第23話 私、神を信じていれば約束の地に辿り着けると確信しておりますの。

 パリーニ市の一等地に建てられた貴族もしくはブルジョワ専用のカフェ。

 今は小貴族よりブルジョワと呼ばれる平民の方がお金を持っている。


「なーんか、俺に最高の流れ来てない?」


 流石は日が沈まぬ国の王子様、——まだ成人していないので正確ではないが。

 まだ、アリスが全ルートを並走しているかは不明だが、二人ほど離脱しているので、彼は上機嫌。

 更に彼が主人公だっとすれば、追加コンテンツであるベアトリスという新ヒロインがいる。


「ここ、凄く高そうなんですけど、本当に私なんかが入って良いのかな」

「アリスちゃんは今は何処からどう見ても、上流貴族だから大丈夫だよ。な、ベーチェ。」

「あの、有難うございます!この恩は一生忘れません!」


 世界の中心の少女は懸命な笑顔で、素敵なドレスを下賜して頂いた彼女にお辞儀をした。


「気にしなくていいわ。その服も着るかどうか迷ってたものだし。」

「一生懸命洗って返します!」

「返さなくていいわ。迷っているうちに流行りが他に移ってしまったし。」


 一応、進展はしているが、カフェタイム全体を見回しても、二人の会話はその程度。

 マリーのリソースは別のことに使われているので、この中では一番口数が少ない。


 馬車に乗り込む時に感じたことが、未だに引っかかっている。

 先も言った通り、貴族よりもブルジョワが幅を利かせる世の中になった。

 懸念はこれ。変幻自在のアリスの他のルートの形、平民ではあるが実はブルジョワの子だと判明するご都合展開。


 ——ただ、これはランスロットルートのアリスである。


 重商主義を掲げるグリトスの内情は知っている。

 ただ、それは後程語る話。

 兎に角、マリーはカルロスとアリスのキューピッドになるつもりでいる。


 原初派のベルトニカで過去の神が登場することに違和感があるかもしれないが、それは大王ルイ15世が芸術に関してのみ、ルネッサンスを認めたからだ。

 その前の王が教皇のいるイマリカ半島で栄えたルネッサンスに憧れて取り込んだ。

 そして、大王も華やかな芸術を愛した。だから、敬虔な信徒にも拘らず、異教の神が描かれた絵画を所有したりする。

 だから、敬虔な信徒であるマリーも十分に知っている。


「アリスはランスロットとも仲いいの?」

「おい。それを本人に直接聞くか?それも俺の前で。いや、そういうんじゃなくて、やっぱ嫌じゃん?」

「ランスロット君も良くしてくれます。……でも、いつも何かをはぐらかされているっていうか。」

「おうおう、アイツらしいな。アリスちゃん、アイツだけは……。いや、ジークフリートも。あー、ロイもダメだな。寵姫ってのはアリス的にも嫌だろ。アーケインの奴もあっさり還俗しやがったしな。」


