼を通り越して呆れてしまうんですけどぉ。マリー様に教えを乞いたいとかぁ。」
「それは確かにそうね。でも、後半の一説は確か……、——古代メロウ神話?」
ジュリアが奇妙な言葉に気が付く。
アネットも気付いていたが、彼女にも意味が分からなかった。
「自らの足を金の矢で射抜いた恋の神。……確かにキューピッドの話をしたわね。私がアリスのキューピッドって言ったの。」
その時、アリスはキューピッドを知らなかったが、勉強熱心な彼女は異教の神話も調べたのかもしれない。そもそも、キューピッドの絵は街中でもよく見かける。
特段、禁止する話ではないからか、異教の神話の中ではかなりメジャーである。
しかも天使の容姿にしてしまえば、エメラス教の天使だったという見方もできる。
「っていうか、授業の後って。アネット、その手紙はいつ受け取ったの?」
「え?さっきの授業の前ですけど。」
「ちょっと!それを先に言いなさい!二人はここにいて。あと、その紙は燃やしなさい。……確かに不敬罪の証拠には違いないわ。」
そして、マリーは足早に消えた。
何かに焦ってる様子も二人に伝わっていたが、彼女達には単に時間がないからだったとしか思えなかった。
◇
彼が異変に気付いたのは、その十分後。
最近のアリスはとにかく忙しそうだった。授業が終わると直ぐに図書室に駆け込んでいた。
彼が彼女にその理由を聞くと、
「学校で学ぶこと以外も勉強したいから」
嬉しそうにそう答えた。理由は彼、カルロスには簡単に分かる。あのお茶会が何故か噂になっているから、察せた者も多いだろう。
「元々、女友達が少なかったからな。それに相手はあのマリー・ラングドシャ。怖がり続けた反動で、大好きになったのか。俺も最初は悪いイメージで登場すればよかったかな。いや、あのマリーをデレさせたんだ。俺にも難しいことだろうよ。」
あのお茶会から、数日。アリスはそんな学校生活を送っていたから、授業後に居なくなっても何も思わなかった。
けれど、先のアリスには何か違和感があった。
「ん?いつもは本を抱えて図書室に向かうのに、今日は何も持っていなかったような?もしかして、忘れ物か何かか?……ちょっと様子を見に行ってみるか。」
マリー・ラングドシャ『ごっこ事件』は、まだ記憶に新しい。その時、カルロスは素行という意味でマリーに勝ち目がないと思った。
ただ、その話はマリーとアリスの和解により、彼の中ではなかったことになった。
しかして、あの時マリーを焚きつけたのは誰だったか。
「俺が言うのもなんだけど、アリスは危ういんだよなぁ。アイツはマリーと違って、力を持っていないからな。」
そんな彼の目に、濃い目の金髪とオレンジっぽい金髪の女が二人が映った。
怪しい動きをしていたから目に留まった。カルロスの目にはラングドシャのあちら側の人間に見える二人。
「おい。お前ら。そこで何をしている?何を燃やしている?」
これまた自分に言えた義理はないが、二人はマリーを一度裏切っている。
そんな二人をどうして、未だに側に置いているのか。正解はマリーが単に寂しいからだが、カルロスにはそれが違う理由に思える。
背負わされた責任がそう思わせる。
だから、鳥かごから彼女を逃がしてやりたかった。
でも、その鳥はなかなか懐かなくて、しかも他人の鳥かごの中だから、簡単には手が出せない。
「カルロス様⁉何をって……、手紙を燃やしていただけです。」
「へぇ。本国からの手紙か。相変わらず、裏で動くのが得意なようで。支配したくば、汝結婚せよってか?」
まぁ、これも。彼に言えた義理ではないのだが。
「違いますよ!っていうか、私の予想ですけど——」
「アネット!お嬢様は多分、それを含めて燃やせと仰られたのです。」
カルロス様の方が心当たりあるんじゃないですか?と言おうとしたアネットをジュリアは止めた。
「っていうか、マリーはどこだ。」
「言えません。私たちの主はマリー様です。」
「そうです。これ以上、マリー様を失望させたくありません!」
大陸から黄金を生み出す国の王子は、その言葉に少しだけ驚いた。
彼はベアトリスにも同じものを見ていた。もっと打算的な連中かと思っていたし、実際にそうだった。
でも、それは彼も感じていたことかもしれない。
マリーは変わり始めて——
ドン‼‼‼
だが、その時。
大学の窓の向こう、修道院の向こうから火柱が昇った。
「お嬢様⁉」
二人の声が重なる。呆気なく、主人の居所を吐いてしまう。
「はぁ?だって、アイツは黒魔法止めたんだろ?ベアトリスが言ってたぞ。」
「知りませんよ。私たちは最近、バロア宮には行ってないんですから。」
「アネット、喋ってないで早く行きましょう!」
三人が三人とも、ベルトニカ王国貴族に恥じる行為、というより廊下を走りに走った。
カルロスは本来の目的を忘れ、火柱へと向かう。
ジュリアとアネットは裏切りを赦してくれた主人を想ってひた走る。
そして、三人は見てしまう。
「お嬢様……」
「マリーぃぃぃぃ‼てめぇぇぇぇぇ‼」
燃え盛る炎を背に、必死の形相のマリーと全身煤だらけのアリス。
マリーの顔が炎に照らされて、アリスの上半身を抱えて、睨みつけている顔がハッキリと見えてしまった。
地面には大量の魔法具が転がっており、そこで黒魔法が使われたと大学にいる者なら誰でも分かる光景。
更に、燃えていない側にマリーがアリスに与えたドレスまで散乱していた。
その鬼の形相の少女が三人の叫びを聞き、顔を上げ、瞼を裂いて、思いっきり叫び声を上げた。
「違う!私じゃないの‼」
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