第22話 私、自分がズレているとは思っていませんけど?

 遥か昔、メロウ帝国が在った。エウロペ大陸の殆どを収めた巨大帝国である。

 その歴史の中でエメラス教が生まれ、当時の王がエメラス教信者となったことで、エメラス教は国教と呼べるの存在となった。

 ただ、メロウ帝国は巨大すぎた。重臣に伯を名乗らせて、各地を収めようとしたものの、異民族の侵入には耐えきれず帝国は分裂した。


「主はどの生まれ、何に生まれたとて区別はしません。皆、平等に救います。」


 後に異民族を束ねる者が現れ、その者を改宗させることでエメラス教は更に浸透した。その者はシャール大帝と呼ばれている。

 シャール大帝は神の名の下に異教徒を排除し、エウロペ大陸を再征服したが、結局は分裂した。

 その時も伯という制度を使ったというが、やはり大国の支配は出来なかった。

 そして、その分裂が今の国の形の基準となった。


「五百年前、パルメジャーノ司教はユグ・カシューに聖油の儀を行い、カシュー朝が成立しました。そして五百年後の今もその伝統は続いているのです。」


 伯がそのまま、今の貴族へと引き継がれた。その中で一番力を持っていた者が教会と協力して支配をした形。

 王は教会に大義名分を求め、教会は王に武力を求めた。


「パルメジャーノ様は——」


 黄金よりも美しい髪と言われる少女は、教壇に立つ修道士の話を聞いていない。

 流石にレベルが低すぎて、知っている内容しかない。しかもそれなりの貴族であれば、いくつも指摘できる嘘も混じっている話だ。


「あの子、いつもあんなことをしているの?」

「あぁ。文字が読めない者も多いからな。アリスは教えるのが上手いって評判だぜ。」

「活版印刷で聖典の普及は進んでも、文字が読めないと意味がない。成程、それはそうですね。カルロス様も参加しなくて良いのですか?」

「あー、レテン文字の聖典なら教えられるけど、あれはベルトニカ語で書かれてるだろ?俺、ベルトニカ語はちょっと怪しいんだよなぁ。」

「そういえば、生まれはナボル半島でしたね。それにしても、レテン文字が読めるのですね。尊敬してしまいます。」


 ベアトリス、カルロス、マリーは小さな教室の後ろの方に座っている。

 マリーはベアトリスとカルロスのお茶の約束を利用して、アリスが通っている修道院を訪ねている。

 ロイはアリスに避けられたショックからか、最近は学校をサボっている。アーケインはまだ戻らない。

 だとしても、マリーが他の男と会うには口実が必要だろう。

 修道院の見学はそういう意味で都合が良かった。しかも、そこに行けばアリスがいる。


「ふーん。今の状況だけ見ても聖人認定できるんじゃない?」

「せ、聖人って。いや、確かに出自が良ければあっという間だろうけどさ」


 悪夢は不安から来ているだけで、フィフスプリンスの記憶は関係ない、……かもしれない。

 マリー・ラングドシャの最期はゲームでは描かれない。

 罪人、異端判決が出る瞬間、捕縛される瞬間が、マリーの最期の出演シーンである。

 彼の道に、自分の屍が転がっているとしても、突然始まる異端審問を潜り抜けられる。新教派のジークフリートとランスロットも条件は同じだが、原初派のラングドシャ家にとっては彼らはやはり異端者である。


(普通に考えればアリス・カルロスルートが一番安全なのよ)