 それはマリーも納得。勿論、どうしてアリスが選ぶ立場になっているか、というのは真理の設定という言葉に縋るしかない。

 だが、納得できないのは目の前に居る褐色イケメンだ。

 聖女の風格を既に醸し出す、少女に惹かれただけなのか。


「ちょっと、ちょっと。カルロス様!アリスちゃんってすごいですね!この子、王子様にモテモテじゃない!」

「まぁ……。そうだなぁ。どっかの誰かさんが近寄り難い雰囲気を出しているせいで、俺達には眩しく見えるのかもな。」

「はわわわ。そんなことないですよ。皆さんがお優しいだけです!それにマリー様だって……。こうやって服を施して頂きましたし……」


 カルロスは分かりやすい助け船を出している。

 先の言い合いは、あくまで格差の話。ただ、先の身分の話。修道士の男が説いていた王の定義は原初派の教義だから、受け付けなかっただけ。

 本来、カルロスの気遣いに気付けぬマリーではない。

 ただ、多少はまだ戸惑っている。


「……大したことではありませんよ。——それにそのドレスがあれば、またここでカルロスの驕りでお茶が出来るわけですしね。」

「はい!私、大切にします!」


 日の沈まぬ国の王子候補は、マリーの恥ずかしそうな顔を見て、嬉しそうに目を細めた。

 このアリスは怖くない。彼女がカルロスと共に歩むなら、世界の中心はラングドシャに優しい風を送り込む。

 そして、少しずつマリーの緊張が解けていく。


「でも、毎回同じ服というのも不愉快です。もう二、三着、後で送りましょう。」

「え?それは——」

「いいのいいの。マリーちゃんは貴女のことを気に入ったんだって。」

「あ、そうか。そういうことか。いやぁ。マジで最近、俺に風が吹いている気がするなぁ。教義がなけりゃ……」

「カルロス?」

「じょ、冗談だっての!新教派は単に教会の権力を削ぎ落したいだけだ。真っ当に聞こえることを並べてるくせに、私腹を肥やしてやがる。」


 古代エメラの民が崇拝していた神はエメラ。ただ、エメラはエメラの民しか救わない。少なくとも閉じのエメラ人はそう考えた。

 ただ、それでは多くの人間は救われない。だからエメラはエメラスとして再降臨して、再び人間と約束を交わした。それがエメラス教と言われる。


 多神教の考えが中心だった時代にはエメラス教は受け入れられなかった。

 小さな土地に多くの王が跋扈していた時代、それぞれの王は自分が神の末裔であると民に説いた。時に敵対、時には競合していく群雄割拠の時代には、多神教は都合が良かった。お前はお前の神、俺は俺の神。ある意味で多数の王が共存可能だった。

 多神教は強者の為の教えだった。多神教時代の名残として残るのが魔法なのだが。


「ふふ。そうね。そういう意味ではアリスはエメラス教の鑑ね。」


 元々、エメラス教は貧民や罪人に広まった教えだった。少しずつ勢力を伸ばすエメラス教が放置されていたのは、彼らは貧困層の救済を行っていたからだ。

 アリスの姿はそれを彷彿とさせる。

 もしかすると、ロイはアリスに救済を求めていたのかもしれない。


「ほんと、マジで良かったよ。俺はマリーとアリスは実は相性がいいんじゃないかって思ってたんだぜ。大カテジナも進んで民と接していたんだろ?」


 大カテジナは単に慈愛の心だけで接したわけではなかった。そうあらねば、他種族を纏めきれなかったからだ。

 ただ、マリーは素直に首肯した。


(でも、なんか腹立つ。アリスに首ったけじゃん。それにやっぱ、カルロスって超優良物件。彼は助け船は出さなかったけど、ちゃんと私の味方だった。ロイなんかとは大違い……)


 それでもやっと着陸地点は見つかった。約束の地は存在した。

 アリス・カルロスルートならば、真理が訴える悲劇はやってこない。


「そうね。私と分かりあえる部分があるなんて気付きもしなかったわ。」

「ったりめぇだろ。お前がサボり過ぎなんだ。」

「うふふ。ここでなら私もカルロス様とお会いできますしね。アリスちゃんに負けないようにしなきゃ」

「ちょっと、ベーチェ。こいつはね……」


 あぁ、こんなところに。しかも、アリスにとっては攻略難易度が一番低いカルロスの地に安寧があったとは。


「マリー様。今までの無礼を謝ります。本当にすみませんでした……」


 そして、アリスはこのルートでは原初派の希望。

 ならば、単に目を剥き、体を強張らせていた今までの自分ともお別れできる。

 マリーはマリーらしく、淑女の振る舞いを持って、美しい姿勢のまま。

 頭を下げる行為は出来ないが、愛らしい笑顔は王妃として送るべきであろう。


「顔をお上げになって。これからは親しき友人として共に行きましょう。私、高貴な人間でも気に入らなければ、無視しますの。そういえば、身分など関係ありませんでしたわ。」


 プチ・バロア、バロア宮殿の内装、彼女の新しい髪形、新しいドレス。どれもそういえば平民が作ったもの。

 後に聖女となる平民の少女も、そのお気に入りに加えてもよい。

 すると彼女の悪夢は去り、真理の記憶も意味を失う。


 頭の中が晴れ渡り、カツラ廃止のせいで無駄に長く伸ばした髪、それで重くなった頭も軽くなった。

 これにてマリーの戦いは終わりを告げる


 ——そんな甘い話である筈がない。


「王子ー。そろそろ帰りませんかぁ。王子のハーレムを見守り続けるにも限界がありますよぉ。」


 晴れ渡った空はいつの間にか赤化粧に染まっていた。

 パリーニの冬はそこまで厳しくないとはいえ、既に季節は初冬を過ぎている。

 いや、最近の冬は昔に比べると遥かに寒いと聞いたことがある。

 だからか、いやそうではなく、あの男の声を聞いた瞬間。マリーは総毛立った。


「アンリ。何度も言わせるな。俺は確かに王子候補だが、まだ決まった訳じゃねぇ。そもそも、リスガイア王国には——」

「王の息子は皆、戦で海の藻屑。残っているのは女ばかり。この国の法でもあっちの法でも、カルロス殿下が王位継承者っすよ。ま、成人までは待て、でしたっけ?」

「そうだよ、もうちょっとくらい待てっての。俺はかたっ苦しいのは嫌いなんだよ。あ、そだ。こいつはこれの侍従をやってくれているアンリだ。アンリ・アラドン。こんなぶっきらぼうな奴で、乱暴な奴だが根は真面目な奴だ。アリスは知っているよな。こいつの家は……、ってマリー大丈夫か?」

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