「よっ、アリス。お疲れさん」

「あ、カルロス君!……って、あの」

「そんな青い顔しないでくれる?今の私は人畜無害よ。案外、私はキューピッドかもしれないわよ。」

「え……、キューピッドって?」


 カルロスが手を振るとアリスがやってきた。だが、そこには怖い人がいた。

 最近、ロイの一件で彼女に話しかけられたが、その時も彼女は怒っているように見えた。

 だから、今でもアリス目線ではとても怖い人である。


「古代メロウ帝国の神話だっけ?確か、恋の神。って、なんでマリーがキューピッド⁉」

「はぁ……。別に意味はないわ。この子はベアトリス、私の親友よ。」

「どうも。こんにちは、アリスちゃん。」

「こ、こんにちは。ベアトリス様」

「私のことはベーチェって呼んで。カルロス様には君で、私に様はないでしょう?」


 その瞬間、マリーのアラバスタのような肌に鳥肌が立った。判断を誤ってはいけない。

 序盤、アリスは全員に「様」をつけて呼ぶ。そして、ヒーローの好感度が上がると「様をつけて呼ぶな」と言ってくる。

 間違えてはいけない。やはり今はフィフスプリンスの終盤であり、彼女はロイルートだけでなく、カルロスルートも攻略しつつあるのだ。


(確かに可愛らしい子だし、教会と修道院の手伝いをしているから敬虔な信徒だし、世間一般的に優しいのだと思うけど……。どうして王子が彼女に惹かれるのよ。)


 そういう設定と片付けることも出来るが、やはり納得がいかない。やはり『未知』なのだ。

 簡単に捻りつぶせそうに感じるが、それをやってはいけないと真理は言う。


(魔力もなさそう。……ううん。突然覚醒するんだっけ。覚醒って何よ。)


 いや、何を今更!と、感情を押し込む。それに聖女に収束させてしまう方が、ロイルートでの覚醒——実は高貴な生まれだった——より遥かにマシ。

 原初派のラングドシャ家としても、歓迎すべき少女だ。

 マリーは、無理やり謎覚醒理論を脳内に流し込んで、本日の目的を彼女に告げる。


「今から私たちとカフェに行くのよ。当然、来るわよね?」


 喋り方?命令口調?そんな余裕も常識もない。これでも彼女は頑張っている。


「カフェですか?あの……。私、お金をあまり持っていなくて。カフェとは、そのブルジョワの方たちが行くようなところでは……」

「お金の心配なら要らないわ。全部カルロスのおごりだから。」

「は?何で、俺?」

「新大陸で稼ぎまくっているんでしょ。ほら、さっさと着替えてきなさい。」

「え⁉着替えというのは……」


 真理の記憶があったとしても、マリーはあくまでマリーである。一所懸命やっている。

 ただ、実はその点も抜かりはない。即座にベアトリスが駆け寄り、アリスの状況を天空人マリーに伝える。

 それくらいの機転が利かなければ、マリーのお気に入りではいられない。

 彼女は寵姫ではないが、寵姫には教養も求められる。つまらないと思われたら彼女達の人生は凋落する。


「……そういうこと?馬車に私の着替えがあるわ。それをあげるから早く着替えなさい。」

「そ、そんな‼マリー様のお衣装など受け取れません……」

「は⁉それ、どういう意味⁉」

「アリスちゃん、ちょっとこっちにいらっしゃい。マリー様、直ぐに用意させますので、少しだけお待ちくださいね。」


 現状はどうやっても噛み合わない。マリーはプチ・バロアで農民を演じているが、実際の農民は見たことがない。

 ベルトニカ王国王妃になる為の教育が施された。

 単なる王妃ではない、ルイ15世が築き上げた雅な貴族制度である。


 真理の記憶が同化したとて、彼女に変化を求めるには急すぎる。


「お前さ。その態度、どうにかならない?」


 縁戚の男がそう諭したとて、彼女は胸を張ってこう答える。


「貴方こそどうかと思いますわよ。平民と王族の血筋を同列に扱うなど、神への冒涜ではありませんか。あの修道士に教えを乞う必要があるのではなくて?」

「聖油の儀式を受けることで王は神聖を得る、民を導く神の代理者になるってか?ま、この国の王妃になるんだから、マリーはそうあるべきかもな。」


 そして、彼は袂を分けた同族を憐れむ。

 既に価値観が取り返しがつかない程にズレている。エウロペで一番大きく、豊かな国はあくまでエウロペ大陸で一番大きいだけ。

 彼女は、古きを良しとするラングドシャ家が己が家を守る為に送った可哀そうな同族だ。


「アリスちゃんの準備が出来ましたよ。カルロス様、マリー様。今は難しい顔はやめて、みんなで楽しみましょう」

「そうだな。行こうぜ、アリス、マリー。」


 マリーは曖昧に返事をして、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。

 これは一体、誰のルートなのだと考えながら。

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